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レイトブルーマー  作者: 桜春
白樺の森
3/3

吸血鬼神父

その夜は大雨だった。深夜に戸を叩く音が微かに聞こえ、教会の門を開ける。そこには黒いシルクハットとマントの男が立っていた。

「どうされましたか?」

「旅の者で宿がなく、できれば一晩雨宿りをさせて頂けないかと。」

 旅という割には男は手ぶらだった。しかしこんな大雨の中大変だっただろう。

「どうぞ、お入りください。あまりものでよければスープとパンがありますが?」

「ありがとう、でもお構いなく。雨風をしのげるだけで充分です。」

 謙虚な男だった。背は高いく体格もいい。しかしどこか鋭いものを感じさせる存在感だった。

「奥の部屋に暖炉があります。濡れた服を乾かすといい。」

男を奥間に案内する。暖炉に薪を足し服をかけるラックを暖炉のそばへ寄せる。タオルを渡すと男は感謝を述べながら、シルクハットとマントをラックに掛けた。

「この教会は大きいですね。はじめどこのドアをたたけばいいか分からず往生しました。」

「ここは孤児院と修道院もあるので分かりづらかったでしょう。」

 男は暖炉の前に座り込み手を温めている。びしょ濡れの手袋も暖炉の前に干してある。

「私のものでよければ着替えをお貸ししますよ。一晩暖炉の前で乾かせば朝には乾くでしょう。」

「いえ、本当にお構いなく。招き入れて頂いただけで充分。」

 過度の遠慮は逆に気分を害すものだ。しかし男はかたくなに施しを断った。濡れた服のまま寝かすのは忍びないが、受け取ってもらえないのなら仕方がない。

 男は変わらず暖炉の前に座り込んでいた。横になる気配もない。

「寝ないのですか?」

「神父様こそ、こんな時間まで起きてらっしゃったのですよね?」

「子供たちが雷の音を怖がるのです。」

 丁度雷が落ちる。

「ここには何人程で暮らしているのですか。」

「子供が16人。修道女が8人暮らしています。毎日にぎやかですよ。」

「それはいいですね。」

男との会話に違和感を感じた。どこか噛み合っていないような、齟齬がある様に。

「旅はどちらまで?」

「当てもなくですよ。気に入った場所で落ち着きたいとは思っていますが。」

「何か夢でも御有りなのですか?」

 すると男は少し笑って続けた。

「城が欲しいのです。」

「城ですか?」

 男は満面の笑みになる。

「ええ。一国一城とは言いません。せめて自分の城が欲しい。」

 果てしない夢だ。しかしどうして。この男は真剣だった。笑いながら腕を広げる。

「でもとりあえず、腹がすいた。」

「ではスープでも?」

 また男は笑う。

「あんたは本当にいいやつだな。ここで座って待っててくれよ。」

 男は椅子を一つ持ってきた。私にそこに座る様促しているのだ。座るしかない。そう感じた。すると男は今までかたくなに脱がなかった服をすべて脱ぎ捨て全裸になった。服は暖炉の前に並べる。

「じゃあ、ちょっと行ってくるから静かに待っててくれ。」

「……ぁ。」

 どうしてだ?動けない。声も出せない。何が起きているんだ。すると子供たちの悲鳴が聞こえた。泣き叫び助けを求めている。どうしても動けない。また雷が落ちる。悲鳴は掻き消えない。子供部屋は入り口が一つしかない。逃げられない。さらに奥には修道女たちの私室もある。子供たちが襲われている。なぜ動けない。悲鳴が止み始める。小さくなっていく悲鳴はより最悪を想像させた。

 廊下を走る小さな足音。

「神父様!」

 助かったのはこの少女だけなのか。いいから逃げなさい。言葉が出ない。体も動かせない。私はいいから早く!

