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02 おきつね男子、ケンちゃん-03

 “神社のきつね”、ケンちゃん。

 見た目は十代後半か二十歳(はたち)そこそこ、と言った感じ。切れ上がった二重の目、スッと通った鼻筋の端正な男の子だ。

 彼は週二回だけ営業する、うどん屋の店主でもある。このうどん屋、外に出している提灯が見える人と見えない人に分かれるのだ。

 わたしを連れてきた東堂はケンちゃんのことを“この世のものではない存在”だという。しかも、わりと最初から“きつね”だと、わかっていたっぽい。

 きつねが作る、きつねうどん屋。わたしね、そのうどん食べちゃったよ。とても美味しかったから、いいんだけど。でもさ。

 自分の頭が、おかしくなっているとしか思えない。

 けれど東堂も、わたしと同じ経験をしている。

 東堂は、ごく当たり前のように今夜の出来事を受け入れている。それもまた、不可解だった。

 でも実際に、眼前にいる“きつねくん”からは、とても素朴で純粋な雰囲気が伝わってくる。彼が話すたびに漂う空気が、ほわほわ和んでくるような気がする。

 ケンちゃんは、東堂を待っていたと言っていた。

 待たれていた側は飲み会の帰りに露天神社を掃除していて、敷地内に置かれていた人形を磨いたことがあるらしい。磨き終わった人形の顔が、ケンちゃんそっくりだったと聞いた。

 そういうキッカケがあったからこそ、東堂は、このうどん屋の存在がわかったのだろうか。

 おそらく大多数の人には見えない、橙色の灯り。ひっそりした空間の入口扉に掲げてある、提灯のともしび。

 わたしと東堂は、いつのまにかケンちゃんに深く興味を抱いていた。聞いてみたいことは、山ほどある。同じように、うどん屋店主にも。誰かに聞いてほしかった話がありそうだった。

「ぼくがここにいる理由も聞いて行ってほしい」

 そう言われたときから、わたしと東堂の気持ちは決まっていたと思う。彼の話を最後まで聞きたいだけではなく、きつね店主そのものに心が惹かれているのだ。

 あとのことは、なんとかなるんじゃないかな。

 最悪の場合は明日の朝、上司に「休みます」と電話をすればいいのだもの。

 そこまで考えて、笑い出しそうになった。わたしの上司って、東堂くんじゃないの。休む理由もテキトーでいいかあ、なんて。

 交わされている東堂とケンちゃんの遣り取りを眺めながら、少し思った。

 ――夢と(うつつ)の境い目が、こんな感じなのかもね。

 手の中にある湯飲み茶碗からは、ほのかな温もりが伝わってくる。腕時計の文字盤が、ふっと視界に入ってきた。日付は、すでに変わっている。

 ケンちゃんのやさしい声が聞こえてきた。

茉莉(まり)さん」

「あっ、はい」

 前に顔を向けると、東堂がわたしの肩を叩いた。

「聞いてた? ここが週二回の営業しかしていない理由」

「ごめん。もう一度、教えて」

 ケンちゃんが、白い歯を見せた。

「本業があるから」

「本業って、神社に常駐すること?」

「そう、そうです」

「でも週二回は、うどん屋なんだよね。『探しもの』と関係あるの」

「ええ」

 ケンちゃんは応えながら、東堂とわたしの前に御猪口(おちょこ)を並べた。ふと東堂を見ると、彼はコートを畳んで膝に掛けている。

「東堂くん、寒いの?」

「足元だけね」

「まさか日本酒をケンちゃんに催促したわけじゃないよね?」

「ち、違うよ」

 東堂が手を横に振った。本当かなあ、という気持ちで店主を見る。視線を受けたケンちゃんが、口元をゆるめた。

「奢りですから、気にしないでください。それと、さっきの続きですけど」

「うん」

「茉莉さんは、神社の狐にも差異があることを知っていましたか」

「初耳」

「ですよね」

 なんでも神社に鎮座しているきつねの像、神さまの使いとして神社に降りるための学校があるらしい。ただ、学校という言い方は、あくまでも物の例えみたいなんだけど。

「へー。神さまの使いをするのにも、勉強が要るのねえ。それでケンちゃんは、もしかして教育期間中なの」

「はい。だけど、ちっとも出来が良くなくて。おまけに神さまから、お預かりしていた鍵を失くしてしまったんです」

「鍵? なに、それ?」

 声を上げたわたしに、東堂が口をはさむ。

「神社にある狐像は、人間界で言うところの道具を持っているのさ。持っているというかね、口に咥えているんだよ。それらは玉だったり、鍵だったり。ちなみに京都にある伏見稲荷大社の狐の像は、玉と鍵の他に巻物と稲穂を咥えているお狐さまの像がある」

「そんなに注意深く、神社の狐を見たことがなかったわ」

「まあね、日本全国の稲荷系神社が狐の像を設置しているわけではないから」

「ふーん」

 言ったあと、わたしは首を傾げた。

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