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人類安楽死計画

作者: 鈴木美脳

「全人類の総力を挙げればこの戦争に勝つことは可能だ」

 そうそのオッサンは言った。

 場は凍りついた。誰だこんなど素人を連れてきたのはと。

 皆の目つきはまるでオッサンを睨みつけるかのようだった。

 汚らしく蓄えた口髭を毟り取って部屋の外に叩き出したいと私も思った。

 だが落ちつこう。

 彼を推薦したのは他ならぬ公爵だ。

 グランゼコールも出ていないこのゴミの意見を、私達は一応は聞かねばならなかった。


 確かに、人類を自殺させようとしている人々がいると知った時には私も驚いた。

 しかもその決裁は千年以上前に通っているのだ。

 しかし元老院の論理は完全で、いかなる英才もそれを論破できなかった。

 通称、「人類安楽死計画」。誰もが初めはそれに挑戦して、しかしそれが最善であることを否定できなかった。


 他ならぬ私自身がそうだった。

 どこかに必ず穴があるはずだと、本に綴じれば五百冊のその推論を丹念に眺めた。

 娯楽は当然に放棄して、昼夜なく思考しつづけて、ガリガリに痩せ果てて、書いた証明は全て崩された。

 そうしてグランゼコールを卒業して六年後、自分自身が元老院に所属していた。

 「人類幸福」を唯一最大の目標として掲げる元老院の、「人類安楽死計画」の一翼を担う自分をとうに肯定してた。


 なのにど素人のオッサンが、私達の会議に出席して勝機を言う。

 馬鹿じゃないのか?

 彼より遥かに優秀な若者がこの戦争で何人死んだと思っているんだ。

 下らない絵空事を、他ならぬ我々の前で口にして。

 ふざけた自己満足じゃないのか?

 本当に文字通り、八つ裂きにしてやりたかった。

 私達だって勝機を望んださ。好き好んで人類の安楽死を意図する者などこの元老院に一人としているものか!


 震える唇から私はやっとのことで言葉を吐いた。

「お言葉の論拠を伺いましょう」


 彼の主張には一応の理屈が構成されていた。

 私達が繰り返した論難に彼はよく反駁した。

 その日から概ね四か月間弱。私達の議論はひたすらに続いた。


 結局、オッサンは私達の理論を覆すことはできなかった。

 しかし私達もまた、彼の主張する理論に一定の新規性を認めた。

 ゆえに私達は、彼にチャンスを与えることになった。


 「ガニメデ攻略作戦」。その予算は約六十兆米国ドル。

 その巨大な稟議書の一端に、私は私の名前を書いた。


 グランゼコールも出ていない口髭のゴミに、たった一度の勝利のチャンス。

 それはそのまま、我々地球人類の一度きりのチャンスとなる。

 私は心のどこかで、オッサンが本物の天才であることを望んでいると、認めなければならないだろう。

 私達元老院は率直に願おう、人類幸福の勝利を。

 神の―――奇跡を!!

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