白水仙の想い(リメイク版)
平凡だった。
何かと、平凡だった。
オレは、ごくごく平凡な人間だった。
170ちょいという高くも低くもない身長。
中堅私立高校の中の上という無難な成績。
食べ物の好き嫌いも少なければ、趣味や特技で特筆すべきようなものはなにもない。
家庭環境にしたって、共働きの両親と三人家族、父親は単身赴任という環境だが、このくらいさして珍しくもないだろう。
そも、これはオレ個人としての特徴を示す個性足りうるものではないと思う。
これらの没個性が影響したのか何なのか。
それまでの経験すら、概ね平凡な人生で語るべきようなものはない。
……なかった。
それまでは。
オレが人生で初めて特殊と認められるであろう経験をした、あの時までは。
なにか経験した所で人の本質まで変わってしまうことなんてそうそう無いと思う。
故に、オレも本質的にはそう変わってはいないのだろう。
だが、そのことがオレの考えや思い……人生に、少なからぬ影響を与えているというのもまた、紛れも無い事実だと思う。
いや、現に事実だったのだ。
だから、というわけでも無い。
単なる気まぐれかもしれないが。
今一度、整理をつけるために。
たまにはあの時のことを思い返してみようと思うーーーー。
白水仙の想い
久しぶりに、夢を見た。
自分自身忘れているような、過去の話。
深層心理的な部分に残っていたのか、あるいは意識してないだけで忘れていたのか。
唐突な記憶の断片だった。
「む~~……」
それはどんな記憶だったのか。
「……白い色の、……女の、子……?」
薄ぼんやりと浮かぶイメージを口にだしつつ思い出そうとするが、うまくいかない。
「う~~~~……っん」
のびをして思い出せないことに対する妙な気持ち悪さを取り払う。
こういうのは、無理に思い出そうとしても思い出せるものではない。
そう割り切って、ベッドから出る。
ブラインドを開けるとあたたかな日差しが部屋にはいってくる。
……うん。
今日もいい天気のようだ。
トーストをかじりつつ身支度を整え、家を出る。
時間は8:05。
……ちなみにこの時間、オレの親はとっくに仕事に出た後だ。
学校の始業は8:30。
家から学校まで20分だから、余裕ではないがギリギリでもない。
ああ。
……今日も今日とて平凡な朝だ。
「うぃーっす」
と、図体のでかい男がとなりから声を掛けてくる。
「おはよう。今日も相変わらず、平凡な朝だね」
「全くだ。今日もこうしてお前の個性のない顔を見ている」
……まぁ。
こういうやり取りもいつものことだったりする。
「悪かったな、無個性でさ。……にしてもお前、よく毎日同じやり取りしてて飽きないな」
「はっはっは。いやなに、もう習慣になってるからな。……あそうそう」
いつものやり取りの最後についた、話題提起の前触れ。
「ん?」
「また連れて来いってさ」
……だが今回はあまりいい予 感がしない。
「……連れて来いって、誰が、誰を、何処に」
「俺が、お前を、俺の親の所に、だ」
やはりか……。
「……嫌そうだな」
「いや、嫌ってわけでもないんだが」
どうもオレはこいつの両親に気に入られているらしい。
いや別に良いことなんだが、何かと良くしてくれるから逆に気をつかってしまう。
行くと気を遣わせて悪いというのと、こっちが気疲れするから、なるべく避けていたりしたんだが……。
「あー。まぁ、分かった。お前の家に行けば良いのか?」
「あれ、言ってなかったか。俺の母さんな、今入院してるんだよ」
「……聞いてない」
そうだったのか……。
まぁ、見舞いがてら顔を出してみるのも良いかもしれない。
「そっか、悪かった。で、見舞いに行こうと思うんだが、放課後空いてるか?」
「大丈夫だよ。分かった、病院だな」
「ああ」
そこからは、いつも通りの何でもない会話が続く。
そのうちに、学校へと到着した。
友人の母のお見舞い。
いつも通りの日常に、今日は珍しくちょっとしたイベントが加わったことになる。
……このちょっとしたイベントがこれまでの人生で唯一最大の特殊な経験に結びつくことは、オレはまだ、知らない。
