ラッキー代議士
「……2区小選挙区の当選者は、自民〇公認候補ラッキーちゃん……。
――失礼しましたラッキーさんです」
朝、食卓でぼんやり朝食を食べて居た京作は思わず耳を疑った。
「ラッキーさん!?」
半ば声を震わせながら記事を読む男性ベテランアナの声に、恭介がパンを咥えたままTV画面に目を移す。
――なんと其処に映って居たのは犬。
先日の選挙結果を流すTVのニュース番組に人間に混じって小型犬の姿あった。
「うちの選挙区の当選者はい、犬ぅ!?……」
彼は目をこれでもかと言うくらい見開き、もう一度画面を凝視する。
しかし、其処に有るのは紛れもない実物の犬。
比喩表現の犬でも、人間をコラージュさせた犬でも無い。
きゃんきゃん五月蠅そうな実物のポメラニアンの写真に当選の文字が確かにくっ付いて居た。
――これは確かに犬が当選した事は間違い無いようだ。
彼は思わず考える。
(犬が当選……――だとぉ? 犬に政治ができるのか?)
「洋子。 うちの選挙区凄い物が当選してるぞ」
京作の妻、洋子は眠そうな目を擦りつつ夫の話は興味無さそうに皿に盛られたコーンフレークを頬張りながら、週刊誌片手に「ふ~ん」と返事を返す。
「い、犬が当選しているぞ」
「それで?」
妻は視線をちらりとも動かさず気の無い返事を返す。
「『それで?』って、人を差しておいて犬が当選するって、人間の尊厳に関わる話だろう?」
食べてるパンを落とすほど慌てる旦那の方をちらりと見て、洋子はまたかったるそうに皿のシリアルをはぐはぐ食べ進めた。
「どうせ手違いで、代議士のペットを間違って出しちゃった程度でしょ?
人物関係無しで政党に投票するのだから、犬だろうが、猿だろうが何が出ても関係無いのじゃないの?
政党の座布団に乗ってれば何でもみんな構わないみたいだし」
「そ、そう言う問題か?」
「どうせ新人議員なんて何も出来ない訳だし、『比喩表現の犬』でも『実物の犬』でも大差ないでしょ?
――もっとも犬なら金に興味ない分、汚職する議員よりまだマシかもよ?」
沈黙するしかない京作の傍で、洋子は黙々と朝食を食べ進めている。
TVから流れるニュースは選挙結果を只管呟いて居た。
””
次の日。
京作が通勤途中の駅で目にしたのは異様な光景だった。
「わんちゃん可愛い~」
「お父さん犬も有るから、犬議員もアリよねぇ~」
女子高生や子供に囲まれ、古参議員と一緒に選挙後のお礼参りをするポメラニアン。
ラッキー議員は尻尾を振り振り、婦女子の手をぺろぺろスキンシップをしながらあいさつ回りをする。
偉そうにする古参の隣で。
「ぼくらの未来頼んだね」
「わん♪」
幼稚園児の問いにラッキー議員は背筋をピンと伸ばし、誇らしそうに吠えた。
「任せとけと」言わないばかりの表情だ。
小型犬とは思えない風格を出して居る 。
京作はその雰囲気を見て悟った。
(きっとこの議員は、きっと何かを成しとげるのだろう。
その何かは判らないが、この国にとって未来を左右する大きな出来事になる筈だ。
……犬が議員になる位だから)
””
そして数か月後。
ポメラニアン、秋田犬、土佐犬……与党の犬議員だらけの国会会期中。
与党が提出した「通称『徴兵容認法』」の決議中に事件は起きた。
「本案に賛成の議員はご起立をお願いします」
ハゲの議長が高らかに読み上げる。
圧倒的多数の与党議員は採決前から勝ち誇ったような表情を浮かべる。
傍では、野党の議員たちはニヤリとして口角を歪めていた。
――勝負は此れからだよ。 と言わないばかりの表情で。
「ガオォ!」
刹那、野党の席から響き渡る咆哮。
地を震わせるような咆哮と共に居たのは獅子。
比喩表現の獅子でも、着ぐるみでも無い。
其処に有るのは、たてがみを生やし王者の風格を漂わせる紛れもなく本物の獅子だった。
野党では獅子が議員になって居たのだ。
獅子議員の迫力にキャンキャン鳴きながら蜘蛛の子を散らす様に逃げ出す犬たち。
残るは老害となっている古参議員のみだった。
残りの人数は野党の方が圧倒的に多そうだ。
「……否決多数により、本案は廃案となりました」
議長は頭を光らせながら粛々と進める傍で、誰ともなく呟いて居た。
「所詮犬は犬、 幾ら集まっても獅子の一喝には敵わないよ」