2話 「野田 彩」 その4
野田の喫茶店のアルバイトに向かうため、校門で野田を待っている。
(そう云えば、サッカーの授業に今宮が、いなかったよなぁ。体調でも悪かったんだろうか)
僚はそう考えていると、
「僚クン」
そう野田が話しかけてきた。後ろには京橋がいた。
僚はその京橋をじっと見た。
「なによ?」
「や、別に」
「あんたと、彩を2人きりにすると、彩の身が危ないからね!」
「ケーちゃん!」
「おまっ、なに考えてんだよ。つーか、京橋もアルバイトすんのか?」
「あったりまえでしょ!」
「彩の貞操は私が守るっ!」
「わ、私は、別にいいのに」
「あ、彩っ!」
3人で野田の喫茶店に向かいながら歩いている。
「今日のサッカー、僚クン、かっこよかったよ? ね? ケーちゃん」
「ま、まぁね」
「最後のゴールは偶然だよ。ディフェンダーに当たったヤツが入ったんだし」
「それでも、ドリブルで駆け上がっていく時、女子は大盛りあがりだったんだから」
「へぇ」
ドリブルしながらパス出来る相手を探していたので、気づかなかった。
「あれじゃ、ライバル多くなっちゃうな……」
野田はぼそっと云う。
「「え?」」
僚と京橋が同時にそう云った。
「な、なんでもない!」
必死に手を振る野田はかわいらしく見えた。
◆
野田の喫茶店に着くが、オエステってハーフの娘は、まだ来てないようだった。
エプロンを着けて、厨房にいくと、野田のお母さんが居た。
「今日もよろしくお願いします」
「よろしくね。僚クン」
「はい」
2人は野田の部屋で着替えているようだ。
「あの制服は、このお店で作ったんですか?」
「あら? 気に入っちゃった?」
「え、まぁ」
「うふふ。あれは、オエステちゃんがデザインしたのよ。あの娘。隣町のお嬢様学校の生徒なんだけど、わざわざこのお店に手伝いにきてもらってるの」
「そうなんですか」
「あの娘のお母さんと知り合いでね。忙しい時が多いから手伝ってもらってるのよ。あの娘のこと、気になるの?」
「そう云うわけじゃ……」
「あの娘、かわいらしい娘よね」
「ええ。まぁ」
「ええ!」
そう叫んだのは、野田だった。
「僚クン、オエステちゃん、狙ってるの?!」
「いや、そう云うわけじゃ!」
京橋も横にいた。
「なんか、あの娘もまんざらじゃないようだったけど」
「そ、そうなのよね」
野田がぼそっと云う。
「あんた、もしかして女たらし?」
「なんでそうなる!」
◆
バイト時間が始まって、1時間ほどが経過したが、店にはお客がいなかった。
この前とは、打って変わって別の様相見せている。
「お母さん、お店、あまり忙しくないから、私宿題してくる」
「そうね。そうして」
そう云って野田は、自分の部屋へ向かった。
「宿題ってあったっけ?」
僚は京橋に聞く。
「うちのクラスはね」
「あ、そうか別のクラスか。ちなみに、なんの宿題?」
「数学よ」
「あ、そう云えば、うちのクラスにもあったな」
「そりゃ同じ学年で同じ担当教師だし、同じ時期に同じ宿題出すわよね」
「あ! 明日数学の授業あるな。俺やってないな」
「僚クン……。彩と一緒に宿題する?」
野田のお母さんが云う。
「え? いいんですか?」
「今日はお客さんいないし、いいわよ。アルバイト代は出ないけど」
「すみません! 京橋はいいのか?」
「私はとっくに終わってるもの」
「そうか。んじゃ、いって来る」
「……」
京橋は僚が奥へ入っていくの見送る。
「あら、ケーちゃん、心配?」
「べ、別に……。青陵院君のことなんて」
「あれ、私は、彩のことを云ったのよ?」
「おばさんっ!」
「うふふ」
「……」
◆
僚は”彩‘Sルーム”と書いてある部屋の前に来た。
「野田、入るよ」
『え? 僚クン? ちょっと、ちょ』
「え? なに?」
僚は野田がなにを云っているのか判らないので思わずドアを開けた。そこには薄い水色のパンツとブラの姿の野田がいた。
「あ、いや、ごめん!」
ばたんとドアを閉めた向こうで、
『キャー』
っと叫び声がしたが、野田らしい控え目な感じだった。
「いいかな」
『い、いいよ』
再びドアを開けると、白いトレーナーと赤いミニスカートの私服姿の野田がいた。
「な、なにかな?」
「宿題を一緒にさせてもらおうと思って」
「え?」
「うちのクラス、明日数学あるんだけど、俺、やるの忘れてて」
「そういうことね。いいよ、一緒にしよう」
