これは「恋」か?
どうも‼︎
このサイト初投稿です‼︎どうぞ最後までお付き合いください(^^)
最近、どうも調子が変だ。
妙にそわそわする。どうも落ちつかない。
「魔王様、書類の決裁をお願い致します。」
「うむ。」
私の事務室に、秘書が山積みの書類を置いていった。
私はその山積みの書類を見つめながら、この、なんとも言えないそわそわについて考えてみた。
何かを欲しているようなそんな気分だ。ただ、食べ物だとか、洋服だとかを欲しているような気分ではない。もっと違うなにかを……
私は机の上の書類に、「閲覧済 魔王」と刻まれた判を押しながら、頭をフル回転させる。自分は何を欲しているのか。何が私をこんなに悩ませるのか。
魔王の毎日は基本的にマンネリ化している。朝起きて、午前中は大臣とかが提出した書類の決裁をし、午後は魔界の統治を共にする大臣や役人と魔界の未来について議論をし、予算案や法案などを書類にまとめる。そして、次の日それを決裁して、また新たな議論を展開する。
退屈している訳ではないし、刺激がゼロという訳でもない。
約三億の人口を抱える魔界を治める中央政府の中では、毎日意見が対立し、議論が紛糾する。大臣や役人たちは、それぞれ国を良くしようとする志の塊だから、皆思い思いの意見を述べる。意見が対立するのは当然だ。それをまとめ、いかにより良い方向に導いていくかが魔王たる私の仕事だ。退屈する訳ないし、刺激がない訳がない。
でも、何かが心の中で引っかかっている。
魔界の街をたまに見てまわる時に、男女二人で歩いて行くカップルなどを見かけることがある。
魔界の長たる私にとっては非常に喜ばしい光景だ。国民同士が憎み合い、毎日人間からの討伐を恐れ、外を歩くこともできなかったあの頃に比べたら、本当に素晴らしい光景だ。
ただ、その光景を見ると、心の中に広がるもやもやがどんどん大きくなっていゆくのだ。
二人並んで笑い合い、寄り添いながら歩くその姿。
二人っきりで何を話しているのか、なんて幸せそうな笑顔だろう。
そんな光景を見るたび、ため息がこぼれる。
自分でもどうしたいのか分からない。こんな感情を抱くのはは初めてなのだから。良いことなのか悪いことなのか。
それさえも、私には分からなかった。
ある日のことである。いつものように書類の決裁をし、会議をまとめ、やっとのことで家に帰ってきたところであった。もう、夜も遅かった。
「ふぅ、今日も疲れた。」
私は、いつものように何気なく家の門を開けた。
「今日もお疲れのようで。」
「うむ。今日の会議はなかなかまとまらず大変だっ……」
?
聞き慣れない声がした。
見ると、そこには見慣れない者が一人、こちらに頭を下げて立っていた。
私は一人暮らしである。召使いも雇っていないし、魔王の邸宅には人などいないはずだ。
しかしそこには人がいる。見ると、魔界ではあまり見られない純白の衣を身にまとっている。その長い髪からして女性だろうか。これまた魔界ではあまり見かけない、緑色の綺麗な髪の毛だ。背中には白い、例えて言えば白鳥のような白い羽が生えていた。これも、魔界ではあまり見かけない。
「おぬし、なにゆえ我が邸宅にいる。」
私は戸惑いながらも、極力その戸惑いが分からないようにたずねた。魔王たる者、どんな時でも威厳を保たなければならない。
「我が主の命令で来ました。」
我が主?もしこの者が魔界の者でないとしたら人間の王か天界の神々か。
「顔を上げよ。」
私がそう声をかけるとその女性はゆっくりと頭を上げた。
緑の髪に整った顔立ち。その瞳も、髪と同じような緑色をしていた。肌は透き通るように白く、その純白の衣と共に輝いていた。背は私よりも小さい。まあ当たり前か、私の身長は3m58cmあるのだから。歳は若そうだ。もし人間界の者であったら10代の後半くらいだろうか。もっとも、天界の者であればどれだけ歳をとろうと見た目はこんな感じであるからなんとも言い難いが。
「何か私に用か?」
大体、私の家に来る者の用事は決まっている。いわゆる「直訴」である。魔界の政治に関して、私に直接訴えに来るのだ。
しかしこの者のようにあきらかに魔界の者でない者がやってくるのは珍しい。そういう者はまず最初に、魔界外務大臣に話を通すだろう。
「話せば少し長くなりますので……」
ふむ……じっくり聞かねばならん話かもしれない。なにせ外国からはるばると来ているのだ。よっぽど何か重要なことなのだろう。