チャイムが鳴り、一日の授業が終わる。
礼が終わると教室が一斉にざわつきだす。
友達と話すもの。
帰り支度を始めるもの。
中には授業中に帰り支度を終えていて、教室から出て行っているものもある。
さて、オレはーー。
「よっしゃ、それじゃ行こうぜ」
ーーそうだ。
見舞いにいくって約束してたな。
オレは肯いて返しつつ、鞄を持って立ちあがった。
病院に着く。
この地域唯一の総合病院は、学校からそう遠くない場所にあった。
「母さんの病室は6階にあるんだ。エレベーターをつかおうぜ」
「ああ」
エレベーターに乗り込む。閉まるボタンを押す直前、
「すみませーんっ!」
小柄な色白の女の子が小走りでやってくる。
ここの入院患者なのだろう、白色の病衣を着ている。
オレは慌てて開くボタンを押し、女の子を待ってやる。
「すいません、ありがとうございます」
微笑んでお礼を言ってくれる女の子。
「――――」
何故だろう。
その姿に、強烈な既視感のようなものを覚える。
オレのとなりではオレの自称・大親友がこっちのことなんて意に介していないと言った風でケータイをいじっている。
時々何やら話しかけてくるが、オレは今の感覚が気になって生返事を返すのがやっとだ。
エレベーターが6階に着く。
女の子はもう一度オレ達に会釈をして、おそらくは彼女の病室へと歩いていった。
「どうした?降りるぞ」
「…………ああ」
「それじゃぁ、今日はありがとうね。久しぶりに顔をみれて嬉しかったわ」
「あ、はい、いえ。……それではお大事に。失礼します」
面会を終えて病室を辞する。
久々だったものだから、話しこんでしまったらしい。
外は既に暗く、面会時間を少しすぎてしまっていた。
オレ達が話しこんでる横で手持ち無沙汰になって長くなったあいつは、実の母親ほっといて先に帰ってしまった。
この病院ではこの時間帯、もう外来患者の受け付けをやっていない。
故に、エレベーターを降りて 正面、外来受付のあるこの空間には誰もいない……はずなのだけど。
「……あれ」
暗闇のなかに光る自動販売機の前に、誰かがいる。
やがて、こっちを振り向き、
「……あっ」
向こうもこちらに気付いたようだ。
その顔と姿には見覚えがあった。
そのままこっちに歩いてきて、会釈をしてくれる。
「さっきは、ありがとうございました」
「ん、ああ、いいよ。えっと……さっきのエレベーターの子だよね」
先ほどの、エレベーターで感じた既視感のせいだろうか。妙にうろたえてしまう。
「はい」
「えっと……なにしてたの?」
と、なんだか妙な質問をしてしまった。
「え?えっと、ジュースを買ってたんですけど」
「そ、そうだよね……」
そりゃまぁそのとおりだ。
自動販売機に向かってなにかしてて、買い物じゃなければ 迷ってるだけかいたずらかのどちらかだろう。
彼女はそういういたずらをするタイプではない。
「――――」
あれ?何故だろう。
今、何か引っかかったような――。
「あ、あの」
「ああごめん、何かな?」
声を掛けられて慌てて思考を引き戻した。
全く、どうも最近ぼやけている。
「……ここ、にはよく来るんですか?」
ここ、というのは病院のことか。
「いいや。お影様で、あまりお世話になったことはないかな。今日はお見舞いだから来てるけど」
平凡なオレは、健康面も人並みに健康、というわけだ。勿論たまには風邪もひくけど。
「そう、ですか……。それは、いいですね」
そう言う彼女はうらやましそうであり、ちょっと恨めしそうでもあった。
いいですね、といったのは健康に対してか、それとも見舞いについてか。
おそらくは、その両方だろう。
「――――」
まただ。
一体なんだろう、また、何かの引っかかりを感じた。
「あの、私、もう何年もずっとここにいて。病弱で友達もあまり作れなかったから、お見舞いもあまりないんです」
……ひとまず違和感を振り払う。
「それは……寂しいだろうね」
彼女は小さく肯く。
オレには表面的な言葉しか言えないけど、実際に体感している者の実感はきっと大きなものだんだろう。
