一話:始まりの日
初めて投稿します。頑張っていきますので、どうぞよろしくお願いします!
『全て揃う時、世界は終わり、そして始まる。今がその時。揃えよ。』
突然舞い込んだ送り主不明の手紙。ルリはその内容に首を傾げた。『揃えよ』といわれても何を揃えるのかが全くわからない。それに『世界が終わる』なんて恐ろしいことを言われても困ってしまう。また始まるらしいから大丈夫なのかもしれないが、終わってしまったものがまた始まるということはきっと今ある世界は消えているに違いない。
そんなふうに真面目に考えてみたはいいが、これは一体なんなのだろうか。そもそもルリは自分宛に手紙が届くということ自体に一番驚いていた。
置いてもらっていた食堂を売り払い、目的もなく放浪し始めたのは三年前だったか。街で彷徨っていたところを助けてくれた心優しいおばあさん。そんなおばあさんとの日々が消えるような気がして食堂を売るのは最後までためらった。それでも、おばあさんの手紙、遺言の通り、それから生きていくためには仕方がないということは十分にわかっていた。小娘一人でできることは少なかったのだ。
旅に出てからは、いろんな街や村を回って観光をしてみたり、簡単な旅商人の真似事をしてみたり、一つの村に泊まり込んで土地開発の手助けをしてやったりしていた。
今ルリがいるのは朱の国の首都、ベリハノという町である。ルリの泊まる、この宿はベリハノの中でも特に旅人に好まれる宿らしい。宿代は安めだが情報屋とのつながりもあり、旅を支援してくれるのだ。
ルリは手紙をもう一度見た。そして裏返したり、封筒を逆さにして中身を確認してみたり、日光に透かしてみたりした。それでもルリにわかることはやはりあの短い文章だけ。何かのイタズラかな、と考えて部屋に備え付けられているゴミ箱に丸めて放り投げた。
さて、いつまでここに滞在しようか、とルリは考えた。ベリハノに来たのは旅の途中で立ち寄った村の人から、もし行くなら、と小包を託されたからである。最近は届け物をする仕事というのが田舎にも広まりつつあるらしいが、そこにはまだそういう手段がなかったから旅の者にお願いすることで補っていたのだ。そういうわけだからルリは特にこれといった用事があるわけでもなく、小包を届け終わった今はもうここにとどまる理由はなかった。
むむむ、と考えて、ふと顔を上げた時、ルリは目の前のサイドテーブルにシワシワの紙が置いてあるのに気がついた。そう、それはとてもよく見覚えのあるーーつい先ほどまでよくよく見ていたーーあの手紙である。ルリはまじまじと手紙を見て、思わず「これ、さっき捨てたような気がするのは気のせい?」と呟いた。もちろん気のせいではないことは、捨てるときに丸めたせいでできた紙のシワが物語っている。ルリだってたかが一分前のことを忘れるほどボケてはいない。
どうやらこの手紙は普通ではないらしいと感じたルリは試しにもう一度ゴミ箱に入れた。今度は丁寧にゴミ箱まで持っていってゴミ箱の底に静かに置くようにしてみた。雑に投げ捨てたせいで怒って戻ってきたなんていう理由で戻ってきたかもしれないと思ったのだ。
ゴミ箱から視線をずらさずに五歩ほど離れたベッドに戻る。そのままベットに座り直した。
ゴミ箱と見つめ合うこと数十秒。
「戻ってこないじゃない!」
ルリの期待を見事に裏切り、手紙がゴミ箱から一人でに出てくることはなかった。ルリは「別に手紙が一人でに歩こうが飛ぼうが関係ないし、戻ってくることを望んでいたわけじゃないけど?」とさっき叫んでしまった恥ずかしさからか誰に聞かせるでもなくぶつぶつと言い訳を口にした。そしてああ目が疲れた、とシパシパ瞬きをして力を抜いた。疲れていたから幻覚を見たのだと結論づけて、朝ごはんでも食べに行こうかと立ち上がろうとしたが、それは叶わなかった。
「われを丸めて捨てるなどいい度胸じゃな。」
「……っ⁉︎」
何故なら、ルリの目の高さのあたりにあの手紙が浮かんでいたのだから!そしてあろうことか声を上げている。
まったくご飯どころの話ではない。幻覚でも幻聴でもないことを証明してくれる人はここにはおらず、ルリはしばらく浮かんでいる手紙を見つめて固まるはめになった。「もちろんこれは夢よね……。」そう心の中で呟いてルリはベッドに潜り込んだ。もう一度眠れば夢から覚めているに違いないと思ったのだ。しかしそれを「われにシワをつけ、捨て、挙げ句の果てに無視。なんと言うことだ!」という、まるで神経質な姑が窓枠にちょびっと残った埃を指でツーっとなぞって文句を言うような抑揚をつけた手紙の声が遮った。しぶしぶ起き上がり、引きつらせた顔を隠す努力もせずルリは「一体なんなのよ……。」と疲れたような声で尋ねた。このまったく現実味のない状況にツッコミを入れても何も変わらないのだからさっさと受け入れてしまうことにしたのだ。
「ふむ。」
ルリが座り直したのを満足げに見つめ(とはいっても顔がないので見つめているかは定かではないが)、手紙は話を切り出した。
「おぬしは糸に導かれし者。生まれながらの太陽の乙女。そして今世界はおぬしを求めている。世界に散りばめられし五つのかけら。それは形を変えこの世界に眠っている。おぬしはそれを集め、再び世界に息を吹き返らせる使命がある。」
手紙は威厳のある声でそう言った。目をつぶれば王様が話していると錯覚してしまいそうだ。
「あの、それって本当に私のことなんですか?」
ルリは手紙の勢いに呑まれ黙って聞いていたが、それが本当に自分のことだとはどうしても思えなかった。
「もちろんそうだ。そう決まっておる。」
キッパリ断言され、ルリはもしかしたら本当にそうなのかもしれないと思い始めていた。とはいえ、手紙の言っていることの大半が聞き慣れない単語で意味がよくわかっていなかったし、この手紙が本当のことを言っているという証拠もない。
「まあ、たしかに信じられないだろう、今は。」
「いま、は……。」
「そう。時期にわかる。」
「われはもう時間なのでな、消えねばならない。最後に一つ教えてやろう。『水の恵み 命の輝き 時の悪戯 日の光 月の影』古くから伝わる歌の一節だ。」
そう言うと手紙は少しずつ透明になっていった。
「消えてしまうんですか?」
まだ話は終わっていないのに、とルリは不満げに聞いた。
「ああ。正確にいえばここにいるわれが消えるだけだ。また会えるだろう。」
手紙はそこから姿を消した。
残ったのは納得のいかない顔をしたルリと、緑の石のついた簡単なペンダントだけだった。