「とりあえず話を聞こう。中へ入りたまえ。」
そう言うと、その女性はコクリと頷いて私についてきた。
私はいつも、魔王の家に直接来る陳情客の話は応接間できちんと話を聞くようにしている。たとえどれほど夜遅くであろうとも私は話を聞く。私が話を聞いたからと言って議論され可決した中央政府の政策を変えるのは難しいが、このような嘆願は、国民の意見を直接聞ける良い機会なのだ。
玄関からすぐ左の少し大きな部屋に彼女を招いた。いつ陳情客が来てもいいように、私はいつも応接間はきれいに掃除している。
「そこにかけたまえ。」
応接間に入ると、私は、彼女に席につくよう促した。
「お茶でもお出しいたそうか。」
「いえ、構いません。魔王様にお茶を淹れさせるなんて恐れ多いですから。」
「いや遠慮は無用。魔界の茶は美味しゅうござる。ぜひ飲んでいただきたいのだが……」
「そういうことなら……」
私は陳情客にはいつも自らの手でお茶を淹れ、出すことにしている。妻や使用人がいないから自分でお茶を淹れなければならないのは手間だが、和やかな雰囲気で話をしてもらうには、魔界の特産物である茶を出すのが一番だ。私が特に力を入れて特産物にまで仕上げた魔界茶は天下一品の自信がある。
そんなことを考えながらお茶を淹れていたら、またあのもやもやが私の心を覆った。お茶を淹れてくれる妻の一人でもいれば……。そう考えながら、私はまたため息をついた。
「お待たせいたした。さあお茶でも飲みながら気軽に話をしましょうぞ。」
「いただきます。」
彼女は一口お茶を口に含ませると、少しリラックスしたような表情になった。
大体の陳情客は応接間に入って緊張している。魔界の長たる魔王の家に直接押し入るということに、彼らは恐怖にも似た感情を抱くのだ。
その緊張を、私の淹れたお茶でほぐす。そうすることで、彼らの本音をぶつけてもらうことができるのである。
「貴殿の名はなんと言われる。」
「私の名はマリンと言います。天界から派遣されました。」
やはり天界の者であったか。天界の者が魔界になんの用か……。
「先程『我が主から』とおっしゃったがその主とはどなたのことかな。」
「恋と縁結びの女神、ラハルナ様です。」
ラハルナ……。ああ、あの口うるさい、おせっかいな女神殿か。500年くらい前に会った時には「ねぇ、恋愛関係で困ったこととかない?」とか「恋愛に悩んでくれないとあたしやることなくて困っちゃう〜」とか訳の分からんことをわめいていたが……。
「ふむ。そのラハルナ殿からどんな命令を?」
「はい。魔王様のお悩みを解決してくるようにと。」
「私の悩み?」
はて。
確かに私は最近原因不明のもやもやに突発的に心を襲われる。しかしそれは特に人に相談することでもないし、天界の者にはなんら関係ない話だ。あの女神殿のことだ、どうせまた訳の分からんことを申し付けたに違いない。
「特に天界の者に話すような悩みなどないが。」
私はゆっくりとそう言った。するとマリン嬢は急にいたずらっぽい笑みを浮かべ、私にこう叫んだ。
「率直に言います。あなたは今、恋の悩みをお持ちですね?」
ブッ‼︎
私は思わず吹き出してしまった。
「コイ?確かに私は数日前、魔界の血の池でとれた鯉の刺身を食べたが、鯉なんぞにあたる程私も弱くないぞ。」
「魚ではありません。異性に惹かれる方の恋です。あなたは今、片想いをしている女性がいるでしょう?」
マリン嬢は平然と言ってのけた。
私は苦笑した。この私がそんな軟弱な感情を抱いている訳がない。ラハルナ殿の妄言だ。
最近悩んでいるこのもやもやもそんな軟弱な感情から生まれているものとは思えない。もっとも、初めてのことだからよくは分からないが。
「そんなことは断じてない。」
私はキッパリと言い切った。口ではハッキリと言ったが心の中は少しグルグル悩んでいた。
「そもそも私には惹かれる異性などいない。」
私は、自分に確認をとるようにそう言った。しかしマリン嬢の笑みは消えない。
「あなたは数ヶ月前、人間界の王様とパーティーをしましたよね?」
パーティー……あぁ、人間界と魔界の国交正常化30周年を記念してのあのパーティーのことか。
「その場には、偶然にも、人間界の王様の娘である王女様がいた。」
マリン嬢は、全部分かってるんですよ、というようなオーラを発しながら詰め寄ってくる。