「そ、それで……あの、もしよければ、お見舞いに、きて……いただけませんか?」
すこし、いやかなり恥ずかしそうな顔をして、彼女は言った。
「え、と、……お見舞いって、君の?」
「はい」
言いきって余裕が生まれたのか、顔をやや赤くしながらも微笑んでいる。
「……オレが?」
「だめ、ですか……」
彼女の表情が一転、悲しそうなものになる。
……もしかして、これまでもこうやって勇気を出して、断られたりしたのだろうか。
「ああいや、見舞いに来るのはいいんだけど……」
「本当ですか……!?」
でも――と言おうとしたオレの言葉が出るより先に、彼女が声をあげた。
「あ、ああ」
「あ、ありがとうございます……!」
その嬉しそうな様子に、オレは言葉が出なくなる。
「私、友達もいないし、両親も……医療費出すために、共働きで、なかなかお見舞いにも来てくれないんです。それで……」
「寂しかったんだね」
頭ではなんだか急に凄い状況になってるな、なんて思考を流しつつ。
心では初めて平凡ではない経験をすることになるという予感をようやく薄ぼんやりと感じつつ。
「わかった。また来るから」
どうしてこんな気になったのかは分からないけど、とりあえずこの状況に流されてみることにした。
「ふぅ……」
簡単に挨拶をしてエレベーターに乗り込む彼女を見送ったあと、帰途につく。
(それにしても、なんだか急な展開だったよなぁ……)
歩きながら、さっきのことについて考える。
(でも何でかな。彼女とは初対面のはずなのに……あまりそんな気がしない)
そういえば彼女をみた時や話しているときに何度か違和感を感じたな、と思いだしながら。
(今度、病室にでもいってみたら何か分かるだろうか。……いや、ここは早速明日にでもいってみるかな)
暫くぼんやりと思考を流して、はたと気付く。
「あ。……そういや、病室、聞いてなかった」
本日最大のボケた失敗を反省しつつ、いつのまにかたどり着いていた家の門扉ををくぐった。
ーーーー夢。
白い少女の、夢。
記憶にはない。
ない、はずだ。
だが、白い光のなかで微笑む彼女には、確かに見覚えがあった。
「ん……」
そして目覚め。
珍しく二日連続で夢をみたことをなんとなく不思議に感じながら、夢の内容について思う。
夢に出てきた白い女の子。
細かい内容は覚えていないが、病院でであったあの子に似ていた気がする。
出会ったのは昨日だし、平凡な日常の中であのような形での人との出会いはは夢に出るほど強烈な出来事とするに足るだろう。
「……でも、夢の子はもっと幼かったような……?」
分からない。
分かる必要もないのかもしれないけれど、昨日から二日連続で似たような白い女の子の夢を見、昨日イメージがそれと被る子に出会った。
ただの偶然と言ってしまえばそれまでだが、これだけ条件がそろえばやっぱり気になる。
……今までが平凡すぎたから、退屈してるだけかもしれないけど。
「……あ。時間」
考え込むこといつのまにか10分、時計の針が遅刻ぎりぎりラインをさしていることに気がついた。
食パンを焼かずにかじりつつ、5分で着替えて家を出る。
少し走って、いつもの道でいつもの顔に会う。
「お。いつも定時にのんびり来る奴が、ぎりぎり走って来るとは珍しいな。ついに平凡な日常に変化でもあったか?」
「……まぁ。それなりにね」
「…………」
適当に返してやると、余程意外だったのか絶句してしまった。
「……なんだよ」
別にいつもだってのんびりしてるわけじゃないぞ。
「……いや。お前はもうずっと平凡な日常を変化させないモンだと思ってたからな」
「……ずっとは無理だろ。流石に」
「まぁそりゃそうだ」
ぼんやりと話しつつ、オレの頭の中ではずっと朝の思考を流していた。
こたえの出ないループ再生。
(……どうも、初対面な気がしないんだよな。会ったことはないはずなのに)
昨日病院でであった女の子。
寂しいから見舞いに来てくれといわれたときは少し面食らったけど、その言葉から伝わってきた思いは真摯なものだった。
でも、何でオレが、という疑問はある。
エレベーターでのことがきっかけになったから?
誰でも良かった?
