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05、とりてん、でこぼこ影法師-03

 朝からクヨクヨしていても仕方がない。突然に仕事を言い渡される、というのは勤め人の宿命だ。

 総務部長を見送った直後、フロアの隅でノートを抱えた興梠さんを見つけた。ばたばたと皆が仕事にとりかかるところを邪魔しないように、気遣っているのが遠目からでもよくわかる。

 東堂が足早に、興梠さんに近寄っていく。わたしも急いで、あとに続いた。

「あわただしくて、申し訳ないです。係長の東堂です。よろしくお願いします」

「はい、よろしくお願いします!」

 興梠さんは勢いよくお辞儀をした。垂れ目の二重瞼と、ぽってりした唇が可愛らしい。ええと、この人の年齢は……いくつだったっけ? 思い出せない。

 東堂は言った。

「こちらが野々村さん。興梠さんに仕事を教えます」

 係長が、わたしを手のひらで示した。

「教えられることと言っても、たいしたことはないんですけれども。よろしくお願いします」

 頭を下げると、興梠さんがまぶしそうに見つめてくれた。なんだか照れくさい。

「係長、興梠さんのパソコンは?」

 彼女の視線を感じながら、東堂に尋ねる。

「林田さんに取り付けてもらうから。少し待っていてもらえますか」

 東堂がこちらと興梠さんを交互に見つつ、答えた。

 物音がするので自席へと顔を向ける。林田さんがパソコンやモニタを、てきぱきと設置してくれている最中だった。

「ほうー」

 東堂の唇から感心したような吐息が漏れる。

「仕事、早いなー。もっと時間がかかるかと思ってた」

 ほかにも職場の何人かの男性メンバーが、フロアの奥から空いている机や椅子を運んでくれている。わたしと東堂、興梠さんも飛んで行った。

 わたしの机の下にもぐっていた林田さんが、のっそりと体を出してくる。

「女性は力仕事なんか、しなくてええですよ。あっ、野々村さん。あなたの机の下にコロさんのケーブルがあるから。わざと蹴とばしたり踏んづけたり、しないでね」

 机や資料のファイルを運んできた男性メンバーも、口々に「新人さんも野々村さんも、手伝わなくていいです」と言う。東堂は机や椅子を運んでくれた部下ひとりひとりに、丁寧に礼を言っていた。 

「林田さんも。初日から、ありがとうございます」

 言われた相手は、こんなこと至極当然、とでもいった感じだ。

「朝礼前に端末類を保管している場所を確認していただけ、それだけ」

「いえいえ、やっぱり。同じ職場で働く新人さんのために働いてくれたわけですから」

 東堂が言うと、林田さんは「あはは」と大声で笑った。

「こっち係長よりも年上だから、という理由で気を遣わんでください。滅多に、ここ(人事情報部)に出勤する日もないし。俺がいるときは、どんどんコキ使ってもかまわんし、ね」

「いえいえ、そんな」

 きちっと礼をした東堂に、林田さんがニヤニヤと頬をゆるめた。

「そんなら、お願いがあるんですけど。係長、部内では率先して俺のこと是非とも『リンダちゃん』て呼んでください」

「は?」

 顔面を凝固させた東堂に、林田さんが「うぷぅー」と言いながら手のひらで口元を隠す。

「頼みますわ、こんなんでも本社の皆さんと仲良くなりたい」

「は、はあ」

 ふたりの遣り取りに、ついつい見入ってしまっていたわたしと新人さんだったが。興梠さんが、くすくすと笑っている。

 こちらの怪訝なまなざしを感じ取ったのか、興梠さんが言う。

「実は総務部長に、ここに連れてきてもらう前から。林田さん、わたしが緊張しているからっていろいろと話しかけてくれてくれていたんです」

「へえ」

 朝礼での自己紹介の仕方があまりにもチャラかったから、そんなふうに気配りができる男性だとは思いもよらなかったよ。

 目を見開いてしまっていたわたしと興梠さんに、林田さんが言った。

「準備できましたよ、おふたりさん。ちゃんと今から仕事ができるように、セットしているからね」

 ありがたく座らせていただいた……って。わたしの席は何もかも、変わらないんですけど。

 でも隣席に「他の誰かの気配がする」というだけで、こころなしか見える景色も変わってきたような気がする。

 




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