出会いはリボンとともに
「覚えていますか、先輩? わたしと最初に会ったときのこと」
「そんなに劇的な出会いでもなかったから、忘れたよ」
と言うと、桜井さんが固まった。
慌ててぼくが付け加える。
「冗談だよ。覚えてる、覚えてる」
「どうしてそんな冗談言うんですか?」
すねたように桜井さんはうつむきながら言う。
「桜井さんの真似だよ」
「わたし、そんなに意地悪じゃないです」
「最初に会ったころも今も、方向性は違うけど、意地悪だと思うよ」
「せ、ん、ぱ、い」
「……何でしょう?」
「わたしの真似だと言って意地悪なことをした罰です。わたしと最初に会ったときのことをしゃべってください」
「なんで?」
「ちゃんと覚えているかどうかの確認ですから」
そう言うと、桜井さんは顔を赤くした。
☆
ぼくと、ぼくの後輩の桜井さんが出会ったのは半年前。
4月のはじめのことだ。
新しい学校といえばワクワクするし、緊張もする。
ぼくはそうだったし、ぼくの一つ年下の新入生たちも同じだった。
けれど、その女の子はなんだか退屈そうにしていた。
校庭の桜の木の下。
小柄なセーラー服の少女が文庫本を片手にもち、端然とベンチに腰掛けていた。
その姿は学校のパンフレットの1ページと言ってもいいぐらい綺麗だったし、清楚に見えた。
胸元の赤いリボンは学年ごとに色が違うもので、新入生であることを示している。
けれど綺麗な女の子を見たといってもそれだけのことで、何もなければ声もかけずにそのまま立ち去ったはずだった。
ただ、一つ問題があった。
「えーと、そこの新入生さん」
返事がなかったので、もう一度呼びかけると、ようやく彼女はゆっくりとこちらを見た。ぼくはちょっと緊張した。
「入学式がもう始まっているから、講堂に行ったほうが良いと思うよ」
「どうして?」
「どうしてって、新入生は入学式に出ることになっているからね」
「だって入学式なんて退屈でしょう? それとも二年生のあなたは、去年、入学式に出て面白かったですか?」
「特に面白くはなかったね」
「なら、ほうっておいてください」
「面白くなくても、出ておかないと面倒だよ。周囲から浮いてしまう」
「いいんです。でてもでなくても、周囲から浮いてしまうのは同じですから」
「なるほどね」
「『なるほど』って、薄い反応ですね」
「周りに馴染めないってのは別にそんなに珍しい話でもないよ。入学式の準備なんて雑用を押し付けられるぐらいには、よくある話さ」
「……先輩は入学式の準備、押し付けられたんですか?」
「風紀委員長にね。ああ、ぼくは風紀委員なんだけど、それもクラスメイトに押し付けられた」
「気が弱いんですね。断ればいいのに」
その子は首を横に振り、あきれたように言った。
ぼくはくすりと笑った。
「なにがおかしいんですか?」
「いや。そこで断れないから、ぼくはぼくなんだよ。押し付けられたって言ってもね、そんなに嫌なわけじゃない」
「……わたしはいつも自分勝手だって言われます。周囲とうまくやっていけないのはわたしのせいだって」
「そのリボンさ、ちょっと貸してくれる?」
その子はきょとんとして、胸元の赤色のリボンを指差した。
それから、警戒したように立ち上がった。
「何が目的ですか?」
「いいから。早くしないと間に合わない。それをつけて」
言いながら、ぼくは同じ型の黄色のリボンを渡した。
新入生の女の子はためらいながら、リボンをこちらに渡した。
ぼくは自分の学ランのポケットにそれを入れた次の瞬間、校舎の曲がり角から体育教師がひょこっと顔を出した。
「なんだ。おまえも入学式の準備担当だったっのか」
大柄で筋肉質な教師はにやりと笑って言った。
ぼくもにこにことうなずいた。
「もう入学式も始まったから、お役御免ですよ」
「まだ残っているなら、パイプ椅子の後片付けも頼むよ」
「はい。お安い御用です」
そう言うと彼は片手を挙げて去っていった。
体育教師の姿が見えなくなった後、ぼくは言った。
「さぼるなら、学年を示すリボンぐらい外しとかないとね。あの先生は厳しいから、入学早々、目をつけられるなんて嫌でしょう?」
「もしかして、かばってくれたんですか?」
新入生の女の子は、ぼくの渡した黄色のリボンをつけていた。
女子の黄色のリボンは二年生のものだから、ぼくと同様、入学式の準備に来た生徒だと教師も思っただろう。
ぼくは言った。
「かばったつもりはないけどね」
「なんで女子のリボンなんて持ってるんです? 変態ですか?」
「従妹のだよ。同じ学年なんだ」
「ふうん」
「べつに自分勝手でも、入学式をさぼってもいいんじゃない? ただ、もう少し要領よくやったほうがいいよ」
「雑用ばかり押し付けられている先輩の言うことですか?」
「はは。それは言えてるね」
「わたし、そろそろ教室に行こうと思います。入学式も終わりますし」
「それがいいと思うよ」
ぼくも後片付けに向かおうと歩きだすと、呼び止められた。
「わたし、桜井って言います」
「ああ、なるほど。よろしく」
「先輩の名前は?」
ぼくが名前を答えると、桜井さんと名乗った女子生徒は、うなずいて小声で「よろしくお願いします」と言い、去っていった。
桜井さんは結局、最後まで一度も笑わなかった。
しばらくしてぼくは気づいた。
リボンを返してもらってない。従妹の夕に怒られてしまう。
ぼくが振り返ったとき、桜井さんはもういなかった。