豪華客船と桜井家
ぼくはおどおどと周りの様子をうかがった。
男性陣はビシッとしたしたブラックスーツに身を包み、女性たちは華やかなドレスで着飾っている。
「楽しんでますか、先輩?」
桜井さんはぼくの隣にやってくると微笑んだ。
ぼくが出ているのは立食形式のパーティーで、おまけに世界最大級の豪華客船「ハーモニー号」の船上で開かれている。
ぼく自身もスーツ姿だけれど、パーティーに出たことなんてないし、なんだか居心地が悪い。
「こういう席に出るのは初めてだから面白いといえば面白いね。でも、緊張するな」
「ふうん。でも、美人の女性のドレス姿をじっくり眺めたりしていたんでしょう?」
「そんなことしないよ。たしかに美人の人は多いと思うけどね」
そう言ったあと、ぼくは桜井さんに目を向けた。
桜井さんは鮮やかな青色のドレスをまとっていた。袖なしのワンピースで、スカート部分の丈も短いし、けっこう露出度が高い気がする。
「カクテルドレスっていうんですよ、わたしの着ている服の種類。知ってました?」
「知らなかった。けど……」
「けど?」
「よく似合っていると思う」
「もしかして見とれちゃいました?」
くすくすっと桜井さんが笑う。
見とれていたというのは本当だけれど。
「パーティーに出るときって、いつもそういう服装なの?」
「そうですよ? だってドレスコードありますし」
「いや、なんというか、大胆な服装だなって」
「あっ、この服はですね。先輩が一緒だから、特別製です」
特別製というのはたぶん本当で、桜井さんはお金持ちのお嬢様なのだ。
桜井さんの父親は有名な企業の経営者一族で、付き合いで家族もこういう場に出ているのだという。
ついでに、どういうわけかぼくがおまけで呼ばれている。
「似合ってるって言ってくれて嬉しいです」
桜井さんはぼくに一歩近づいて、上目遣いにこちらを見た。
ほんのりと赤い桜井さんの頬を見て、ぼくも自分の顔が熱くなるのを感じた。
桜井さんは小さな手をそっとぼくの胸にあてた。
「先輩」
「なに?」
「わたしって、けっこうモテるって知ってました?」
「けっこう、というか、かなりだよね」
桜井さんは学校では美少女として有名で、ちょっとしたアイドルだった。
つまり、こういう社交の場でも同様に見られていると思ったほうがいい。
ということは、だ。
ぼくは顔が青ざめるのを感じた。
「わたしたち、恋人同士に見えるかもしれませんね」
いたずらっぽく桜井さんは笑ったが、ぼくは笑い返す気にはなれなかった。
「そうだとしたら、ぼくは出席者の男性陣から目の敵にされるってわけだ」
「はい。わたしは口説かれたりとか、言い寄られたりとかせずにすみます」
「そんなことだろうと思ったけど」
「先輩がいると便利です!」
「ぼくは便利グッズってわけ?」
「いえいえ。頼りにしているんですよ」
桜井さんはグラスを手に取ると、それを高く掲げた。
「乾杯としましょう、先輩」
「乾杯だったら、さっき会の始まりと同時にしたよ」
「わたしと先輩の、二人で行う乾杯です」
桜井さんは「乾杯」と小声でつぶやくと、ぼくもそれに応えた。
ぼくらはグラスの飲み物を飲み干した。もちろんノンアルコールだけれど、いちおうシャンパン風の発泡飲料だった。
「ここは嫌なところです。こんなパーティー、ホントは出たくないんです。出席者はみんな偉そうにしているし」
「なら、出なければいい」
「そういうわけにはいかないんですよ。父はわたしをパーティーの飾り物の一つとして利用するつもりですし」
グラスをテーブルに置き、寂しそうに桜井さんは笑った。
いろいろとしがらみがあるんだろうな、とぼくは思った。
桜井さんは家族とあまり仲がよくないらしい。はじめて会ったときの桜井さんの孤独そうな、冷え冷えとした表情を思い出す。
桜井さんは歌うように言った。
「先輩、わたしを守ってくださいね」
「何から守るの?」
「わたしが怖れるすべてのものから」
「そんなことができるのかな」
「そこは『絶対に守ってみせる!』って力強く言ってくれるところでしょう?」
「そんな無責任なことは言えないよ」
「そう、ですか。そうですよね」
桜井さんはうつむいて黙ってしまった。
ぼくには桜井さんが何を怖れているのかわからないし、桜井さんを守る力なんてないかもしれない。
だから、ぼくは桜井さんを守ってみせるなんて言えないけれど。
「でも、もし桜井さんを泣かせるようなやつがいたらぼくは許さないし、ぼくは力を尽くして桜井さんを助けるよ。そんなことしか、ぼくには言えないけれど」
「本当ですか」
「本当だよ」
「約束ですよ?」
「うん」
ぼくがそう言うと、桜井さんは本当に嬉しそうに笑った。




