─日常は終わりを告げ、また新たな日常へ─
『ほら、早く起きろよ。』
何千回と聞いた兄の声。
何という事もない、いつも通りの日常。
『今日は“ブレイヴ・フラッグ”じゃなかったのか?』
訂正:この家で過ごす最後の朝だった。
無言で飛び起き支度を始める。
結局、最後すら慌しくいつも通りの朝だった。
ブレイヴ・フラッグ───
ここレオセイル帝国は国家戦力確保の為、ハイスクールを卒業後、軍へ志願する者の家族にはその兵役期間中は援助する制度がある。
それを利用し、国に忠誠を誓いし若き兵士達が一同に城下へ集う日。
いわば栄光の門出を祝して、この国ではそう呼ばれている。
『俺はそれなりに稼げるようになってきたし、裕福とは言えないまでも生活に困ってるわけでもないだろ?
何でわざわざ生涯兵役を選んだんだ?』
俺達の両親は兄貴がハイスクールを卒業する直前、出張先から帰還する鉄道を襲撃され息を引き取った。
その後兄貴は本来就くべきであった仕事を蹴ってこの制度を利用し、以後6年ほどの兵役によって俺の学費や生活に関わる援助を受けていた為、この制度の有難みというのは身に染みて感じている。
その後、兄貴はより大きな安定を目指すべく傭兵として各地で様々な依頼をこなし、一躍その世界では名の知れた戦士となった。
『俺も家を開けることは多いけど、その為の使用人も雇っているし、何も生涯兵役じゃなくても良くないか?俺みたいにフリーで稼ぐっていうのも悪くないと思うけどな。』
それは兄貴だからできるんだよ、と思いつつもとりあえず朝食のパンを貪りながら支度を続ける。
兄貴は俺と違って口が回るタイプで、いわゆる世渡り上手というやつだ。
両親が亡くなって直ぐに勤め先を蹴ってブレイヴ・フラッグにシフトする切り替えの速さは正直、弟の俺でも引く程の手際の良さだったと思っている。
もともとそれで身寄りがなくなる程度には親戚関係には恵まれてはいなかったが、家族関係自体は悪くなかっただけにあの時の事は動転していて俺もよく覚えてはいない。
兄貴───ゼルガディス・スカイグレーは俺にとっては憧れであり、師でもあり、そして唯の一人の家族でもある。
だからこそ、その兄貴を追って傭兵の道を目指すのも悪くはないと思っていたが───
『まぁ、その前にお前はもう少し色々と鍛えないといけないだろうけどな。』
こうして笑いながら痛いところを突いてくるのも全く以って兄貴らしい。
今の俺───エヴァンス・スカイグレーは側からみれば軍人などとは誰も思わないだろう。自分で言ってて悲しくなるが、それは事実だ。
まぁそりゃそうか。ついこないだまで普通のハイスクール通いの学生だったのだから。
それでもせめて学生のうちに身長は170cmは超えたかったと常々思っている。
『身長はともかく、体力は入隊すれば嫌でも身につくだろうけど、お前そんなに根性ある方じゃないだろ?一度生涯兵役を宣言すると後々降りるってなった時に面倒臭い事になるぞ。』
しれっと人のコンプレックスをすれ違いざまに突いていくな、我が兄よ。
『…まぁ、お前の気持ちは分からなくもないけどな。
ありがとう、エヴァンス。』
ん?
なぜ礼を言われたんだ俺は。
まぁ取るものもとりあえず支度は整えたから良しとする。
『んじゃ、これで荷物は全部だな。
あとは必要なものがあったら誰か教官捕まえて俺宛に手紙を送ってもらうよう頼むといい。
特にジークという人に頼むと速く着くからお勧めだ。その名前、覚えておけよ?』
出掛けにしれっと大事な情報を挟まないで頂きたい。
全く、そういうところもつくづく兄らしい。
『そんじゃあ、またな。
俺はいつでもお前の帰りを待ってるぜ。』
昔のように3日と保たずして泣き言を言って帰ってくると思っているのだろうか。
俺はもうそんな歳じゃないんだが。
つってもまだ18だけど。
もう兄貴に頼ってばかりの俺じゃない。
これからは自分で決めた道で、やるべき事を成し遂げていくんだ。
「そんじゃ、行ってきます。」
『おう。』