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遥か遠く、秘密のブルー

作者: 日向 葵

 まるで、祝福するかのように晴れ渡った空でした。


 とある五月の朝、王と妃の間に待望の子供が生まれました。結婚してから長い間子供に恵まれなかった二人はもちろん、姫君の誕生に国中がこぞって祝杯をあげ、このめでたい日に民も鳥もラッパも大砲も朝から晩まで喜びの歌を高らかに歌いました。

 たっぷりの愛情を注がれながらすくすくと成長した姫の美しさは幼少期から目を見張るものでした。その輝きは年をとるごとに増すばかり。この世で一番高貴な蒼い色の髪と目、青い静脈が透けて見えるほど白い肌、花のようにあでやかな朱色の唇。神々しい幼子を、こぞって誰もが守り慈しみました。いつしか姫は、その素晴らしい髪と目から「蒼の姫君」と呼ばれるようになりました。

 蒼の姫君が十五の年のことです。この年は種を蒔いてから一向に雨が降らず、空はずっと透きとおる蒼のまま、まるで蒼の姫君が生まれた日のようでした。

 かつては新しい命を祝うかのように晴れた空もずっと続けば呪いでしかなく、今年の収穫は絶望的でした。国はやむなく、自国が生き延びるため他国を攻め、小麦や野菜を奪いました。当然略奪はその国の王の怒りを買い、ついに攻め入られる側へと立場が逆転しました。

 火の手の上がる城を蒼の姫君は逃げ惑います。王と妃の行方も、召し使い達の生死も杳として知れません。慣れ親しんだはずの城内は想像以上に広く、息も切れ切れの蒼の姫君をとうとう一人の兵が追い詰めました。兵士は大きく剣を振りかぶり、容赦なく斬りつけました。

 蒼の姫君は、こうして最期を迎えました。吹き出た血は最後の一滴まで青かったと言います。

 王家の死をもって戦争は終わり、生き延びた人々は新しい王のもとこの国の再興へと踏み出しました。荒れた畑の耕しや焼け残った家屋の立て直しに手をつけ始めると、城の焼け跡から一輪の青いポピーが咲いているのが見つかりました。空が雫となってしたたり落ちたような色をしたこの花を、誰もが蒼の姫君の化身だと信じ、少しでも姫君やその家族の魂に近い場所に還してやろうと国でもっとも高い山へと労して植え直しました。

 その際、いくつかの種が弾けとんだのでしょう。何年もの間城址でも青いポピーは開花し、人々の思いは悲しい最期を遂げた蒼の姫君に寄せられました。

 しかし、不幸な少女を覚えている人はだんだんと少なくなり、やがて花野の上は雨でもぬかるむことのない便利な煉瓦の道で舗装されました。

 今や蒼の姫君の魂は山の頂上にて花開くのみですが、険しい道をわざわざ通う者もなく、誰もこの青い花の存在を知りません。

連載中の短編集「ハイライト・ドロップス」に収録したものにタイトルをつけて投稿しました。

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