09、散らばり続ける、ともしびの下に-04
……朝九時にJR大阪駅のホームに集合と言われましても。
東堂くんはちょっと、張り切りすぎじゃないんだろうか。いくら大事な友達に全力で頼られたからとはいえ。
とはいえ、ぶつくさ言っていたわたし自身も。早起きして化粧も済ませ、阪急電車の座席に腰かけている。終点の大阪梅田駅から、JR大阪駅までは徒歩十分もかからない。
そろそろ街はクリスマスの色に変わろうとしている。同じ車両に乗り合わせた人たちも、どことなく愉しそうだ。
クリスマスかー。
楽しみにしていたのは、いつ頃までだったかなあ。社会人になってからは、日々の出勤だけで精一杯になったような気がする。
ふと蕾ちゃんから言われた「年末調整」という言葉を思い出した。サンタクロースよりも、そっちの仕事を片付けるほうが大事になっちゃったよ。
どうせプレセントをくれる人も、いないもん。
……そんなことを考えていたら、なんだか段々と滅入ってきた。これから折角、東堂くんとケンちゃんと一緒に京都に行くのに。
腕時計を見ると待ち合わせの時間まで、まだ一時間以上もあった。
東堂くんのことは笑えないな、と思う。
自分でも気がつかないうちに、彼らと出かけることを楽しみにしていたに違いないのだ。
「お茶でもしてから、待ち合わせ場所まで行こう」
阪急百貨店の地下入り口には薬局がある。その扉の向かい側に、喫茶店があったはず。そこのコーヒーが飲みたくなった。
百貨店の南北に延びるコンコースは、毎年十一月後半になるとクリスマスをデザインしたイルミネーションが飾られる。
それを眺めてからJR大阪駅に行っても、充分に間に合うよね。
あれこれと考えながら、お目当ての喫茶店に着く。
コーヒーを注文してから、ようやく。わたしの休日がはじまったような気がする。
切符を買っていると、東堂からショートメールが来た。
「8番線ホーム。一番、後ろにいる」
早いよキミたち、と笑ってしまった。それでも、うかうかしてはいられない。
この寒い日に男ふたり、吹きっさらしの中で待ってくれている。人混みをかきわける足は、自然と速くなる。
登りのエレベーターも急ぎ歩く。登りきったとき、きつねのお面をかぶって真っ赤なイアーウォーマーを着けたケンちゃんがいた。
「茉莉さん、おはようございます」
頭を下げたケンちゃんのイアーウォーマーは、ふわふわの綿毛を集めたみたいに見える。ボタンを全部留めた紺色のダウンジャケットから、赤色のコーデュロイのシャツがのぞいていた。細身のチノクロスのパンツと、紺色のスニーカーがよく似合う。
「試験なのに、その恰好でいいの」
「はい」
ケンちゃんが照れ臭そうに、体を揺する。
「東堂くんは?」
尋ねると、彼は人差し指で「後ろ」と示した。振り向くと、手のひらで顔を半分覆った東堂がいる。
ボタンを全部外したキャメルカラーのフード付きロングコートと、濃いめのグレーのスキッパー。ロングコートの両脇に焦げ茶色のベルトが見える。リュックを背負っているのだろう。それとデニム生地のワイドパンツに、真っ赤なスニーカーという恰好だ。
「気づいてくれないんだもんなあ」
「後ろにいるからじゃないの。そっちこそ人が悪いよ」
「あっは、ごめん」
東堂は、片手にコーンスープ缶を持っている。どうやら中身は空っぽらしい。缶を振りながら、わたしとケンちゃんを交互に見つめた。
「茉莉ちゃんの職場以外の服装を、はじめて見た。ケンちゃんは、まあ。店の延長っぽい感じだけど」
「そうですねえ。ぼくは普段とあんまり変わらない」
「わたしだって東堂くんの私服のセンスなんて、全然知らなかったよ。いつもスーツにネクタイだもの」
「そうだな。職場以外の場所で会う同僚の姿って新鮮な感じがして、いいな」
おきつね男子が、わたしを見てうなずく。
「そのワンピース、似合っていますよ」
ちょっと暗めの赤色の地に、大ぶりの白い花柄があしらわれているロングワンピ―スは去年購入したものだ。それに今日は、紺のハーフコートを合わせた。黒いタイツと、同じ色のハイカットスニーカーは格別に気に入っている服装だ。
「次の電車で行こうか」
東堂が言う。わたしとケンちゃんは、彼の後ろに立って電車を待った。木枯らしのつめたさが、いつもよりもきつく感じる。
「さすがに寒いね、この時期にもなると」
見上げた相手が、わたしの目を見て笑みをこぼした。
「それは『手を握ってくれ』の意味か。いつでもどうぞ」
「遠慮しておきます」
「遠慮すんなよ、職場じゃないんだから」
「結構ですーぅ。ケンちゃんの手の方が、あったかそうだもん」
ほどなくして電車到着のアナウンスのあと、京都行き新快速電車がやって来た。




