黒と赤の洗礼
━━私と父にあてがわれた家は、粗末な木造一軒家でした。もっとも、他の家も似たようなもので、まるで昔にタイムスリップしたかのような村でした。ガスも電気もないので、囲炉裏、ろうそくを用いたランタンがその代わりです。もちろん電話も無ければ、スマホ、携帯などの電波も届きません。
新たな我が家の周りには一軒も家が見当たりませんでした。位置的には、村の外れになるようです。
この村の特徴、それは材木です。まだ切られずに、雄々しく立っている木もあれば、切り株や出荷用に置かれている材木などがあります。
この村は、林業によって成り立っているのです。
フェンスに囲まれていると書きましたが、材木出荷用の大きい搬入口が一つあります。それと、材木以外の一般搬入口一つ、人が出入りする出入り口も一つしかありません。
人が出入りするには許可が必要で、出入り口には見張り員(?)というのでしょうか。出入り口の両脇にそれぞれ一人ずついます。何か武器を持ってるわけではありませんが、がっしりした体格をしています。
まるでここだけ治外法権(?)というのでしょうか。現代日本の中に、このような村があるなんて・・・━━
フェンスの中、すなわち村の中は薄暗い。が、辛うじて陽の光は差し込み、辺りの様子は見える。
だが暗黒の魔物の魔力が勝っているのか、陽光の恩恵は感じられない。そこはかとなく禍々しさが漂う。
一般搬入口から、リヤカーに乗った荷物が運ばれてくる。理子と父の荷物である。
━━村の中の移動手段は徒歩、荷物を運ぶときはリヤカーで、乗り物は一切ありませんでした━━
理子は可愛らしい顔立ちではあるが、恐怖と不安が、せっかくのその顔を台無しにしている。
父はいかにもマッドサイエンティストといったオーラを漂わせ、目をギラギラさせている。
荷物を運ぶのは、村の若い男性。父と理子が続く。
「いやぁ。ご苦労様です!こんな山奥まで大変でしたね!」
(やたらと元気の良い方でした。普通、このような寂れた村だと、若者が少なく、お年寄りだけ、というイメージがしますが、ここは全く逆でした。若者、しかも元気な若者ばかりなのです。もっとも、木を切ったり、材木を運んだりするのは、元気な若者でなければ無理かも知れませんが)
理子の家に到着し、若者は中にどんどん荷物を運ぶ。
「じゃあ私はこれで!」
頭を下げ、去って行く。
(父がこの村を研究することを、どう思ってるのだろう? あまり元気良いのも、かえって空々しい気もするし、どことなく不気味さもあった気がします)
「まぁ住む所があるだけましと思おうじゃないか」
(父は暗にこんな家嫌だ、と言っているようでしたが、私も全く同感です)
「民族研究では、民族の方たちと共に住み、生活するのは常套手段だ。理子も辛いだろうが、東京に独り暮らしさせるわけにもいかん。我慢してくれるな」
━━母は幼い頃に病気で亡くなり、私は父と二人暮らしでした━━
「うん。大丈夫」
(この時、私は無理に笑顔を作って答えました。この頃の私は本当に素直でした。口から飛び出しそうな不安を一生懸命飲み込んで・・・)
家の中に足を踏み入れる理子と父。
魔物が棲んでいるかのような異様さでも感じたのか、理子は恐る恐る中に入る。
(中に入ったとたん、何か異様な匂いがした気がしました。何の匂いかはわかりませんでした。よく他人の家に行くと、その家独特の匂いがあると思いますが、この家独特の匂いだったのでしょうか・・・)
見知らぬ家で迎える初めての夜。ランタンを消す。
理子は布団の中で、天井を見る。
漆黒に包まれ、何も見えない。
が、だんだん目が慣れてくると、木目模様が浮かび上がってくる。どんどん赤に染まって行く。
まるで血のように━━━。
やがて辺り一面、暗黒の魔物の血に染まる。
どす黒い赤・・・。
家の中に、まるで重油のような、どす黒い赤の雨がドロドロ降っている。
(私の中の恐怖が、そのような幻想を見せていたのでしょうか。私は布団を掴み、ただただ震えていました。永遠に明かない夜を待つかのようでした)