ブクマよ、キミは白い鳥 ~底辺作家の悩みと決意~
「ウケる展開だと思ったのにっ……!どうしてっ!」
アキラは頭をかきむしった。
彼は、小説投稿サイト『小説家にならん!』のユーザー。
毎日、脳ミソと経験値を振り絞り、大好きなRPGからパワーをもらいつつ剣と魔法と冒険がテーマのファンタジーを書いている。
小説を書くのは面白い。
キャラが自由に動き、スラスラと話が動いた時の気分は最高だ。
アイデアがなかなか湧かず、どうしたらもっと面白くできるかをゆっくり考えるのも、それはそれで楽しい。
思い付いた時には、パズルの最後のピースをパチンとはめたような音が、頭の中に響く気がする。
そして、書き上げた時の充足感。
その辺のリア充よりずっと充実してるぜ!友達いなくても平気だぜ!
……と快哉を叫びたくなる。
小説を書くのは面白い。
しかし、1つ問題がある。
それは小説投稿者に付きまとう宿命。
それを、ある者は『神』と称し、ある者は『魔』あるいは『妖怪』と称す。
……幻影か?いや違う。
それは、明らかに存在する。
的確に対処しなければ、小説投稿者たちは、その心、いや魂までをも奪われ喰らいつくされてしまうのだ……!
とうにお気づきの方もおられるだろう。
その、神にもなれば魔にも変わる、偉大な存在の名を……!
そう。すなわちそれは。
『ブックマーク』略して『ブクマ』なのである!
「うぉぉぉぉ……減ってるなんて!なんでだ!イヤがらせか!
いや、ボクはそんなご都合主義には陥らないっ!
ブクマはボクの作品の大事な指標……客観的に捕らえねば、進歩はないよねっ!」
アキラは髪をかきむしりつつ、『ブクマ剥がれの理由』をなるべく冷静に分析しようとした。
「よ、要は……ボクの小説を……『こんなの求めてねーんだよ!全てにおいて気に喰わねーんだク○!』と……そ、そういうことだよね」
アキラは投稿者であるから、投稿仲間の気持ちが分かる。
一旦つけたブクマは、どれほどのク○展開であっても見なかったコトにして外さない。
外すとすればそれは、想像もつかないほどその小説が嫌いになってしまった時だろう。
ただしもちろん、アキラがそうだからと言って全ての人がそうだとは限らない。
それを忘れている時点で既に、冷静ではないのだが……
そんな親切なツッコミを入れてくれる人は今、アキラの傍には誰もいないのだ。
ゆえに、彼は1人で悶々と悩み続けるのである……!
「ごめんなさい、こんなク○展開してごめんなさい、それでイイ気になってたりして、読者様の貴重なお時間を浪費してしまいゴメンなさいぃぃぃ!
消えればいいですよね。ボクなんて。
この世から消えればいいんですよね……」
こうなると、もう書けない。
いくら愛する自作でも、書けなくなってしまうのだ。
「ううう……続きを書いて、もっと減ったらどうしよう……
ボクの理想のアールス君や、可愛いレティーちゃんが、このまま皆から嫌われてしまったら……
ボクは彼らに何と言って詫びれば良いのだろうか……」
そんな思いばかりが胸中を渦巻き、彼からパワーを奪う。
「そうだ、こんな時は!」
大好きなRPGをやり込むに限る!
が。悪い時には悪いことが重なるもので。
「ぉぉぉぉおおおっ!なんでここでパパンを死なせてしまうんだぁぁぁぁっ!」
絶叫と共にコントローラーを床に叩きつけ、ゴロンゴロンと転がり身悶えするアキラ。
周回プレーなのに、英雄の父が死ぬ展開には、まだ慣れないのだ。
「あぅぅぅ……ボクは、ボクは!パパンに死んでほしくない!
たとえ、この悲しみが物語全体を引き締め、主人公の復讐を動機づけ、やがてはヒロインに巡りあうための鍵になるのだとしてもっ!」
ただでさえ『ブクマ剥がし』に遭いストレスがたまっていたところである。
「こんな展開、認められるかぁぁぁっ!」
アキラはコントローラーをゲシゲシと踏みつけつつ、大絶叫した。
そしてハッと気づく。
「今のは……もしかして…………
……そうか!」
ゲーム全体としては愛していても、このシーンだけは嫌いだ。大嫌いだ。
ブクマ100コ剥がしたいくらい嫌いだ。
だが、それはゲーム製作者が悪いわけではない。
単に、アキラとゲーム製作者の感性のズレなのである。
製作者と感性が合う者になら、このシーンはきっと、その胸を打ちまくって『神!』と叫ばせるほどだろう。
「そ、そうだったのかっ……!」
すなわち、それを小説にあてはめるならば。
ブクマを剥がした読者は、必ずしもアキラに『死んでまえ』と言っているわけではないのだ!
つまりは、読者とアキラのちょっとした感性のズレ。
ただ、それだけだったのだ……。
剥がれたブクマの陰には、『神!』と思ってくださる読者様もいらっしゃるかもしれない。
(もし、そんな読者様がいらっしゃったら、ボクは……!)
土下座して拝むか。
いや、それだけじゃ足りないな。
お肩やおみ足を揉み揉みマッサージするか。
それとも、毛皮でもかぶって逆にもふられるか。
いや、まだまだ足りないな。
(ボクを1日好きにして♡っていうのはどうだろうっ……)
そんなことを考えていると、先ほどの沈んだ気持ちが嘘のように軽くなる。
ゲーム画面には今、どこまでも青い大空が広がっている。
その空を自由に舞う、英雄の父の魂のような純白の鳥……!
(そうだっ、ブクマは、ブクマは……!)
アツい想いがアキラの全身を駆け巡った。
「ブクマは!空を飛ぶ鳥のようにっ!自由、なのだぁっ!」
決して『死ね』とか『消えろ』とか思われているわけではない。
それならば、アキラが言うべきは。
「短い間でも、幸せをくれてありがとう……」
目を閉じ、ブクマが増えて躍り狂った日を思い出す。
ブクマ。
一時でも、キミに受け入れられていると思えて、幸せだった……
でも、キミは本来、自由なんだ……
もしかして、いつか。
キミはまた、ボクの作品に止まりたいな、と思ってくれるかもしれない。
そんな日を夢見て。
「ボク、書くよ……!いつまでも、キミを待っているよ……!」
決意を新たにするアキラの背後で、パソコン画面の表示が静かに変わっていた。
『ブックマークをつけられました♡』
『小説家にならん!』では、ブクマがつけば教えてくれる仕様のようです。