09、散らばり続ける、ともしびの下に-06
石畳の上を歩きながら、東堂に尋ねる。
「で、きつねが咥える玉は、なんなの」
「穀物の宝庫、という説がある。俺的な解釈を許してもらうとすると『玉』は宇宙に広がる宝物のすべて、そして『鍵』は時空を超えて存在する宝物を見つけたり、ひらいたりする手がかり」
「そっかあ。もしも、その壮大な解釈を当てはめると。ケンちゃんは大変なものを失くしたことになるのね」
「そういうこと。あと、稲荷神社のきつねが咥えている『巻物』は知恵の象徴なんだってさ」
教えてもらったばかりのことを、指を折って数えた。
「稲穂、鍵、玉、巻物。それぞれ全部が、昔から大事にされているものだったのねえ」
「うん。日本の歴史がはじまる前から、ずっと受け継がれてきた大切な事柄が『きつねの咥えているもの』という感じだね」
観光客でいっぱいの参道だけれども、窮屈な感じがしない。不思議なところだ。
東堂が前方に向かって、指を差す。
「あれが楼門。手前にあるのが手水舎だよ」
「手水舎まで、きれいな朱色なんだね。すごい」
感嘆のため息しか出てこない。
歴史の教科書でしかみたことがなかった建造物のすべてが、親しみを持ってわたしたちを迎えてくれている。
コートのポケットからスマートフォンを取り出した。手早く伏見稲荷のサイトを拾ってみる。あの楼門は豊臣秀吉が造営したものらしい。
楼門をくぐると、すぐに外拝殿が構えている。
「朱色だらけねー。それに、あちこちにいるきつね。全部、顔が違うみたいだね」
わたしのつぶやきに、東堂が愉しそうにうなずく。
「あの鮮やかな朱色を見ると、気持ちが明るくなる」
「そうね」
内拝殿へと周り込み、ご祈念をした。
すぐにケンちゃんと会えますように。彼が進級試験を、どうか無事に終えられますように。
……ケンちゃんのことばかりが心に浮かぶ御祈念になってしまった。顔を上げると頃合いを見ていたのか、東堂が声をかけてくれる。
「先に行こうぜ」
本殿を少し奥に進むと、東丸神社がある。東堂は、わたしにスマートフォンの画面を見せた。
「あれね、『あずままろじんじゃ』って読むんだって」
「ひがしまる、じゃないんだ?」
「そう」
「京都は人の名前も土地も、読み方が独特なものが多いね」
こちらもスマートフォンを取り出し、記念の景色でも撮影しようかと思ったりする。
そのときだ。
なんとなくだが視界の中に、場違いなものを感じた。
行き交う人の群れの中に観光者の服装とは違う男が、ぱらりぱらりと混じっている。男たちは目つきが一様に厳しかった。外見も判で押したように一緒だ。五分刈りの頭髪、黒スーツにノーネクタイ。こんなに寒い日なのに、コートやジャケットの上着ひとつも身につけていない。
坂道を降りてくる観光客の中に、多く混じっているような気がした。それに黒スーツの男の人は皆、屈強そうだ。
やがて東堂も、わたしが無口になったことに気がついたようだ。さりげなく周りを見渡して、耳打ちをしてくる。
「じろじろ見るなよ、いいな? 夜のニュースに名前と顔が出るなんて、イヤだろ?」
「うん」
見なかったことにすれば、いいことなんだもん。思い直して、東堂とふたり並んで歩きだした。
ほどなくして、玉山稲荷社と立て看板が掲げられている社にたどり着く。
そこから少し目線を上げると、さほど遠くないところに長い石の階段が延びている。
「あっ」
わたしと東堂は同時に声を上げていた。目を凝らさなくても、すぐにわかった。石段を登る手前の一番の端っこに、階段のずっと上を見上げるように。
ダウンジャケットの背中が頼りなく、かぼそく風に揺れている。
その右手から落ちそうな白い紙が一枚、見えた。
たったそれだけで、わたしの胸は潰れそうに痛みはじめる。なにがあったの。わたしたち、あなたに声を掛けてもいいの。
けれど次の瞬間。東堂が片手を唇の横に宛てて、大きな声で呼びかけていた。
「おーい」
真っ青になったケンちゃんが、ゆっくりと振り向く。




