暗黒の魔物の棲みかに、恋の萌芽
━━戌井総純・・・凄く珍しい名前だと思いましたが、何か云われというか、先祖を辿って行くと、何かその苗字、名前の意味などわかるのでしょうか・・・
引き戸を開けて玄関に立った時、何か独特の匂いがあった気がします・・・私の住む家とは、また違った匂いだったと思います━━
「あの・・・プリントです」
理子はプリントを差し出す。
「あ・・・どうも」
ちょこんと頭を下げる総純。
「私は、今度この村に引っ越して来た、福田理子といいます」
「・・・・・・」
ただ呆然と聴いている総純。
「戌井君とは、唯一の同級生になります」
「えっ?」
「今後もこうして、何か届けることがあると思うので・・・その時はよろしくお願いします」
頭を下げる理子。
「じゃあ失礼します」
(何か引っ掛かりつつ・・・というか、聞きたいことはたくさんありましたが、初対面でいきなり・・・とも思って、思わず外に出て、引き戸も閉めてしまいました)
総純の家を背に、歩いている理子。
次第に歩く速度が遅くなる。
思わず振り返る理子。
(私がさっき言った言葉・・・まるで今後も戌井君が登校拒否するかのような言い方だったなぁと・・・もしかして戌井君、傷付いてないかなぁと・・・)
すると同じタイミングで、ガラッと引き戸が開いて、総純が出て来る。
理子と目が合う。
総純は、まるで想定外のことだったと言わんばかりで、驚きの声をあげる。
「あっ」
総純は思わず引き戸を閉めて引っ込んでしまう。
「えっ? えっ?」
呆然とする理子。
「・・・・・・」
(どうして良いか分からず、とにかくまた歩き始めました)
理子は再び歩きはじめるが、まるでドロドロの重油に足を取られたかのように、海底で海藻に足を絡まれたかのように、進み辛そうにしている。
(戌井君が登校拒否して以来、多分誰も会えてない・・・これは戌井君とじっくり話して、なぜ登校拒否してるのか?など、聞き出せるチャンスなのかも知れない・・・今度いつこういうチャンスがあるだろう?と思い、私は引き返しました)
理子は総純の家に戻り、再び引き戸を叩く。
ガラッと引き戸が開き、総純が出て来る。理子の顔を見るなり、ハハッと照れ笑い。
(どこかひきつった笑いという感じもしましたが、笑うことにも慣れてない気もしましたし、それでも笑ってくれたおかげで、話しやすくなりました)
中の調理場には、野菜など食材が少しある。
中に入れてもらった理子、その調理場を見て、インスタントラーメンなどもあるのを見つける。
「食事はどうしてるの?」
「料理できないから、適当に・・・」
「自分で作ってるの?」
「うん」
「そうなんだ・・・」
立ち話をしていた二人だったが、総純が座るよう促す。
囲炉裏を挟んで、座って話す。
「さっきの行動は何?」
「えっ?」
「一回出て来て、私の顔見るなり、また引っ込んだでしょ?」
「えっ? そんなことしてないよ?」
「えっ?」
「ホントホント」
クスッと笑う理子。
(明らかに嘘言ってるオーラ全開で、私は思わず笑ってしまいました)
「ご両親はこの家には全く来ないの?」
俯き、黙りこくる総純。
━━全く信じられないことですが、総純君は、両親の顔を見ると、なぜか暴力性が沸き上がって来るというのか、暴力を振るってしまうそうです。なので両親は基本、全く家には来ないそうです。食料は、運送を営む男性が、いつもリヤカーで運んで来るそうです。
この時私は、総純君は統合失調症か何か、病気の類いか何かなのかと思いました。私に対しては暴力を振るうことはありませんでしたが━━
「料理・・・」
「えっ?」
「私が作ろうか?」
「どういう・・・こと?」
「この家に来れる時は来て、料理を作ろうかと・・・思うんだけど・・・」
「料理、を作ってどうするの?」
「えっ?」
「僕のために・・・ってこと?」
理子は思わず苦笑する。
「当たり前でしょ! わざわざ総純君の家来て、自分の分だけ作って、私だけ食べるとでも思った?」
「総純・・・君?」
「あっ」
赤面する理子。
「あっ、いや、あの・・・」
理子が顔を赤くしているのがわかり、どぎまぎする総純。
「そう呼ばれるの、嫌?」
「あ、いや・・・嬉しい」
(私は何だか急に恥ずかしくなり、わけわかんなくなってしまいました)
「あ〜。とにかく今日はもう帰るね」
「あ・・・うん」
━━総純君は、人付き合いというものに、慣れていないのではないかと思いました。でも、しばらくずっと独りだったわけで、人に餓えている、とも思いました━━
(人というより、まさか女の子に餓えてた?)