06、涙のカレーうどん-02
蕾ちゃんは可憐な花が咲き出すような笑顔を見せた。
ぱっちり二重の瞳が、とても羨ましい。さすが美人揃いの経理部から異動してきたことだけはある。
けれども彼女自身の浮いた噂など聞いたことがないのが、これまたポイントが高い女子たる由縁なのだった。
「茉莉先輩は、疲れていると思いますよ? ちゃんと寝てます?」
「う、うん」
横から興梠さんも笑顔で「野々村さん、頑張り屋すぎるから」などと言う……それは、あなたにも原因の一端はあるんですけどね? ま、それはいいか。
蕾ちゃんは、なにかを思いついたような顔をして一歩近づいてきた。
「なあに? どうしたの」
尋ねると彼女は、少し離れたところにいる東堂係長へと視線を走らせる。蕾ちゃんが軽い上目遣いを寄越し、ひそひそと言った。
「……ここ最近の係長、おかしいんですよ。なにか知らないですか」
「なにが」
合わせて、ちいさく返事をした。彼女の大きな瞳が、きらきらと輝いている。
「おかしいんですってば」
「だから、なにが」
「先輩は係長と同期だから、絶対に訳を知ってると思って」
「そ、そんな。単なる同期だよ? 単純に、それだけなんだけど」
「係長ね。ついこの前も徹夜麻雀でもしてきたのか、やたら眠たそうなわりには一日中ハイテンションだったり……あ、そういえば。茉莉先輩が休んだ日の朝からそうだったんですよ。社内のパソコンが全部落ちちゃった話、聞いてますよね。あの日から、ずっと変」
「あっ……は、はあ」
それって、もしかして。東堂くんに誘われて、一緒にケンちゃんのうどん屋に行った夜が原因だということでは……。
ひやっとした汗が、ひと粒。背中を伝い落ちていく。
蕾ちゃんは目ざとく、こちらの微妙な変化を突いてくる。
「あ。やっぱり、なにか聞いていますよね?」
あわてて手を横に、ぶんぶん振った。
蕾ちゃんが、すっと目を細めて。わたしの手に触れてくる。整った唇から、さっきよりもずっとちいさな声が響いてくる。
「嘘をついてもダメですよ。茉莉先輩と東堂係長の親しさって、尋常じゃないんだもん。絶対に、なにか聞いてるはず」
「し、知らないよぅ」
わたしは全身から、とっても情けない声を絞り出す。
「同期だから、蕾ちゃんとかよりも話しかけやすいのはあるかもだけど。私生活のこととか全然まったく知らないよ? そんな話も、したことないんだよ?」
「ふーん」
蕾ちゃんは双眸を光らせ、おまけに意味深な笑みを浮かべた。
「今日は、そういうことにしておいてあげますね」
「な、なによぅ」
わたしは背中だけでなく額から汗が流れている。ハンカチを取り出したときに、デスクについたままの東堂がこちらの女たちを不思議そうに眺めていることに気づいた。
「つ、蕾ちゃん。仕事しよう、仕事。係長が、こっち見てる」
「はーい」
すうっと自席に戻っていく蕾ちゃんに、わざとらしく手で払う真似をしてやる。それに勘づいたのか、彼女は振り向く。それから、ニカニカと笑いながらわたしに向かって右手を出した。
「千円」
「社内で恐喝なんて、いい度胸ねえ」
なんだかんだと言っても、蕾ちゃんのノリの良さや気遣いに日々助けられているのが、わたしなのだと思う。
……それにしても、いろいろと鋭いなあ。