「あー。こんな所にいた。大好きな神父様の元。」

 血まみれの男が戻ってきた。子供は私の足にしがみつく。しかしあっさりと引きはがされてしまう。お願いだ、やめてくれ。

「助けて、神父様!」

 片手で持ち上げられて。首筋を嚙まれて硬直する。びくんびくんと跳ねて、ぐったりと弛緩する。子供から声はしなくなった。男は全身を真っ赤に染め、笑っていた。子供を放り捨てる。

「こんなに喰ったの久しぶりだよ!しかも子供と若い女ばかり!」

 男の高笑いは止まない。雷鳴も雨音ももうよく聞こえなかった。自身の鼓動がいつもの何十倍にも大きく聞こえた。涙は流れるのか。私には涙を流すことしか出来ないのか。悔しさに震える。

 男は突然血まみれで踊りだした。狂喜乱舞。風がうなり、雨が打ち付け、雷がとどろく。男は楽しそうに跳ね回っていた。無邪気に陽気に。そして暖炉の前のまだ乾いてもいない自分の服をまとい始める。

「あんたにお礼しないとな。」

 男が近寄ってくる。ああ、神よ。私は死んでもいい。この化け物に天罰を下してください。地獄に落ちたっていい。だからこの化け物だけは許さないで下さい。

 首筋に男の牙がめり込む。これが血を吸われるということか。こいつは吸血鬼なんだ。ほんの10秒程度だったか。牙は離れたのに、私はまだ死んでいなかった。

「おめでとう、これであんたも吸血鬼だ。」

■ 

 村を出て早2日。日も暮れかけてきたとき、やっと隣村が見えてきた。

「あー。見えてきたんじゃないの。」

 ピエリスは僕以外の人間に会うことに興奮しているようで、はしゃいでいる。確か隣村も100名ほどでうちの村と似たようなものだったはずだが。村の中に入っても村人がいない。まず集会場を目指す。

「これってさ、この村もまずいんじゃないの。」

 たどり着いた集会場の掲示板には死者36名との記載があった。ここも流行り病が流行しているのか。掲示板にはさらに「発病者は丘の教会へ」と記載があった。とにかく教会へ向かう。

 丘の教会は、はたから見たら廃屋のようにも見えた。教会はきれいだが横に2件廃屋がつながっている。

「すみません。だれかいませんか?」

 教会の門をたたく。すぐに短髪の若いシスターが出てきた。

「はい、病気ですか?」

「いえ、人探しをしていまして。」

 マーガレットの容姿を伝える。反応はいまいちだった。

「初めここにいたような気がします。しかしそのあとのことは。」

 このままでは手掛かりが途絶えてしまう。とにかくこの村にはもういないのだ。

「今夜はもう遅い。どうぞ教会に泊っていってください。」

「ありがとうございます。お手伝いできることがあれば何でも言ってください。」

すると悲しそうな顔で彼女は言った。

「……忙しくなくなってしまったのです。明日は一日墓堀です。」

 健気な人だった。明るく優しく強い。

 彼女が看病した中には僕の村の人間も含まれていた。ここで恩返したい。

「……よかったら明日少しですがお手伝いさせて下さい。」

「私も手伝うよ。こう見えて力もちなんだ。」

 ピエリスも空気を読んでくれたようだった。

「ではご飯にしましょう。パンとスープを用意しますね。」

 テーブルについて食事をしながら話した。シスターの話では僕の村から来た一団は、この村の疫病が流行している現状を知り、さらに先を目指したとのこと。その際発病し動けなかったものを教会に置いていった。その後この村でも疫病で多くの死者が出たため、皆疎開していった。残ったのは動けない感染者とシスター一人だけだった。

「ご挨拶が遅くなりましたが、私はダフネ。こちらはピエリスと申します。」

「ああ、こちらこそ!私はスターチス。この教会でシスターをやっています。」

「にしてもこの教会ぼろいね。」

きょろきょろしていると思えばこれだ。ピエリスの歯に衣着せぬ発言には問題がある。

「昔一度事件がありまして。最近まではずっと無人だったんです。」

聞きづらいところをピエリスがずばずば聞いていく。

「事件とは?」

そしてシスターも意外なことにすんなりと話してくれた。

「殺人です。ここで女子供がたくさん殺されたのです。50年以上前の話になるそうですが。犯人は神父様だったと噂されています。不気味でしょう。神父様だって姿をくらましているんです。」

