相合い傘の謀略
天気予報を見ないというのは悪い癖だ。
ぼくは朝食を食べるときにテレビの天気予報を見ているし、だから学校に傘を持ってくるのを忘れたことはない。
何が言いたいかというと、天気予報を見ないで傘を忘れてくるやつがいるということだ。
「雨ですね」
「雨だね」
ぼくと桜井さんは教室の窓から校庭を見つめた。
校庭の土が泥になって、大きな水たまりができてしまう程度には、その日は土砂降りだった。
「実はわたし……」
「傘を忘れた?」
桜井さんは何も答えず、えへへ、と笑った。
「ところで、先輩のビニール傘、大きいですね」
「何が言いたいのかな」
「ずばり相合い傘で帰ってはどうでしょう?」
「まあ、仕方ないか」
「仕方ない、はないでしょう? 可愛い後輩を傘に入れて帰れるんですよ。周囲からは羨望の眼差しで見られること、間違いなしです!」
「それが面倒なんだよ」
桜井さんはひと目をひく美少女で、つまり、ぼくが桜井さんと一つの傘に入って帰ると、目立つ。
こういうことで目立っていいことはない。
「それにですね、わたしも先輩と一緒の傘に入って帰りたいなって」
「そういうこと言っても、ぼくの気は変わらないよ。なにかほかに手があるんじゃない」
ぼくが早口で言うと、桜井さんは満面の笑みを浮かべた。
「せ、ん、ぱ、い。顔が真っ赤ですよ!」
「あまりからかわないでほしいな」
「つまり、ですよ。先輩もわたしと相合い傘して帰りたいんでしょ?」
「なんでそうなる……。まあ、いいよ。桜井さんが濡れて帰って風邪ひいたりしたら、困るし」
「一緒の傘に入れてくれるんですね? 約束ですよ」
「わかったよ」
「ありがとうございます!」
桜井さんは本当に嬉しそうに言うと、かばんからあるものを取り出した。
それは折り畳み傘だった。
「え?」
「実はわたし、折り畳み傘を持ってきたんです」
「忘れたんじゃないの?」
「忘れたなんて一言も言ってませんよ」
たしかに桜井さんは傘を忘れたとは言っていない。
でも、騙された、と思った。
「でも、先輩と一緒の傘に入って帰りたいって言ったのは本当ですよ」
桜井さんはさらっと言った。そして、ぼくに近づき、ぼくの耳元でささやいた。
「約束、しましたよね?」