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くるりと鍋をかき回して、中身を小皿にわずかに入れて、ひと口。
「‥‥うん、美味しい」
野菜の甘みと塩加減が絶妙な、いい感じのスープが出来上がった。
味に無関心すぎる母に料理を任せると、涙が出るほど美味い時もあれば泥をすすっている方がマシと思えるほど酷い時があり、平穏な食を求めるなら自分で作るしかない。
結果、いつの間にか食事当番は僕、という風潮が出来上がってしまっていた。まあ自分の手でソフィに美味しいご飯を食べさせてあげられるので、幸せな役回りではある。
贅沢はできなくとも、パンとスープの2品が用意出来るだけウチは恵まれているのだろう。一般的な家庭だと思うが、一般に含まれていることはとても幸運なことだ。自分が巻き込まれていないというだけで、世界には理不尽な貧富の差が多く存在しているのだから。
食卓の真ん中にパンのカゴを置き、スープの皿を並べてゆく。パッと見では分からないようにソフィには少し多めに盛って、具もたくさん入れておくのはいつものことだ。ソフィは世界一可愛いんだから贔屓されて当然である。そう、世の中ってのは平等じゃないのだ。
「よし、完成かな。さて、みんなを呼びに――」
くるりと振り返った時、ふと、棚の上に置いてある木彫りの人形が目についた。2年前くらいに僕がソフィのために作ってあげた、下手くそな天使の人形だ。
ずっと置いてあるそれに、なぜ今更視線を奪われたのか。
理由はすぐに分かった。置いてあった場所が大きくズレていたのだ。
どうしてだろう、気づかないうちに当たったのかな。そう思って手を伸ばし――
「人の子よ」
――人形から、声が聞こえた。
日々狩猟も嗜み、時に凶暴な動物に追われることもある僕の本能が危険信号を発し、思考より先に体を動かした。
手元にあった包丁を素早く掴むと――天使の首に向かって一突き!
大きな獲物に立ち向かう際は、攻撃を外せばこちらが食事にされてしまうようなギリギリの戦いもあるのだ。ソフィに美味しいお肉を食べてもらうために限界まで狩猟スキルを高めている僕に、咄嗟の状況であろうとMISS!!の文字が表示される可能性は限りなくゼロ。野菜の付着した銀色の刃は寸分違わず天使の喉元を強襲し、Critical!!の文字が躍る。
天使のつもりだけど実際は不細工なハニワみたいな顔をしたおぞましい置物は、僕の一撃に耐えることはできずあっけなく真っ二つに割れてしまった。
カラン、と乾いた音を立てて人形は床へと落ちる。そこから再び声が聞こえてくることはなかった。
結果には必ず原因がある。では今のは一体何なのか。
普通、人形は喋らない。ということは――。
「――気のせい、だな」
迷いはなかった。だってあり得ないだろう。人の子よ、とか、お前は神かよって言いたくなるようなワケの分からん台詞だ。つーか人の子じゃなかったら何の子だよ。僕はキャベツ畑で収穫されたわけでも木の股から生まれたわけでもないぞ。
勘違いで割ってしまった置物を見て、僕は眉尻を下げる。こんな不細工な木彫り細工でも、ソフィは気に入ってくれていた。不慮の事故で割ってしまったと謝っておかなければならない。
そして今度、もう一度もっと上手に作ってあげよう。一緒に遊びに行く口実にもなるし、きっとソフィだって喜んでくれる。
さあ、ソフィを呼びに行こう。ソフィにご飯を作って美味しいって言ってもらうことが僕の生きがいなんだから。