確かに、状況だけみたら妥当な考えかもしれない。
でも、何か違う。
はっきりとは分からないし言えないが、何かそう言うものとは違う感じがする。
「んー……」
そうだな、行ってみれば何か分かるかも知れない。
「……よし」
「ん?どうした」
「今日の放課後なんだがな」
「ああ、駅前に新しくできた店行ってみるんだろ? 覚えてるぜ」
と、数日前に約束したことをちゃんと覚えていた我が友人。
「ああ、ゴメン。今日無理になった」
それに、予定の撤回を申し出る。
「なんだ、別の予定でも入ったか?これまた珍しい」
「まぁ、そんなところ。悪いな」
「いや、それは良いんだ が……」
友人は何かを言いたそうに口篭る。
「……なんだ?」
「……いや。本当に珍しいと思ってな。『特徴・平凡であること』だったお前が二日も連続で放課後用事だなんて」
「……」
いや。
別に、平凡イコール放課後用事がないということにはならないと思うが。
……まぁ、今までこいつと寄り道する以外はほとんどまっすぐ帰るだけだったから珍しいのは確かかもしれないけど。
珍しい、ということ自体をからかわれていると気付いたのは、それから学校について、結局来る道ずっとこんなやり取りを続けていたことに気付いてからだった。
放課後。
授業が終わり、部活があるものは部活へいき、ないものは帰宅する時間になる。
常ならばオレも部活がないものの例にもれず、そのまま帰宅するところだが、今日は違う。
「さて。……行くか」
学校を出て、そのまま病院へ向かう。
「そういえば、病室どこか聞いてなかったっけ」
病院についてから、その難題を思いだした。
どうしよう。
受付で聞くにしても、そう言えばオレは彼女の名前すら聞いていなかった。
「む。……早速困ったな」
来て早々にどうしようもなく なって途方にくれてると、
「あの……」
その問題を根本から解決する、
「あ……」
彼女本人から声を掛けられた。
「来て、くださったんですね」
「ああ。昨日のことが気になったからね」
あれだけ気になる要素があって放っておくのも気持ち悪いし、というのが本心なんだけれど、昨日のことが気になったというのも本当のことだ。
「ありがとうございます……」
「ところで、君の病室、聞いてなかったよね。今日はここであえたから良かったけど、何処行ったら良いのか分からなかったからさ」
できれば教えて欲しいのだけれど、と持ちかける。
「待ち合わせにしましょう」
それに対し、彼女からの短い言葉での提案が来る。
「え?」
「あの、次から来る時間を指定していただければここかロビーで待ってますので、待ち合わせましょう」
「あ、ああ……それでも良いよ」
考えてみればそれもそうか。
向こうから見舞いに来て欲しい、といったとはいえ、知りあったばかりの男に自分が普段生活している空間に入られたくはないのだろう。
それから、ロビーに案内してもらって、いろんな世間話をしたが、昨日感じた妙な感じはずっと感じていた。
……切りだしてみるか。
「……ねぇ。もしかして、なんだけどさ」
先ほどから何でもない話題ばかりを、しかし楽しそうに話していた彼女が、新たな話題を振ろうとするのを制して話を切りだす。
「はい?なんでしょう」
彼女は出しかけた話題を引っ込めてこちらの言いだしたことに反応してくれる。
一瞬、悪いような気がしたけど、彼女はこちらから話題を振ったことに寧ろ嬉しそうだ。
「うん。もしかしてオレ、いつか何処かで君と会った事、ある?」
「…………」
今の俺にとっての核心を問いかけると、彼女は一瞬驚いたような顔になり、次に少し喜んだような顔になって口を開く。
「あ、やっぱりそう思いました?」
「え、やっぱりって」
本当に実は知りあいでした、という話なのだろうか。だとしたら忘れていた上にあんなに悩んでいたオレって失礼な上にかなり間抜けなんだけど。
「はい、実は私もずっと感じてたんです。なんか、どこかで会ったことあったかなぁ、って」
貴方に声を掛けられたのも、一つにはそれがあったのかもしれないです、と告白してくれる。
「ああ、なるほど……」
オレが失礼な上に間抜けなヤツってわけじゃなくて良かった。これである程度納得もいったし。
「ん……?でも、何処であったんだろ?」
「それは……分からない、んですけど……」
