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富める浪

作者: 禮矧いう

 勤続十年。

 子共が中学に入った頃から始めた清掃員のパートはもうベテランの域に達したと自分でも感じている。

 仕事場は大型予備校。毎日たくさんの高校生や浪人生が通ってきている。

 高校生は夜の授業なので勤務時間ではないので殆ど会うことはない。

 私の仕事は朝、階段のモップかけから始まる。朝八時、最上階の十階から順番にモップをかけ下ろしていく。これは始業の前までに終わるので、だいたい一時間くらいかけて一人で行う。授業が始まったらその間にトイレ掃除をする。男女、多目的合わせて三十のトイレの床を整え、百を軽く超えた数の便器を磨く。休み時間はたくさんの生徒が来るので、休み時間は私も休みになる。

 そうして午前中全部のトイレ掃除を終えると生徒は昼休みになる。

 すると私は最後の仕事、黒板消しにかかる。授業と授業の間の休みの黒板消しは生徒が順番に行うが、昼休みは私の仕事だ。やはり、短時間で黒板消しをするとどうしてもまっさらにはならない。だから昼休みは私がきっちり、塵一つなく消し去る。普通の黒板消しだけでなく、専用の雑巾、小さなモップなどを使いとにかく綺麗にする。先生によっては黒板が、真っ白になるまで書く方も、見える。そんな時は少しの水さえ使う。そうして黒板をまっさらにして私の仕事は終わりだ。

 午後からは家に帰る。授業後の清掃は大学生アルバイトを雇っているらしい。土日も他の人が入っているようだ。私はその人達にあったことはないが、私の居ない間も綺麗に掃除されている校舎を見ると信頼できる人たちなのだろう。興味がないという訳では無いが、私は私の仕事をこなすだけだ。

 今年も四月になった。

 新しい生徒が入ってくる。

 朝、私は必ず挨拶をする。

 結構返事は帰ってこない。返ってくるのは高校の時、運動部でしごかれていたような感じの一部の子だけだ。何だか例外で一部のチャラい子からも返ってくることもあるがそれには逆に驚いてしまう。でもちょっと嬉しい。

 ただの清掃員の声に答えるほど、浪人生は暇ではないだろう。それに、皆、いい大学に合格しようと勉強しに来ているのだ。その人達の人生で清掃員など大学の時のアルバイトくらいでしかする機会はないだろう。だから、少し馬鹿にしているのだ。

 それは昼休みの時にもよく分かる。

 初めの頃は昼休みに私が入っていって黒板を磨くとは知らないのもあるだろうが、大体最初は驚く。

 その後、少し経って慣れてくると私が消えないところを必死に擦っていたり、几帳面に隅まで雑巾を掛けているのを見て、笑う奴がいる。大抵、チャラい女子の集団。

 ここで働き始めて三年くらいは不愉快に思っていたが、ある時気がついた。

 私は労働者。

 あいつらは無職。

 確かに私には学がない。商業高校は出たが親に言われて大学に行くことは出来なかったし、就職してからも、すぐに結婚して家庭に入った。だから、この黒板に書いてある事はほとんど理解できないし、まず、なんて読むのかすら分からないことだってある。

 けれど、私を蔑むあいつらは無職。

 高校を卒業して、大学に行けていないのだ。かと言って就職している訳でもない。

 一部、特待生で授業料が免除だったり、休日にバイトをして授業料の足しにしていたり人もいる。けれど、ほとんどが親に甘えて人より多くのお金を費やしているのだ。

 だから、私を馬鹿にするくらいのことは無視できる。

 否、いっそ、笑ってくれてもいいとさえ思う。

 私を笑う奴は、その程度の奴なのだ。自分が馬鹿だと広めているようなのだ。正しく自分の立ち位置を考えることの出来ない阿呆など、これから社会に認められる訳もない。心無い奴らなのだ。

 ならば私は笑われてやろうではないか。

 私もそれを笑ってやる。

 無職の阿呆が。

 私は心の中でそう思いながら今日も黒板を消す。


読んでいただいてありがとう。嬉しいです。

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― 新着の感想 ―
[一言] >ならば私は笑われて[やろうでいか。] [やろうではないか]ではないでしょうか? 清掃員の主人公の感情が、しっかり伝わってきました。 ただ、話の中心がマイナスの感情だったのが、個人的には残…
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