薄荷の青嵐は魔を祓う
なんとなく書きたかったので書いてみました。
続くといいね。
追記:ちょっと加筆しました。(気が向いたときに大きな流れを変えずに加筆していくと思います)
今日もいい天気だ。
教室の窓枠に区切られた薄花色と白色のコントラストに馴染まない黒点を眺めながらそんなことを思う。
授業の息抜きに空など眺めている女子高生こと浮島 薄荷とは私のことだ。
名前が涼しそうなだけの高校1年で、好きな科目は現文、苦手な科目は数学、部活は文芸部。
そんなどこにでもいそうな人間が、私。
程度の差はあれど、一通り普通の生活をし、体験をし、生きていくのだと、そう思っていた。
いや、そう思いたかった。
授業終了のチャイムが鳴ったその瞬間。
全てが凝固した。
例えるなら、凍るよりも冷たい瀝青が世界という器に流し込まれたかのようだ。
本来ならその場を満たしているはずの、クラスメイトの雑談も、椅子を引く音も、何もかもが埋もれてしまった。
光を、音を、においを殺された世界でただ一人、私だけが生きていた。
この場にいる中では、私だけがこの現象を知っている。
これは、幽世の玉水と呼ばれているものだ。
簡潔に言うと、この世の一部があの世と繋がってしまう現象のこと。
一時的とはいえ長い間浸ることで命を落としかねない危険な現象だから、一刻も早くこの世とあの世の繋がりを絶たなくてはいけない、のだけど。
……まさか自分が巻き込まれることになるなんて思ってもいなかった。
運の悪さに呆れつつ、丹田に力を込めると、身体から薄荷色の光が零れ、瀝青を弾いていく。
「さて、一仕事行ってきますか」
誰も聞こえてなどいないのに、そう呟きながら現象の中心部へと向かう。
まるで、漫画やアニメの主人公みたいだなんて思いながら。
幽世の玉水には、墨汁の雫を水に落とした時のように、必ず最初に雫が落ちた点が存在している。
この点の繋がりを断つことで幽世の流出が止まり、現世が元に戻るのだ。
ただ、そのような原理は知っていても内側から探すのは難しい。
そもそも、幽世の玉水の中でも動ける人間でなくてはこの現象を認識すらできないのだから。
そういう意味ではこの学校の人間たちは運がよかったのだろう。
私がいたから。なぁんて。
きっと、皆が見ているところで成し遂げたのならヒーロー扱いされるんだろうけどね。
そんなことを頭の隅で考えながら、薄荷色の光で浮き上がった流れをかき分けひたすら進む。
見慣れた校内を見渡しながら進むと、屋上への階段を飾るように点々と彼岸花が咲いていた。
命を飲み込む黒に咲く血色の花たちは、まさにあの世の象徴であった。
恐ろしいのに美しいとはきっとこういうことなんだ。
彼岸への花道を登り鉄扉を開くと、屋上のコンクリート一面に彼岸花の絨毯が敷き詰められていた。
__彼岸花が多く咲く場所ほど、幽世の玉水の始点に近い。
ということは、ここか。
円陣を組むように咲く彼岸花の絨毯の中心に立ち、柏手を打つ。
パンッと軽やかな破裂音が光を伴って瀝青の空気を揺らす。
懐から二本の扇を取り出し、両の手の内で勢いよく開き、呪いを唱える。
「はらいたまえ きよめたまえ まをはらう はっかのかおりにて たまみずをふきはらわん!」
扇を持つ手を振るうと、涼やかな香りを纏った一陣の風が瀝青を巻き込み薙ぎ払う。
濃密すぎて分からなかった幽世の臭いが鼻をつく。
死が蓄積し変質した、まるで油の臭いか。
命の熱も、現世の喧騒も、何もない、静寂を折り重ねた死の空気という名の瀝青を、薄荷で吹き払う。
腕を伸ばし駒のように舞う度に、扇から溢れる薄荷色の風に血色の花びらが刈り取られ、溶けるように消えていく。
ざり、と、靴底のゴムがコンクリートに引っかかる。
ふと見渡すと、屋上の一面に敷き詰められていた彼岸花の絨毯はすっかり消えてしまっていた。
ぬるんだ薄墨色の空気を扇で払うと、ピアノ線のように細い墨の線が空間に浮かんでいた。
これが、幽世の玉水の始点。
この繋がりを断ち切れば、もう終わりだ。
現世の空気を目いっぱい吸い込み、呪いを唱える。
「はらいたまえ きよめたまえ うつしよはしがんに かくりよはひがんに まじわることなく わかちたまえ」
両の扇でぷつりと墨の線を断つ。
騒がしい休み時間の教室に戻り、席に着く。
「あれ、ハッカいつ教室出てたん?」
隣の席の友人、近衛 まつりに問われる。
「授業終わってすぐにね。」
そもそも大して興味を持っていなかったのか、まつりはそれ以上訊こうとしてこなかった。
ありがとう、まつりのそういうところ好きだよ。なんて思いながら机の上を片付ける。
「ふーん、そっかぁ……今日あたし学食にしようと思うんだけどさ、一緒にどうよ?」
「いいよ。今日は私もそうしようと思ってたからさ」
適当なことを言って彼女と食堂に向かう。
私は、浮島 薄荷。
普通の高校生になりたい、現世の防人。