まぁ、分かっていたらもっと話は早くすんでるか。
「それもそうだよね。ごめん」
「いえ……。あ、あの」
やや改まって、彼女が切りだす。
「ん?何」
きいてやると、彼女は申し訳なさそうにしながら、
「あの、これからもまた、こうして来てくれますか……?」
そんなことを切りだした。
昨日承諾し、こうやって今日ここに来ている以上、もう遠慮なんてしなくて良いのに、これは彼女の性分なのだろうか。
「ああ、いいよ。明日にだって来るさ」
彼女に快諾の言葉を伝える。
なんだかんだいって、オレも彼女と話すのがとても楽しく、不思議なくらい嬉しいと感じていた。
「あ、ありがとうございます……!」
「お礼を言われるほどでもないよ」
だって、オレも楽しいのだから。
それからまた、なんでもない話を続け、明日の待ち合わせの約束を取りつけたあとオレは帰宅した。
白水仙の想い その二~あとがき
2010年03月03日04:05
ーー夢。
また、夢を見ている。
白い世界の、夢。
白い壁に囲まれた殺風景な部屋で、彼女は泣いていた。
寂しいと。苦しいと。
助けて欲しいと泣いていた彼女にできることは、なにもなかった。
あるとき、庭に咲いていた水仙の花を彼女にあげたことがあった。
真っ白いその花は、色白な彼女に似合っていた。
彼女は、喜んでくれた。
でも、同時に寂しそうでもあった。
元々白に囲まれた世界。
白い水仙の花は、白の中に白の立体を加えたにすぎなかった。
それでも、元々変化のない世界。
彼女は、新たに入った今までと同じ色のアクセントを、それでも嬉しそうに眺めていた。
「…………」
目が覚める。
なんだか、今日のはずいぶん具体的な夢だった気がする。
単に、記憶がハッキリしてるかどうかの違いだけなのかもしれないけど。
「にしても……」
夢の中身……特に、夢に出てきた女の子について思う。
「間違いない。彼女だ」
夢に出てきた白い女の子。
やや幼かったが、その女の子は病院で出会った彼女と同じ顔をしていた。
「やっぱり、以前会ったことがあったのか……?」
あれからもう数日が経つが、それについての結論はまだでていない。
それに、夢の中身が現実であれば、会ったことがある、なんて言うレベルじゃない。
彼女の病室に、おそらくは何度も足を運び、プレゼントを……庭にあった、水仙の花をあげている。
「…………」
病院の彼女に会いに行くようになって数日がたつ。
だから、昔の記憶に病院で知りあった彼女のイメージが被って夢になってるだけ、という可能性もあるんだけど。
「……まぁ、いつまでもベッドの上で考え込んでても仕方ないか」
そろそろ着替えるか、と時計をみる。
すると、7:56というデジタル表示の時刻の下にSUNという表示がある。
「……休み、か」
休みを忘れてるなんて全くボケている。
「さて、と。どうしようかな」
今日は特に予定は入っていない。
というより、ここのところ病院のことにかかりっきりで予定をいれてる余裕がなかったといっていい。
「……まぁ、適当にぶらぶらしてみるか」
そうと決めると、手早く着替えてトーストを食べ、オレは家を出た。
適当に歩くうちに、知らず病院へ続く道に入っていた。
まぁ、このまま行ってしまうのもいいだろう、と歩きながら考えるのは、やはり彼女のことだった。
出会ってからそろそろ一週間が経とうとしている。
結局、あれから毎日通っては、いろいろな世間話をした。
その多くはなんでもないような内容ばかりだったが、何故だかとても楽しくて、彼女もまた、楽しそうで。
それがまたなんとなく嬉しくて、つい毎日通ってしまった。
それでも、彼女といつ、何処で出会っていたのか、オレにとって彼女は一体何者だったのかは分からない。
夢に現れるように、時々思いだしそうになることはあった。
つまりそれは、思いだせないだけでそういう記憶は確かにあったということだ……と思う。
けど、思い出そうとするたび、はっきりとは思いだせずに終わってしまう。
まるで、記憶にもやがかかったみたいにはっきりとしない。
でも、日が過ぎるにつれて少しずつハッキリしかけている記憶は、少なくとも彼女が自分の中で小さい存在ではなかったことを訴えている。
(分からない……。一体、彼女は、誰なんだ……?)