「不運にも、そのパーティーで王女様はあなたとぶつかり手に持っていた飲み物をこぼしてしまった。しかしあなたはさすが心が広かった。文句の一つも言わなかった。いや言えなかったの。頭を下げて離れていく王女様を見てあなたは思った。『なんと美しい女性なのか』、と。その美しさに、魔界の王者も勝てなかった。」
私は少し考えてから口を開いた。少し、私の理解の範囲を超えている。
「親愛なるマリン嬢、残念ながら私は恋という感情を抱いたことがないから分からないが私は彼女のせいで悩んでいるとは、どうも……」
「でもあの時からでしょ?あなたの心にもやもやが広がるようになったのは。」
「…………」
私が魔王の位に就いてからまず最初に行ったのは人間界との国交正常化交渉だった。それが成ったのはつい30年前。私は、ついに、魔界の国民が人間からの討伐に怯える時代を終わらせたのだ。
だからこそ、あのパーティーでの王女は特に輝いて見えたのかもしれない。これは、俗にいう「恋」なのかは正直分からない。ただ、ひと昔前では考えられなかった、人間と魔界の者とのパーティーにおいて、私は率直に、あの王女に特別な輝きを見たのだ。なんと良い時代を私はつくったのだろう。あんな輝きを、私は拝むことができたのだ。
太陽を直接見た後にその光が目にチラつくように、私の脳裏にはあの王女の姿がチラつくようになった。なぜかは私には分からない。ただ、悪い感じはしなかった。むしろ、ワクワクするような、そんな気分だ。
確かに、マリン嬢に言われてみれば、話に聞く「恋」と少し似ている、とも少し思った。私も魔王の位について300年、そろそろ生涯の伴侶のことを考えてもいい頃合いだ。しかし、私自身が「恋」という感情を感じたことがないし、相手が人間の王の娘とあってはうかつにこれを考えるのは危険だ。
それに、私は恋やそれに絡むスキャンダルなどで地位や信用を失った指導者をたくさん知っている。人間との国交正常化からまだ日も浅い。揉め事の種をここで持ち込む訳にはいかない。
だからこそ、私はここで、はっきりと、この「恋」を受け入れる訳にはいかないと断言しなければならないのだ‼︎
「マリン嬢、ラハルナ殿に何を言われてきたか分からないが私はそんな恋なぞという感情は抱いてはいない。」
「でも恋の女神が言ったのですから間違いはありません。あなたは恋をしています。そして恋の女神から派遣された恋のキューピッドであるこの私の力を必要としているはずです。」
なんと小賢しい小娘だろうか。なぜ恋の女神の言っていることは信じて魔界の王の言っていることは信じないのか。もしかして天界は魔界と人間界の国交が開かれたことを脅威に感じてその仲を引き裂こうとしているのであろうか。
「天界は魔界に何か恨みでもあるのか?」
「いいえ、むしろこちらは魔王様の恋を叶えてあげようと好意でやってるんですが……」
ふぅ〜、と息を吐き出しながら椅子の背にもたれ、余裕の笑みを浮かべようとした。頭の中での混乱を悟られないようにする為である。もはや、私の頭の容量をはるかに超えていた。そもそも、私は女性とのそういう関係について、生まれてこのかた考えたことがないのだ。
魔界の王である私が人間の王女に「恋」とやらを抱いている。そして、その「恋」とやらを天界が助けてやると言っている。
もはや、これは国際問題一歩手前だ。
外務大臣に相談するか、いやいやどうやって?「外務大臣よ、異性に恋をした時、どうやって外交関係に支障なく、ことを進めれるのか?」バカな‼︎とても人に相談などする気になれない。
そもそもこの件について、最終目標が見えない。私はあの王女についてどうしたいのか。よく、恋を題材にした小説などで、「この思いが伝わればそれでいい」というのがある。そんな馬鹿げたことは言っていられない。その思いが相手に伝わったところで誰に得があるのか?ただの自己満足ではないか。魔王たる者、自己満足で終わるようなことは絶対にしてはいけない。よりによって人間の王女に対して‼︎
ならば王女と一緒にいたいのか?たしかに、この何かを欲するようなこのもやもやにおいて、その欲する対象が王女だった場合それが最終目標となるだろう。
しかしそんなことが許されるのか?魔界の王と人間の王女。一緒になるなど許されるのか?人間の王女には、それにふさわしい人間の男子がいるのではないか?