 50年前じゃ神父も生きてはいまい。せっかく大きな教会なのだから再利用しない手はなかったのだろう。人のうわさも月日とともに風化していく。

「手入れはまだ教会と修道院の一部だけなのですが、修道院のほうには地下室なんかもあるらしいです。もとは本当に大きな教会だったんです。」

しかし、今の教会にはシスターしかいない様子だった。

「一人でやられているんですか?」

「いえ、前は神父様とシスターが私を含めて3名おりました。しかし、……皆流行り病で。」

 失礼なことを聞いてしまった。

「ではこれからはどうするおつもりで?」

 スターチスは下を向いて考えこんだ後、こう答えた。

「変わりません。この教会を守り続けます。病が治まればみんなだって戻ってくるはずです。」

 この誰もいなくなった教会で一人皆の帰りを待つのか。帰ってくるかもわからない。自身が病にかかってしまえば面倒を見てくれる人もいない。スターチスの考えを変えさせて、一緒にまた先の村まで行くべきだ。

「誰もいないんじゃ、居てもしょうがないんじゃない?」

 丁度言おうとしていたことをピエリスが言ってくれた。シスターは一口お茶をすするとまた少し考えてから答えた。

「……そうですね。疎開した皆さんが次の村で元気にしているのかはとても気がかりです。突然のお願いで申し訳ないのですが、次の村までご一緒してもよろしいでしょうか?確かにこの村にはもう誰もいません。」

「ええ。もちろん。明日朝早くから墓堀を進めて出来るだけ早く出発しましょう。」

「はい、わかりました。よろしくお願いいたします。」

 その会話を最後に食事は終わり、寝室に案内された。

「元はここの修道女が使っていた寝室です。ベッドは二つありますが一緒のお部屋で大丈夫ですか?」

「まったく問題ありません。ありがとうございます。」

「スターチスさんは寝るとこあるの?」

「大丈夫です。自分の寝室がありますので。」

 するとスターチスが大きなあくびをした。

「いけませんね。今日はたくさんのことがあって疲れてしまいました。先にお休みさせていただきますね。」

 スターチスが寝室に入るのを見送ると僕たちも寝室に入った。質素な部屋だが柔らかなベッドはおひさまの匂いがした。ベッドに横になり、明日のことを考える。教会の隅に安置されていた死体は3体。墓堀も急げば午前中には終わるだろう。そしたら急いでこの村の皆が向かった次の村を目指そう。

「ねぇ、ダフネ。」

 隣のベッドでくつろいでいたピエリスが話しかけてくる。

「この教会なんかいるかも。」

 ここで多くの人がなくなっているのだから、そういうことがあってもおかしくない。

「……幽霊とか?」

「いや……吸血鬼。いる感覚がする。」

 そんなことが感覚で分かるのか。

「どうするの?仲間なの?戦うの?」

「いや、どうしたものか。」

 このままやり過ごせればいいし、かかわりにならない方がいいと思う。ただピエリスが分かるということは相手にも勘付かれているのではないか?

「一度会ってくるよ。」

 あっけらかんとそんなことを言う。危険かもしれないのに。しかし僕にはどうしようもできない。

「一緒に行くよ。」

 結局何の考えもなしに吸血鬼の気配のする廃屋の方へピエリスと二人進んでいった。おそらく修道院の廃屋。中は埃まみれで床には角材や落ちた屋根が散乱していた。

「ここだ。」

 するとピエリスは何気なく廃材を動かすと床下に通じる扉が顔を出した。どう見ても数十年以上動いていない固そうな扉をいとも易々と開ける。そこには地下につながる階段が伸びていた。一度教会に戻りランタンを用意して、再び地下へ進んでいく。蜘蛛の巣が邪魔で鬱陶しい。かなり長い間ここに人が立ち入ったことは無いようだった。ランタンを持ち先導していたピエリスが急に止まった。

「どうしたの?」

「静かに。何か聞こえない?」

 聞こえた。男の暗い声。ぶつぶつと絶え間なく聞こえてくる。階段の先に何かがいる。恐怖で鳥肌が立ち毛が逆立つ。しかしピエリスは再び進み始めた。音のする方へ。

「おい、もう戻ろうよ。」

 弱腰な僕に反してピエリスはどんどん前へ進んでいってしまう。戻る勇気もなくついついピエリスについて行ってしまった。階段はらせん状に続いており、少し下ると広い空間に出た。石棺が並べられている。奥へ進んでいくと祭壇があり、その前には他よりも一回り大きな石棺が鎮座していた。祭壇にはロウソクと銀の十字架のネックレスだけが置かれていた。そして声は変わらず聞こえていた。その大きな石棺の中から。祈りだった。声は暗く、低い男の声だがそれは怨嗟の叫びではなく、救いを求める神への祈りだった。ピエリスが石棺をまるで戸を叩くようにノックする。