オレにとっての彼女の存在。
今日の夢は、かなり核心に近かった。そんな、予感はある。
だが、核心に近い、というだけだ。肝心な部分は何も分かっていない。
「あの……」
と、思考のループにはまりかけていたオレに掛かった声。
まいった。
どうやらいつのまにか病院に着いていたらしい。
病院に近づくと考え込むようになる癖がついてしまったせいか、どうも、彼女にあうときは考え込んでるところに声を掛けられる、というパターンが多い。
「やぁ。って、今日はどうしたの、その服?」
振り向いた先にいた彼女は、いつもの病衣ではなく、普通に街を行く女の子が着ているような、外出着をきていた。
「外泊、頂いちゃいました」
にっこりと微笑んで、そんなことをいう。それはまた急な話だ。
「……体のほうは、大丈夫なの?」
「ええ、おかげさまで。でも、ここで会えて良かったです。せっかく来てもらったのに、私、いなくなるところでした」
「ああ、そうだね。でも、今日はオレ帰ったほうが良いかな。迎えが来るんだろう?」
約束もなかったのに勝手にここへ来たオレを気遣ってくれる彼女に内心で半分感謝、半分苦笑しつつ、当然のこととしてたずねる。
「……、せん」
が、帰ってきた答えは思いもよらないものだった。
「え?」
「迎えは、きません」
「……それじゃ、どうするの」
「実は、行きたいところが、あったんです」
言って、彼女はまっすぐにオレをみる。
良い予感がしない。まさかとは思うが……。
「行きたい、ところって?」
「貴方の家に、連れていって、ください」
言って、俯いてしまう。
「……ダメ、だよ」
「……なんで、ですか」
そんなこといったって、オレは男だ。
親は泊まりこみの仕事に出ていて今日はいない。
そんなところに、知りあって日も浅い女の子を連れこむ訳には行かない。
そういった旨を伝え、説得を試みる。
勿論オレにはやましい気持ちはないが、実際にどうなるかは分かったモンじゃないし、何かダメな気がする。
「……実は、ですね。さっき、ここで会えて良かったっていったの、半分嘘なんです」
と、彼女は急にそんなことを言いだした。
「良かったっていうのは本心ですけど……偶然じゃなくて。いえ、半分は偶然なんですけど……待ってたんです。来てくれるような予感がして」
「――――」
まさか。と、口から出そうになった。
そんな予感でオレに会って、オレの家に来るために、わざわざ外泊をもらったというのか。
でも、そんなのは無茶苦茶だ。
オレに会える予感がして、そのために外泊とって。 その予感が当たったから家に連れていってくれ。
そんなのは、理屈でもなんでもない。
「…………」
「…………」
彼女はじっとだまってオレを見つめている。
「…………」
「…………」
どれくらいそうしていただろう。
何分かたったのか、それとも長く感じているだけでほんの数秒なのか。
ーーああ。
どうやら本当に、理屈じゃない。
ただこんな状況で見つめあっているだけで、どうしようもなく心が揺れているのだから。
「……ああ。分かった、分かったよ。オレも別にやましい気持ちはないんだ。……ただし、結果としてどういう状況になっても知らんぞ」
苦しまぎれに付け加えた忠告。
「あ、ありがとうございますっ!」
それを意識した風でもなく、彼女は満面の笑みでお辞儀をしてくれた。
いつものように世間話をしながら、家までの道を歩く。
今は元気そうにしているとはいえ、彼女は入院患者だ。途中にあった公園で、少し休憩を取ることにした。
「はい。レモンティーでよかったよね?」
「あ、ありがとうございます」
「ふぅ……」
飲み物を彼女に手渡し、お礼の言葉を受け取り、ベンチに腰をおろす。
なんとなく、そのまま空を眺める。
「空、好きなんですか?」
暫く眺めていると、彼女がたずねてきた。
「ん~、まぁ、空っていうか、青空を行く雲が、かな。のんびりしてて、癒されるっていうか」
とはいっても、ことさらに好きだと意識したこともない。 ただ、思えば空行く雲を眺めていることは多かったかも知れない。
「私も、好きですよ、雲。病室から出れなかったときって、お見舞いの人もいなければ退屈じゃないですか。それで、よく窓から眺めてたんです」
「そっか……」
本人はなんとも思っていないのかもしれないが、少ししんみりとした気分になる。
それに。
――殺風景な白い部屋。白い彼女の気を引くものは、白い花か、白い雲か。
またなにかが、引っかかった。
そうして訪れた静寂を。
「あ」
何かみつけたらしい彼女の静かな声が破る。
「どうしたの?」
「あれ……」
彼女の指し示す方向には、一輪の白い花。
「あれって……水仙?」
「はい。私、この花が大好きなんですよ」
「…………」
――白い雲か、白い水仙。殺風景な部屋から出ることの叶わぬ彼女が楽しみに出きるものといったら、これくらいのものしかない。
また、何かが引っかかる。
これは、記憶、の断、片……?
