05、とりてん、でこぼこ影法師-05
興梠さん、いろいろと愉快な反応をしてくださいます。
わたしよりも八歳上だから、今年で三十二歳になるんですね。
派遣業務は初めてだと言っていたけれども、それまで一体どんな仕事をしてきたのだろう。履歴書に添付されていた職務経歴書を手に取る。
「これ、練習で入力してみましょう」
興梠さんが神妙にうなずく。
「練習、ですか」
「興梠さんがここに来る前に、わたしがデータ入力しましたよ。だから、練習」
「あ、そっか。そうですよね。入社前に他の書面も提出しましたけど、それも野々村さんが入力してくださったんですね」
「でも、ほとんど入力した内容は忘れましたけどね。なにせ、毎日たくさんの書類が来るから」
興梠さんは「たくさん……」と、たしかめるように言った。わたしのデスクにある書類の分厚い束をチラチラ見ている。気になって仕方がないらしい。
「こっちの入力を手伝ってもらう前に、興梠さんの自分の書類で入力の練習をしましょうー」
相手は素直にうなずき、わたしの顔をじーっと見つめる。
こっちはこっちで。
彼女は年長者だし、誰かに業務を一から教えることもはじめて。なので、これでも緊張いっぱいだ。動作の、どこかしらがギクシャクしてしまいがちだ。
あらためて興梠さんの職務経歴書を、彼女の前にも広げた。
「数字や記号は半角で入力してくださいね」
「あ、はい」
高校を卒業してから就いた業務や、その期間が丁寧に書かれてある職務経歴書だ。それと同時、ふとあることに気がつく。
「興梠さん、もしかして。事務職は初めてですか」
「は、はい」
消え入りそうな返事をしたあと、興梠さんは下を向いた。
「野々村さんの仰る通りです。これにも書いてありますけれど接客か、そうでない時期には肉体労働ですかね」
長くヘアサロンに勤務していたかと思うと、次の仕事は新聞配達や集金業務だったり、工務店の大工見習いだったり。就いていた職種には、素人目ながら全く関連性や共通点がないのだった。
あわてて、手を横に振った。
「わ、悪くないですよ? へ、変な意味じゃなくって。今まで事務職と縁がなかった方が、こういう業態のところに雇用されるのも大変だっただろうなって。何日か前に、これを入力したときに感じたんです」
「あ、ああー。そういうことでしたか」
興梠さんは、うつむいていた顔を上げた。
「もしも野々村さんに変に思われていたら、さみしいなと思ったんです。わたし」
「変、だなんて。そんな」
「いえいえ。だって、ここは日本全国に展開している大きな会社だから、自分みたいな人間がたとえ派遣でも採用されるとは思っていなかったんですよ」
とても真剣な表情に、迂闊な言葉をかけられそうにない。
「わたしでも、なんとか勤務しているので。大丈夫ですよ?」
足りない頭をフル回転させて、なんとか誠実さを伝えようと思った。けれども、この程度の陳腐な言葉しか出てこない。
「野々村さんとか、人事部長もそうですけど……通用口を入ってサクサク歩いていく人たち、皆さん自信に満ちあふれていて、いいなあって。すごいなあって。朝から、ずうっと圧倒されていたんです」
「いやー。いやいやいや。それは、違いますって」
わたしは、ぶんぶん頭を横に振った。
寝坊したり、ストッキングが伝線していることを気がつかなかったりするヤツが自信に満ちあふれているわけがない。
興梠さんも「いえいえ、とんでもないですー」と、真摯な言葉を送ってくる。
こうなると仕事に戻るタイミングが、さっぱりつかめない。なんて不器用なんだ自分……。
ぱっと係長席に視線を走らせると、ちょうどよく。東堂が、わたしと興梠さんを見ていた。
内心で胸を撫でおろしながら、東堂係長を用もないのに呼ぶことにする。いや、ホントは用がないわけじゃないんだけど。ただ、この空気を変えたいだけなんですけれども。