表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
80/87

09、散らばり続ける、ともしびの下に-06

 石畳の上を歩きながら、東堂に尋ねる。

「で、きつねが咥える(ぎょく)は、なんなの」

「穀物の宝庫、という説がある。俺的な解釈を許してもらうとすると『玉』は宇宙に広がる宝物(ほうもつ)のすべて、そして『鍵』は時空を超えて存在する宝物を見つけたり、ひらいたりする手がかり」

「そっかあ。もしも、その壮大な解釈を当てはめると。ケンちゃんは大変なものを失くしたことになるのね」

「そういうこと。あと、稲荷神社のきつねが咥えている『巻物』は知恵の象徴なんだってさ」

 教えてもらったばかりのことを、指を折って数えた。

「稲穂、鍵、玉、巻物。それぞれ全部が、昔から大事にされているものだったのねえ」

「うん。日本の歴史がはじまる前から、ずっと受け継がれてきた大切な事柄が『きつねの咥えているもの』という感じだね」

 観光客でいっぱいの参道だけれども、窮屈な感じがしない。不思議なところだ。

 東堂が前方に向かって、指を差す。

「あれが楼門(ろうもん)。手前にあるのが手水舎だよ」

「手水舎まで、きれいな朱色なんだね。すごい」

 感嘆のため息しか出てこない。

 歴史の教科書でしかみたことがなかった建造物のすべてが、親しみを持ってわたしたちを迎えてくれている。

 コートのポケットからスマートフォンを取り出した。手早く伏見稲荷のサイトを拾ってみる。あの楼門は豊臣秀吉が造営したものらしい。

 楼門をくぐると、すぐに外拝殿が構えている。

「朱色だらけねー。それに、あちこちにいるきつね。全部、顔が違うみたいだね」

 わたしのつぶやきに、東堂が愉しそうにうなずく。 

「あの鮮やかな朱色を見ると、気持ちが明るくなる」

「そうね」

 内拝殿へと周り込み、ご祈念をした。

 すぐにケンちゃんと会えますように。彼が進級試験を、どうか無事に終えられますように。

 ……ケンちゃんのことばかりが心に浮かぶ御祈念になってしまった。顔を上げると頃合いを見ていたのか、東堂が声をかけてくれる。

「先に行こうぜ」

 本殿を少し奥に進むと、東丸神社がある。東堂は、わたしにスマートフォンの画面を見せた。

「あれね、『あずままろじんじゃ』って読むんだって」

「ひがしまる、じゃないんだ?」

「そう」

「京都は人の名前も土地も、読み方が独特なものが多いね」

 こちらもスマートフォンを取り出し、記念の景色でも撮影しようかと思ったりする。

 そのときだ。

 なんとなくだが視界の中に、場違いなものを感じた。

 行き交う人の群れの中に観光者の服装とは違う男が、ぱらりぱらりと混じっている。男たちは目つきが一様に厳しかった。外見も判で押したように一緒だ。五分刈りの頭髪、黒スーツにノーネクタイ。こんなに寒い日なのに、コートやジャケットの上着ひとつも身につけていない。

 坂道を降りてくる観光客の中に、多く混じっているような気がした。それに黒スーツの男の人は皆、屈強そうだ。

 やがて東堂も、わたしが無口になったことに気がついたようだ。さりげなく周りを見渡して、耳打ちをしてくる。

「じろじろ見るなよ、いいな? 夜のニュースに名前と顔が出るなんて、イヤだろ?」

「うん」

 見なかったことにすれば、いいことなんだもん。思い直して、東堂とふたり並んで歩きだした。

 ほどなくして、玉山稲荷社と立て看板が掲げられている社にたどり着く。

 そこから少し目線を上げると、さほど遠くないところに長い石の階段が延びている。

「あっ」

 わたしと東堂は同時に声を上げていた。目を凝らさなくても、すぐにわかった。石段を登る手前の一番の端っこに、階段のずっと上を見上げるように。

 ダウンジャケットの背中が頼りなく、かぼそく風に揺れている。

 その右手から落ちそうな白い紙が一枚、見えた。

 たったそれだけで、わたしの胸は潰れそうに痛みはじめる。なにがあったの。わたしたち、あなたに声を掛けてもいいの。

 けれど次の瞬間。東堂が片手を唇の横に宛てて、大きな声で呼びかけていた。

「おーい」

 真っ青になったケンちゃんが、ゆっくりと振り向く。

 





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