「入ってます?」

 男の声がしなくなった。自分の血の気がこんなにもすーっと引いていくのを感じたのは初めてだった。入っていて欲しいか、入っていて欲しくないかのどちらかで言えばもう入っていて欲しい。せめてはっきりして欲しい。それが何なのか。

 コンコン。

 返事が来た。入ってるって。もう行こう。入ってるとこ邪魔しちゃ悪いし。ね。もう帰ろう。ピエリスの袖を引っ張り、来た道を帰ろうとした。しかしこの女微動だにしにしない。それどころか小さい声で「失礼しますねー」とか言いながら石棺の蓋を開けようとしている。

「開けちゃダメだって!入ってるんだから!ダメだって!」

「もしかしたらでれなくなっちゃったのかも。」

 そんな気遣いはいらない。絶対入ってたいと思ってるよ。出たいなんてかけらも思ってないよ。

「結構重いなこれ。一気に行きますね。」

 入ってるものへの配慮なのか丁寧な言葉使い。ピエリスがランタンを地面に置き、両手で棺の蓋を持った。開ける気だ。ついピエリスの後ろに隠れてしまう。何が起こるか分からない。大きな音を立てて石棺の蓋がずれる音がした後にズドンと蓋が床に落ちた音がした。

「うわ。」

 ピエリスが少し驚いたような声を出す。中に何かあるのだ。見たくもない。しかし恐る恐る見てみるとそこには神父服を着た白骨死体が横たわっていた。うわである。

「どうも初めまして。」

 ……しゃべったのだ。白骨が。どこかを動かすそぶりもなく、初対面の挨拶をかましてきたのだ。

「どうも。私はピエリス。この子はダフネ。よろしく。」

「私はペラルゴニウム。昔はここで神父をやっていました。」

 穏やかな挨拶が交わされる。一体その声がどういう仕組みでどこから出てきているかは定かではないが、ほぼ間違いなくこれは幽霊だ。そうだ。そもそも吸血鬼なんぞと一緒に旅をしているのだ。それぐらいのことで驚いてはいられない。まじまじと遺体を見てみる。するとふと目に留まったのは歯だった。犬歯がやたら尖っている。これではまるで……。

「あと吸血鬼です。」

 ピエリスの言っていた吸血鬼の気配は神父のことだったのか。吸血鬼なのに神父なのか。大丈夫かそれ?

「何かお困りで?」

 ピエリスがなんとも親切な問いかけをする。そしてペラルゴニウム神父の話が始まった。神父は生前吸血鬼に襲われ教会の皆を殺され、さらに自身も吸血鬼にされてしまった。吸血鬼が去った後、石棺に入り餓死した。しかし死んでもなお子供たちの霊が彷徨っており、自分だけ天に召されることが出来なかった。神父は絶え間なく祈りを捧げ続けた。すると一人、また一人と天に還ることが出来た。そして誰もいなくなったら、自分も天に召されようと思い祈り続けた。そして気づけば50年もの月日が経っていたというのだ。

「そして幸いなことに、もう子供たちの霊は感じません。皆、天に召されたのでしょう。」

 神父は骨で表情などは分からないが、その声は安堵に満ちていた。

「こうして出会ったのも一つの縁。出来れば一つお願いしたいことがあるのですが。」

「何でも言ってください。」

 ちょっと気前が良すぎやしないか?ピエリスにも人並みの人情というものがあるのだろうか。確かに熊に襲われて死んだ村のみんなのお墓を作ってくれたり、僕の面倒を見てくれたり、案外世話焼きな性格なのかもしれない。

「私を日に干してほしいのです。」

 予想外のお願いだった。日光を浴びれば灰になってしまう。しかし今の神父にとってはその形で天に召されるこが一番の願いなのかもしれない。天寿全うしお役御免となることが神父の肩の荷を下ろす一番の方法なのかもしれない。

