彷徨える侵入者
━━父の研究によると、約1000年前、気の遠くなるような大昔のように思えますが、その頃から水力村があるようです。
ここの材木は良質だそうで、朝廷からも認められ、独占権を持っていたようです。その材木を代々受け継ぎ、現代に至るまで、林業を主産業とする村が存在する・・・
そんなに永く続くものなのか、私には信じ難いことでしたが、品質も昔から変わらず、落ちてないようです。
その良質の材木を産み出す木々を守るため、フェンスで囲っているようです。昔は柵だったそうですが、現在のフェンスは戦後設置されたそうです━━
何人かで材木を搬出している。フェンスの外に待機しているトラックに、材木をどんどん積んで行く。
その作業中、通常では考えられないことが起きる。
作業員全ての死角を突き、子犬が中に進入する。子犬は奥に入って行き、誰一人その侵入者に気付かない。
(このドラマ冒頭に出て来た、あの子犬です。冒頭のように、本当に金持ち一家が子犬を手放してしまったのか、真実はわかりません。
ただ後に私なりに取材して、山奥で子犬とはぐれてしまった一家がいたと、分かりました。この子犬がどこから来たのかも気になりましたし、研究者の血が流れているのか、徹底して調べました)
奇跡的に子犬は誰にも見付からずに、村の中を彷徨う。
ろくに食べ物も食べれずに、弱っている。
暗黒の魔物の棲みかに似つかわしくない侵入者。
無事に済むのか・・・
━━この村には商店街のように、いろんなお店が集まっている一角があります。ほとんどの村民は、そこで買い物を済ませます。
父は取材に出かけたり、不規則な生活でしたので、私が料理を作ります。
母を早くに亡くしたので、中学に上がった頃から料理を始めました。なので水力村に来た時にはけっこうな腕前だったと思います(自慢)。
料理するための食材を買ったりなど、私はよくそこへ訪れました━━
八百屋を営む中年夫婦。人当たりが良く、優しくてサービスも良い。
その八百屋に理子が訪れる。
「いらっしゃい」
おじちゃんが理子に声をかける。
まだ不安の塊の理子は、こくりと頷くだけ。
店内を物色し、人参、玉ねぎ、カボチャなど、買い物かごに入れていく。だいたい必要なものを買い物かごに入れた理子、黙って夫婦に差し出す。
買い物を終え、去ろうとする理子に、不安を感じ取ったおばちゃんが声をかける。
「この間引っ越して来た子?」
「・・・はい」
戸惑いながらも答える。
「いつでも気軽に寄ってちょうだいね」
笑顔のおばちゃん。
こくりと頷き、帰る理子。
まだまだ"不安"の塊であったが、一筋の光明が差す。
帰り道、弱っている子犬を見つける理子。
(こんな所に子犬が・・・
見かけた時、何か場違いの所に子犬がいる気がして、不思議に感じました)
かなり衰弱し、まさに魂が仮の宿──肉体──から去ろうとしている。
子犬は生への執着でもあるのか、何かこの世に未練でもあるのか、必死に歩を進める。
子犬が最期に目指しているもの、その視線の先にあるものは・・・
湧き水━━。
━━この水力村で材木と並び、重要なもの、ここの村民の命を繋いでいるもの・・・
それは湧き水でした。
ここは湧き水が豊富らしく、石積みで作った大きな器があって、そこへ竹筒を通って湧き水が流れ込み、自由に水を汲める給水所みたいなものが各所にあります。湧き水が湧いて溜め池になっているような所もあり、子犬はそこに向かいました━━
よほど喉が渇いていたのか、子犬は湧き水目指し、最後の力を振り絞る。
湧き水にたどり着き、子犬は命の水──湧き水──に口を付ける。
動きが止まる・・・
最期、水を口に含むことが出来たのか、出来なかったのか・・・
一部始終を見ていた理子。
「かわいそう・・・」
理子は子犬を優しく抱き上げる。
頭を優しく撫でる。
子犬は目を瞑り、何か満足そうにも見えるが、特に反応は示さない。
理子は新たな住居者を連れて家に帰る。
(その子犬があまりにもかわいそうに感じたので、私は家へ連れて帰ったのです)
━━父は入村以来、夜、家に帰って来ることもあれば、帰って来ないこともありました。許可を得られた村民の家に寝泊まりして、生活の詳細を取材していたのです。
私が子犬を連れて帰った夜、父は帰って来ませんでした━━
囲炉裏の横には、虚しさを漂わせる、二人分の食べられるべき主を失った煮込み料理。
「お父さん、今日も帰って来ないのか・・・」
(私は自分の分も作ったものの、食べる気が起きませんでした。
夜、一人では怖かったので、子犬と一緒に寝ました。子犬は死んでいたのか、その時は分かりませんでした。それよりもかわいそうで、一緒にいてあげたいという想いがあったのです)
ランタンを消し、暗闇の中、子犬を抱いて布団の中に入る理子。
「子犬ちゃん、私と同じだね。私もこの村に迷い込んじゃったの。君も迷い込んじゃったんでしょ?」
暗闇で犬の表情は見えない。
「おやすみ」
目を瞑る理子。
次の日の朝、暗黒の魔物の魔力を辛うじて掻い潜った、温かい日射しを理子は浴びる。
布団に寝ているのは理子一人。
「あれ、子犬ちゃん・・・」
すぐ側に、新たな生命を吹き込まれたかのような生命体がいる。
(朝、子犬は起き出して布団から出て、私をつぶらな瞳で見ていたのです。子犬は生き返ったのでしょうか?それとも仮死状態か何かだったのでしょうか・・・)
クゥンクゥンと、理子に寄り添う子犬。
(この時の私には、怖いとか不思議だとかいうことよりも、可愛い居候が出来た、という嬉しい想いの方が強かったのです)