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出会いはリボンとともに

「覚えていますか、先輩? わたしと最初に会ったときのこと」

「そんなに劇的な出会いでもなかったから、忘れたよ」


 と言うと、桜井さんが固まった。

 慌ててぼくが付け加える。


「冗談だよ。覚えてる、覚えてる」

「どうしてそんな冗談言うんですか?」


 すねたように桜井さんはうつむきながら言う。


「桜井さんの真似だよ」

「わたし、そんなに意地悪じゃないです」

「最初に会ったころも今も、方向性は違うけど、意地悪だと思うよ」

「せ、ん、ぱ、い」

「……何でしょう?」

「わたしの真似だと言って意地悪なことをした罰です。わたしと最初に会ったときのことをしゃべってください」

「なんで?」

「ちゃんと覚えているかどうかの確認ですから」


 そう言うと、桜井さんは顔を赤くした。





 ぼくと、ぼくの後輩の桜井さんが出会ったのは半年前。

 4月のはじめのことだ。

 新しい学校といえばワクワクするし、緊張もする。

 ぼくはそうだったし、ぼくの一つ年下の新入生たちも同じだった。

 けれど、その女の子はなんだか退屈そうにしていた。

 

 校庭の桜の木の下。

 小柄なセーラー服の少女が文庫本を片手にもち、端然とベンチに腰掛けていた。

 その姿は学校のパンフレットの1ページと言ってもいいぐらい綺麗だったし、清楚に見えた。

 胸元の赤いリボンは学年ごとに色が違うもので、新入生であることを示している。


 けれど綺麗な女の子を見たといってもそれだけのことで、何もなければ声もかけずにそのまま立ち去ったはずだった。

 ただ、一つ問題があった。


「えーと、そこの新入生さん」


 返事がなかったので、もう一度呼びかけると、ようやく彼女はゆっくりとこちらを見た。ぼくはちょっと緊張した。


「入学式がもう始まっているから、講堂に行ったほうが良いと思うよ」

「どうして?」

「どうしてって、新入生は入学式に出ることになっているからね」

「だって入学式なんて退屈でしょう? それとも二年生のあなたは、去年、入学式に出て面白かったですか?」

「特に面白くはなかったね」

「なら、ほうっておいてください」

「面白くなくても、出ておかないと面倒だよ。周囲から浮いてしまう」

「いいんです。でてもでなくても、周囲から浮いてしまうのは同じですから」

「なるほどね」

「『なるほど』って、薄い反応ですね」

「周りに馴染めないってのは別にそんなに珍しい話でもないよ。入学式の準備なんて雑用を押し付けられるぐらいには、よくある話さ」

「……先輩は入学式の準備、押し付けられたんですか?」

「風紀委員長にね。ああ、ぼくは風紀委員なんだけど、それもクラスメイトに押し付けられた」

「気が弱いんですね。断ればいいのに」


 その子は首を横に振り、あきれたように言った。

ぼくはくすりと笑った。


「なにがおかしいんですか?」

「いや。そこで断れないから、ぼくはぼくなんだよ。押し付けられたって言ってもね、そんなに嫌なわけじゃない」

「……わたしはいつも自分勝手だって言われます。周囲とうまくやっていけないのはわたしのせいだって」

「そのリボンさ、ちょっと貸してくれる?」


 その子はきょとんとして、胸元の赤色のリボンを指差した。

それから、警戒したように立ち上がった。


「何が目的ですか?」

「いいから。早くしないと間に合わない。それをつけて」


 言いながら、ぼくは同じ型の黄色のリボンを渡した。

 新入生の女の子はためらいながら、リボンをこちらに渡した。

 ぼくは自分の学ランのポケットにそれを入れた次の瞬間、校舎の曲がり角から体育教師がひょこっと顔を出した。


「なんだ。おまえも入学式の準備担当だったっのか」


 大柄で筋肉質な教師はにやりと笑って言った。

 ぼくもにこにことうなずいた。


「もう入学式も始まったから、お役御免ですよ」

「まだ残っているなら、パイプ椅子の後片付けも頼むよ」

「はい。お安い御用です」


 そう言うと彼は片手を挙げて去っていった。

体育教師の姿が見えなくなった後、ぼくは言った。


「さぼるなら、学年を示すリボンぐらい外しとかないとね。あの先生は厳しいから、入学早々、目をつけられるなんて嫌でしょう?」

「もしかして、かばってくれたんですか?」


 新入生の女の子は、ぼくの渡した黄色のリボンをつけていた。

 女子の黄色のリボンは二年生のものだから、ぼくと同様、入学式の準備に来た生徒だと教師も思っただろう。

 ぼくは言った。


「かばったつもりはないけどね」

「なんで女子のリボンなんて持ってるんです? 変態ですか?」

「従妹のだよ。同じ学年なんだ」

「ふうん」

「べつに自分勝手でも、入学式をさぼってもいいんじゃない? ただ、もう少し要領よくやったほうがいいよ」

「雑用ばかり押し付けられている先輩の言うことですか?」

「はは。それは言えてるね」

「わたし、そろそろ教室に行こうと思います。入学式も終わりますし」

「それがいいと思うよ」


 ぼくも後片付けに向かおうと歩きだすと、呼び止められた。


「わたし、桜井って言います」

「ああ、なるほど。よろしく」

「先輩の名前は?」


 ぼくが名前を答えると、桜井さんと名乗った女子生徒は、うなずいて小声で「よろしくお願いします」と言い、去っていった。

桜井さんは結局、最後まで一度も笑わなかった。

 しばらくしてぼくは気づいた。

 リボンを返してもらってない。従妹の夕に怒られてしまう。

 ぼくが振り返ったとき、桜井さんはもういなかった。


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