あぁもう‼︎なんと難しいことか‼︎相談もできなければ最終目標も見つからない‼︎おまけに自分の気持ちにどうも素直になれない‼︎こんな馬鹿げたことがあるか‼︎
「あの〜大丈夫ですか?」
頭から煙が出そうなほどに熟考しているところでマリン嬢に声をかけられた。一瞬怒りがこみ上げたがここでハッと気がついた。
そうだ。もみ消してしまえばいい。この気持ちを抱いている私自身がその感情を否定し、その感情を胸の奥底のみに留めておけば何も問題はない。今までずっとそうしてきたではないか。これからも、ずっとそうすればいいのだ。これは「逃げ」ではない。栄誉ある「決断」なのだ。
「マリン嬢、もう夜も遅い。このことは後でじっくりと魔界において考えておく。天界まで巻き込む訳にはいかない。もう帰られよ。」
そもそもこのキューピッドだかティーポットだかが来たから訳の分からんことになったのだ。帰ってもらえれば一件落着だ。
「いやでも恋する人のはかない恋を叶えるのが私たちの仕事なので……」
「いやいや、私も明日は早いからもうこれ以上は……ま、そういうことだ。ではさようなら。」
私はそう言うと急ぎ足で応接間を出ようとした。すると、マリン嬢がこう叫んだ。
「ここでチャンス逃すと一生独身ですよ〜」
…………‼︎
その叫びは、私の背中にゆっくりと、重く、そして確実に突き刺さった。
確かに、この感情をはねのけるにも慎重な判断を必要とする。
ここでこの「恋」とやらをはねのけたら、私は今後もそういう拒絶反応を起こしてしまい、魔王の後継ができないという事態にもなりかねない。「女性」関係で自滅した指導者もいるが、後継がいないことで自滅した指導者もいるのだ。
そう、そう自分に言い聞かせた。胸の中のもやもやを静めるように、言い聞かせた。
そして、何か、本能に近いものが、こう叫んだ。「『恋』とやらを見てはみないか」と。
小説や、映画などで見る、「恋の素晴らしさ」とやらを、見てみたい気になったのだ。さっきまでの否定的感情は、いつの間にかスゥーと消えていた。
「……私が……彼女と……その……あの……と、とにかく、このことがお互いにとってマイナスにならない、という保証はあるのか?」
私はおそるおそるたずねた。このようなことを人に相談しようと思ったことは、初の経験だった。どうも小っ恥ずかしい感じがする。
「まだ姫の詳細を調べていないのでなんとも言えませんが……大丈夫、私はラハルナ様から特別に派遣されたキューピッド。そんじょそこらの平凡なキューピッドとは訳が違います。」
「では本当に、任せてもいいのか?」
この時、既に私は「恋」とやらと向き合う覚悟を決めていた。
「お任せください‼︎奥手なあなたにもすぐに恋の楽しさが分かるようになりますから‼︎」
お楽しみいただけたでしょうか?
次回もお楽しみに‼︎