自習室とそれぞれの道
「せ、ん、ぱ、い!」
夜七時。テスト前のある日、ぼくが学校の自習室を出ようとしたら、廊下に桜井さんが立っていた。
「こんな遅い時間にまで学校に残って、どうしたの?」
「わたしも勉強ですよ。わたしって成績も良いんです。知ってました?」
たしか桜井さんは成績優秀で、一年生の学年順位でも5位とかだったと思う。なんでそんなに成績が良いのかといえば、桜井さんは負けず嫌いなのだ。
「先輩も、意外と優等生ですよね。まあ、わたしには負けますけれど」
「悪かったね」
ぼくもそれほど成績の悪いほうではないけれど、桜井さんみたいに学年トップクラスみたいな感じではない。
「悪いだなんて言ってないですよ。ただ、ですね。一つ問題があります」
「問題?」
「わたしたち、同じぐらいの成績じゃないと同じ大学行けないじゃないですか」
「えっと、ぼくと桜井さんが同じ大学行くの?」
「はい。わたしはとても難しい大学へ行く予定なので、先輩は先にそこに入学しておいてくださいね」
「無茶を言わないでよ」
「先輩、顔が赤いですよ」
そう言うと、桜井さんはぼくの頬に人差し指を当てた。
ますます自分の頬が熱くなるのを感じながら、ぼくは答えた。
「ぼくは桜井さんじゃないし、桜井さんもぼくじゃない。進路を合わせるなんてできないよ」
「わかってます。冗談ですよ」
桜井さんは急につまらなさそうにし、ぼくから離れた。
かばんをぶらぶらさせながら、桜井さんは目を床に落としていた。
「わかってはいるんです。いつかはわたしも先輩もまったく別の場所にいるようになるかもしれないって。そんなことぐらい」
「桜井さんってさ、将来、何がしたいとかある?」
「そんなの、なにもないですよ。いえ、もしそんなものがあるとすれば、わたしは先輩と……」
桜井さんは言いかけて、ためらったように口をつぐんだ。ぼくは一瞬だけ間を置いて言った。
「ぼくはさ、医者になりたいんだよ」
「先輩が医者?」
「似合わないかな?」
「いえ、どうなんでしょう、わかりません」
「ぼくにもわからない。ただ、だから今は医学部に行くつもり」
「なんでそんな話をわたしにするんですか?」
「うーん、なんとなく?」
「なら、わたしも医学部に行こうかな」
桜井さんはつぶやくと、「えへへ」と笑った。
「えっと、いまのは聞かなったことにしてくださいね」
桜井さんは人差し指を唇に当てた。