「いいですとも。」

 二つ返事でピエリスは神父の蓋を外した石棺を背負いあげる。さすがに重いのかゆっくりとらせん階段を上がっていく。ピエリスが声をかける。

「聞いてもいいですが?」

「はい?」

「50年前教会に乗り込んできた吸血鬼はどんなやつでしたか?」

 少しの間が空く。

「変な奴でした。全裸で子供たちや修道女を襲い、ひとしきり踊って、事が済めば雨でぬれ、生乾きの服を再び着て立ち去っていきました。」

 怖く、恐ろしく、気持ち悪い。最悪の吸血鬼だ。

「つらい話なのに申し訳ありません。」

「……もう50年も前の話ですから。」

階段を上がり、廃屋の中に戻ってくる。そのまま廃屋の外まで進んで庭に石棺を下ろした。

「今日は満月なのですね。嬉しいです。」

 確かに今日の満月は大きくてきれいだった。

「ありがとうございました。私はここまでで十分です。ゆっくり月を見た後は朝日と共に逝きます。」

 僕もピエリスも神父に掛ける言葉が出てこなかった。きっと神父にとっては待ちに待った機会なのだろう。きっと満ち足りているのだろう。笑って見送るべきなのだろう。しかしなんともひどい話じゃないか。悔しくて涙が出てきてしまった。

「ああ。ダフネ君、どうか泣かないで下さい。そうだお使いをお願いできますか?祭壇に置いてあった銀の十字架のネックレスを取ってきていただけませんか?」

「いいですよ。すぐ取ってきます。」

ダフネが地下に走って行ったあと、私は神父に尋ねた。

「その吸血鬼は、黒いマントにシルクハット。口癖は『城が欲しい』でしたか?」

 神父は息をのんだ。骸骨だけど。

「ご存じなのですか?あの悪魔を!」

「昔一度戦ったことがあります。コテンパンにやられましたけど。」

ピエリスは頬を掻きながら苦笑いをする。

「あれは本物の吸血鬼の一人ですよ。真祖ロベリア。今ではほとんど見かけなくなった真祖の吸血鬼です。あなたは彼に噛まれて眷属吸血鬼にされてしまった。しかし何よりすごいことはあなたが吸血衝動に打ち勝ち餓死したことです。ほとんどの眷属吸血鬼は真祖に付き従いグールを増やすだけの悪魔使いに成り下がってしまう。どうかご自身を誇らしく思ってください。救えなかった子供たちにだって胸を張って会いに行けるようなことです。あなたはもう十分に戦った。どうか安らかに眠ってください。」

「どうもありがとう。今日の出会いに感謝します。その怪力、あなたも吸血鬼なのでしょう?でも子供を連れている。家族のように連れている。あなたはいい吸血鬼だ。」

ダフネの足音が近づいてくる。

「かわいい子がいるとどうにも毒気が抜けていくようでいいんですよ。」

「神父様取ってきました。」

「差し上げます。」

 間髪入れずに返事が返ってきた。おそらくは生前身に着けていた大切なもののはずだ。

「そんな大切なもの頂けません。」

 しかし神父様も一歩も引かなかった。

「私はこれから神の身元に還ります。もう私にはいらないものなのです。ですからどうか君に身に着けて欲しい。私の50年間の祈りが詰まっています。必ず悪からあなたを遠ざけてくださることでしょう。だからどうか肌身離さず持っていてください。」

 そう言われてどうすればいいか分からなくなっているとピエリスが頭を撫でてきた。

「貰っときな。年上の言うことは聞いておくものだよ。」

 そこまで言うなら貰っておこう。運んできてなんだが初めて見た時からすごく気に入っていた。造形に凝ったものではなく本当にただの十字架だがとても美しいと思った。

「じゃあ、ありがたく頂きます、ペラルゴニウム神父様。」

 首にかけると不思議と暖かいように感じた。

「二人とも今夜はありがとう。もう十分だ。あとは満月を楽しんで、朝日を拝むだけだ。まだ寝ていないのだろう。少しだけでも寝なさい。本当にありがとう。楽しかったよ。」

 それから神父は一言もしゃべらなくなった。まるで死んでしまったかのように。僕はピエリスと一緒に寝室に戻りやはり一緒のベッドで寝た。

 そして不思議な夢を見た。たくさんの子供たちと修道女がこちらに手を振っている。そして私の横に立っているのはピエリスではなく神父様だった。初めて見た生前の顔は渋みのあるダンディーなおっさんだった。そして僕の手を放す。そしてゆっくりと子供たちの方へ歩き始める。これはきっと天国への階段なのだ。気付けべ神父は子供たちを抱きしめていた。そして振り向いて皆がこちらに手を振ってくれた。手を振り返す。気付くともう片方の手をだれかが握っていた。それが誰か気づく前に夢から覚めてしまった。

