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04、ケンちゃんはマイペースなきつねです-12

 ケンちゃんが、こちらの心を察したのか。そうっと話しかけてくる。

「場所を変えます?」

「いいよ、別に」

 どういう意味に取ったのかは知らない。けれども相手は「ふうー」とため息をついて、わたしの手に自分の手を重ねてきた。

「明日は、ちゃんと学校に行きますから。安心して」

「わかった」

 わたしはゆっくりと顔を上げて、ケンちゃんの頭に乗っているきつねのお面をコツンと叩いた。

「お客さんを心配させたら、だめだからね?」

「うん」

 きつね男子は、目線だけを伏せた。その眉毛が、八時二十分のかたちになる。心底から素直な子なんだなあ……しみじみと感じた。同時にケンちゃんの表情は、あまりにも面白すぎた。

「あは、その表情。なかなかできないと思うよ」

「なにかおかしいこと、しました?」

 きょとんとした彼を置いたまま、ベンチから立ち上がる。

「おかしくないよ」

 わたしは、ひらひらと手を横に振って見せた。ケンちゃんも満足そうな表情で立ち上がり、お尻の辺りをぱんぱんとはたく。

「陽が翳ってきましたね」

「あっ、本当だね」

 朝から青空が広がっていたけれど、ちょっとお日様が隠れている時間が長くなっているみたい。

 わたしたち二人は言い合わせたわけでもないのに、駅の方向へと歩いている。

 ランチ前に東堂係長と待ち合わせた喫茶店まで歩く。ここを曲がって歩いて行くとケンちゃんの仕事場、露天神社だ。

 商店街の入り口で、ケンちゃんが笑顔で手を振ってくれる。

「茉莉さん、今度の火曜日の夜は絶対に来てね」

「もちろん」

 すーっと振り向いた彼が、人の波にまぎれていくところをずっと見ていた。

 なぜか知らないうちに、わたしの鼻の頭がツンと熱くなる。なんでだろう、と思うよりも先に、ぽろっと涙が出てきている。

「ああー」

 思わず声を上げて、目尻を拭う。

 あんなこと、言わなければよかった。

 わたしの記憶なんて、あれもこれも。

 他人と比べると圧倒的に温もりに貧しくて惨めなものだ。ふたたびヒトミに拾ってもらうまでの状景なんて、特に。とてもではないが「思い出になんか、とてもできない」そんな断片ばかり。

 それを、うっかり……。

 いや、たぶん、そうじゃなくて。

 ケンちゃんの前だったから、ずっと閉じ込めていたものがぽろぽろと出てきてしまったのだ。

 閉じ込めたままで“オトナ”と呼ばれる年齢まで来てしまったのだ。

 だから、さみしいな、と思うときがたくさんある。

 でも、なんとなくだけど。

 これから少しだけ、さみしくなくなりそうな気がする。何の根拠もない、あやふやな予感だけど。

「さて、帰ろっかー」

 あしたから、仕事だもの。

 がんばらばくっちゃね。







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