「ーーーー。よし、ちょっと待ってな」
気持ちの悪い引っかかりをとりあえず無視して立ちあがる。
水道を探して、ポケットに入ってた紙切れを湿らせる。
そして、水仙の花を折って、切り口を湿らせた紙で覆ってやる。
花についての知識はあまりないけど、多分これで花へのダメージはましになるだろう。
「これ。まぁ、大したことないかもしれないけど、お見舞いっていうか、プレゼント」
そういって花を彼女に手渡す。
「……なんか、花に悪いような気がしますね。でも、ありがとうございます。嬉しいです」
花に気を遣いながら喜んでくれる彼女。
そのあたりは彼女らしいなって思うけど、とりあえずは良かった、のかな。
「さて。……そろそろいけるかな?」
「はい。行きましょう」
そうして、オレたちはまた適当に話をしながら歩きだした。
暫く歩いて、家に到着する。
部屋に案内して、座布団を勧め、オレは小瓶と剣山を探して水仙を生け、部屋に戻った。
「はい、これ。生けといたから、このまま持って帰って良いよ」
「あ、はい……。ありがとう、ございます」
……こころなしか、彼女の返事に元気がない。
「大丈夫?疲れた?」
「あ、はい……大丈夫、です」
だといいんだけど……。
「あ、あの」
心配していると、彼女から声が掛かった。
「すまません。喉が乾きました……」
そういうことなら飲み物をいれてこよう。ちょうどオレも何か欲しかったところだ。
「ああ、わかった。お茶で良いかな?」
「はい。すみま、せん……」
「いいよいいよ、オレも何かのみたいところだったし。それじゃ、ちょっとまってて」
部屋を出、台所へ向かう。
戸棚からお茶を出し、お茶をいれる。
彼女に悪いと思いつつ、一口だけ先に口を湿らせて、茶菓子と一緒にお盆にのせて、再び部屋に戻る。
「おまたせ――っ!?」
部屋のドアをあけると、
白い壁に体をもたれさせ、
ぐったりとしている彼女の姿があった。
――白い殺風景な部屋の中。
――壁にもたれて苦しそうにしている彼女。
――白い部屋には白い水仙。窓から見えるは白い雲。
――その部屋で、白い彼女は顔を朱に染め苦しんでいるーー
また、引っかかりがある。
引っかかりというか、まるで
記憶が暴走して暴れているかのような混乱を覚える。
「……っ、そんな場合じゃないだろう、今はっ!」
混乱を無理やり振り払い、お盆を置いて彼女の傍に行く。
彼女の呼吸は荒く、苦しそうだ。
「大丈夫か……っ!?苦しいなら病院に、いや救急車を……」
「……ぃぃ、の……」
彼女の手がオレをやんわりと遮る。
「いいって、そんなにしんどそうじゃ……!」
「……、……ここが、限界、ね……」
彼女が呟く。
やはり、いい予感はしない。
「限、界……?」
「ふふ、ふ……結局、さい、ごまで、完全には、思いだせ、なかったね……。これなら、成、功か、な……」
「な……」
一体、なんのことなのか。
オレにはさっぱり、分からない。
「……、……このまま、持っていってもいい、ん、だけど……。さすがに、これだけ迷、惑かけ、て……そこまです、るのは……そこま、で……迷惑、かけれない、から……」
分からない。否、分かりたくないのかも知れない。混乱は脳を駆け巡り暴走する。
ーー彼女は一体、何がいいたいのか。
「君は一体……」
「記、憶……の、さ…ご、のひとかけら、かえす、ね……」
言うと同時に、彼女はゆっくりとオレの顔に、顔を近づけてきて。
「ーーっ!?」
――唇に、柔らかい感触が、あった。
その刹那。
急に目の前が白くなり、意識が遠のき始める。
同時に、彼女の体が薄れだし、少しずつきえていく。
彼女が完全に消えるのを見届けた直後、オレは意識を手放していた。
ーーーー夢。
夢を、みている。
それは幼かった昔の、記憶。
ついさっき返って来た、幼き日の記憶。
親しい少女がいた。
色白なその少女は、病弱だった。
少女が何度めかの入院をしたとき、庭にあった水仙をもって、見舞いに行った。
たった一輪の白い花を、彼女は嬉しそうに受け取ってくれた。
ある日、何度めかの見舞いに行った。
彼女は雲を眺めていた。
彼女はこっちをむいて、話があるといった。
暫く言いづらそうにしていたが、やがて意を決したように口を開いた。
その口から出た言葉は、自分に好意を伝えるものだった。
幼かったオレは、あまり深く考えもせずに、「ぼくもすきだよ」と返した。
でも、それが彼女に会った最後のときだった。
家の事情による急な引越し。