 抱き着いているピエリスを振り払い、窓を見る。朝日が差し込んでいた。神父は逝ってしまっただろう。さぁ、今日も忙しいぞ。

「暗くなってきちゃったねー。」

神父が天に召された朝、シスタースターチスと一緒に墓堀を手伝った。神父の石棺には衣服と灰だけが残っていた。作業は昼前に終わり、お昼をごちそうになった。その上馬を一頭頂いた。もう飼い主もなくなって、いく当てがなかった。これで移動はずいぶん楽になった。行先は大きな街だ。街道も整備されており馬が通れない場所はない。荷物は馬に乗せ、僕たちは手ぶらでいい。お昼を食べ次第急いで出発したが、大きな街までは1週間程かかりそうだった。そして次第に日も沈んできた。

「仕方ないからここで野宿しよう、シスター、ピエリス。」

 芳しくない反応だった。あからさまに野宿を嫌がった表情をピエリスはしていた。しかし仕方がない。街道とは言え、道沿いに建物はない。目の届く範囲に明かりもない。今夜は野宿するしかない。彼女も以前は流浪の民だった。こんなこといつものことはずなのに。

「嫌でもなんでも仕方がないだろ。」

 すると今度はどうしたものか。その場に寝そべり始めた。それは野宿に対する抗議なのか、それとも早くも野宿の態勢に入ったということなのか。

「取り合えず意見があるなら言ってくれない?」

「せめて柔らかい芝生の上がいい。」

確かに街道は石が敷き詰められ、固い。街道沿いも木は生えていても芝生は茂っておらず、土のままだった。

「少し先に平原が見えました。そこまで行きませんか?」

 シスタースターチスが健気に提案してくれる反面、ピエリスの渋々立ち上がる姿に見た目の若さはない。ババアそのものだ。嫌々進むババアの手を引っ張り進んでいく。そこでとうとう日は落ち、夜がやってきた。馬の手綱を木に結び、火をおこし三人で囲んで座った。自分も夕餉にありつく。夜空を見ながらパンを食べた。

「もう追いつくかね?」

 ピエリスはよくマーガレットの心配をしてくれる。

「もう追いつくさ。」

 楽観的な考えだと思う。だが今の旅は気に入っていた。こんな生活が続くことは苦ではない。望むまででもないが。

「ゲームしない?」

 唐突な申し出だった。

「どんな?」

「先に声をかけた方が負け。」

 そんなゲームが好きにも得意にも見えないが。意思疎通に制限が出来ていいことは無い。しかしピエリスがこれから静かになってくれるのだと思えば悪い話ではなかった。

「いいよ。」

「じゃあ、始め!」

夜風が吹き抜ける。心地が良かった。これから何度でもあるであろう、野宿なんかの度に駄々こねられていたらどうしようもない。こんな満点の星空の下眠ることも、また乙なことだと思う。

しばらくしてピエリスが寝ている方へ視線を移すと、彼女は熟睡していた。ゲームに飽きてしまったのか、それとも元々こうしたくてゲームを挑んできたのか。なんてことはなく、僕もそのまま明日に備えて眠るのだった。

「じゃあ、シスターおやすみなさい。」

「ええ、おやすみダフネさん。」

シスターとも挨拶を交わし、眠りにつこうとしたが突如ピエリスが起き上がった。

「はい!私の勝ち!」

 起きていたのか。執念深い。しかしその一言を言うと、またすぐ返事も待たずに眠ってしまった。何かをかけていたわけでもなく、いったいこの勝負に何の意味があったのかは分からないが、取り合えず彼女の快眠の一助になったことだけは分かった。


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