幼い子供の友達が離れ離れになるありがちな理由によって、彼女とは会えなくなった。
――――。
ふと、場面が変わり、白い光が満ちた場所に出る。
光の中には、彼女がいた。
夢はまだ、覚めていない。
何故って、彼女がいるはずはないのだから。
だって、彼女はーー。
「君は、もう……」
「ええ、そうです。私は引越しの3年後、病によって、この世のものではなくなりました」
既に知っていたはずの、しかし何故か思いだせなかった、
そして今本人からきいて衝撃を受ける事実。
そう、彼女はすでに、亡くなっていた。
オレはそれを、彼女が死んで数ヶ月たったころにようやく、親に聞かされて知った。
「でも……なんだって、今になってこんなことを。オレの記憶まで奪って……」
「ごめんなさい。でも、ずっと探していたんです。思いを伝えることはできたとはいえ、あんな形でお別れになっちゃって……私、貴方との思い出以外に楽しいことなんてほとんどなかった。あとはほとんど、病院の中のことだけで……」
……それで、最後の最後にオレに会いに来たのか。
自分にとって、楽しい思い出のすべてだったモノを確かめようと。
「記憶を奪ったのは、一つには自分に対する賭けもあったんです。記憶がない、何も覚えてない状態で私を受け入れてくれるかどうか……」
結局、力尽きてほとんど勝手に戻っちゃったんですけどね。
と彼女はくすくす笑う。
「あとは、私が消えてしまうにしても、この思い出だけでも持っていけたら幸せかなぁって……。ごめんなさい、どっちもただの我がままです」
「そんなことは、ない」
ないと思う。
彼女には何も非がないのに、殺風景な部屋に閉じ込められ、生涯を短く終え、良い思い出といえばオレなんかとすごせたことくらいと来た。
ならばーー彼女の思いがわがままだというのならば、その時点でその我がままの分以上の対価は支払っているはずだ。
「ふふ……ありがとう。貴方が、私の記憶のままの優しい人で良かった」
「あーー」
彼女の輪郭が薄れてくる。
夢の世界でも限界が近いということか。
「ごめんなさい。そろそろ、いかなくちゃ。短い間だったけど、楽しかった、です。ありがとう」
彼女が消えていく。
「っ、お、オレも楽しかった!こっちこそ、ありがとう!」
それだけ言うのが精一杯だった。
彼女が消える。
消える間際に、彼女が微笑んだ気がしたのは、決して気のせいなんかではないだろう。
少なくとも、オレはそう信じている。
あのあと。
目が覚めたオレは、自分がどうやらベッドの上で寝ているらしいことに気がついた。
なにやらすさまじい夢でもみたかと思ったが、テーブルの上に置かれた水仙の瓶をみて、どうやらそうでもないらしいと知った。
不思議なことだが、本当だったらしい。
そう言えば、彼女と接しているときに、第三者の介入は一切なかった。
これなら、どうやら自分は、彼女の霊と接してしまっていたらしい、といささか強引ながらも説明はつけれよう、と無理やり納得していた。
なにより、彼女のことを嘘の出来事だったとは思いたくなかった、というのもある。
周りの人の話によると、そのころ、暫くの間オレは抜け殻のように元気がなかったらしい。
それが、あるときから急に猛勉強を始め、特別進学クラスに進級した。
あの出来事を回想している今、オレは医学生ををやっている。
とかく平凡だと思っていたオレの、平凡ではなかった部分を。
誰もが持っているはずの、固有の部分を持ちだし、思いださせてくれた彼女。
彼女のような人に、誰もが得られるべき幸せを、当たり前に受けることが出来るようにするために。
オレは、オレの道を見せてくれた、オレがオレの道を探すきっかけとなった彼女に感謝している。
オレはこれからも、彼女のくれたこの道を歩いていく。
まだまだ勉強不足だけれど。
いつか、彼女のような人を助けられる人間になれるように。
この道で、頑張っていくんだーー。
〈fin〉
あとがき(当時まま)
水仙の花言葉は「思い出」とか「優しい追憶」。
「水仙の女の子」の話は主人公にとって良い思い出として今回優しく追憶できたでしょ
うか。
きっと、出来たのでしょう。
彼は、彼女に感謝しているのですから――。
はいどうも皆様お疲れ様でございます、『白水仙』筆者のホマレことT-Mでございます。
ここまでお付き合いくださり、どうもありがとうございます。
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それでは、ありがとうございました。