小さめのテーブルに向かい合って、教科書とノートを広げている。
「僚クンは、数学得意なの?」
「え? 得意ってほどじゃないけど、普通かな?」
「でも、うちの学校に編入してくるだけでもすごいことなんだよ?」
「へぇ?」
「この町で一番の進学校なんだよ? 結構受験大変だったんだから」
「そうなのか。俺、単に一番近い高校を選んだだけなんだけどな」
「そうなんだ」
「授業、ついてこれてる?」
「まぁまぁかな、まったく判らないってことはないよ」
「そっかぁ、いいなぁ。私はついていくのがやっと。ケーちゃんが巻場に行くっているからがんばったの」
「ふーん。仲良しなんだね?」
「うん」
「……」
「でも、がんばって良かった」
「なにが?」
「僚クンに会えたことかな」
「あ……」
僚は普通に会話してたので、忘れていた。この娘とぶつかっていたのだ。
「その……、野田……」
「やっ!」
「え?」
「野田じゃ、いや。彩って呼んで」
「彩……」
「なに?」
「えっと」
僚は正直に云うべきか悩んだ。阿部のことがあったし、正直に云うことがいいとは限らない。
「ごめんね」
僚がつまると、野田が先にしゃべり出す。
「今の私の下着、ピンクじゃないの」
「は?」
「ピンク好きなんでしょ」
「なにを云って……」
「ピンクじゃないけど、見る?」
「な、なんで、そんな話にっ! そうだ、宿題を! 宿題をしないと」
「私のこと嫌い?」
(完全にいつものパターンだ)
いつもなら逃げ出すのだが、今はアルバイト中だ。
「し、下に、京橋やお母さんもいるんだよ?」
「そんなの関係ないっ! 私の下着を見るか見ないかだよ?!」
「どっからそんな話に?」
これも変な能力の所為なのだろうか。
野田がスクっと立ち上がると、その短いスカートをめくりあげようとする。
「さっき、見たと思うけど、今度はじっくり見てね……」
「なんの話なんだ!」
僚はとにかく逃げ出そうと、ドアノブをまわした。
「あれ。開かない?」
カギはかかっていないはず。
『どうなっているの?』
『判んない。見る見ないって話になってる』
『なにを見るって?』
『判んない』
ドアの向こうからそんな会話が聞こえる。向こう側から押しているのだろう。
「もしもし、お店の方はいいんですか?!」
僚がそう怒鳴ると、
『わー』
どたどたと足音が遠ざかっていく。
「僚クン」
僚の真後ろに野田が立っている。
シュルシュル……
着ていたものを脱いでいる衣擦れがする。
「見ても、いいよ」
(まずい。完全にまずい)
僚は、今まではここから逃げるという選択肢を選んでいたのだが、アルバイト中ということが、その選択肢を奪っている。
(そうだ、キスだ。キスをすれば、阿部の時みたいに、なんとかなるかも)
そう思い立った僚は、思い切って後ろを振り向く。
小さめの水色のパンツと控え目な胸についているブラジャー姿の野田が立っていた。
――ごく。
生唾を飲み込む僚。
胸の大きさは妹たちと同じぐらいだな。
あせっている割には、そんなことを考える僚。
(キスだ。キスで治る)
野田の肩をつかむと、そっと抱き寄せる。
「……」
野田は目を瞑る。
(ええい、ままよ!)
僚はそっと唇を重ねた。
(どうだ?)
目の前にある野田のまぶたを見る。
そっと目を開ける野田。
その目はうるうるしていた。いや、よりうるうるしている。
(これが、おっけぇの目か! まずい! 非常にまずい! しかし、キスしたのに、治ってない。阿部の時はこれで解除されたのに!)
「あ……」
野田が足を滑らせて、勉強していたテーブルに足を取られる。倒れこんだ先は、野田のベッドだった。
僚が押し倒した形になる。
「……」
長い沈黙が訪れる。
「いいよ……」
ぼそっと、野田が云う。
が!
「それ以上はだめっ!!」
そう怒鳴って、部屋に入り込んだのは、京橋と九条だった。
「その、すみません」
僚は、野田のお母さんに謝る。
「いいのよ。そのまま食べちゃってもよかったのに」
「なっ」
「本気なら……、だけどね」
「……、では、今日は失礼します」
京橋と僚の2人で、人通りの少なくなった商店街を抜けていく。
九条は駅の方へ向かったので既にいない。
「あんた、本気なの?」
「え?」
「彩の唇、奪ったんだから。責任は取りなさいよね」
「責任……か」
「なによ?!」
「判ってるけど」
「けど?」
「なんか煮え切らないというか」
「この無責任野郎っ!」
京橋はそういって靴で僚の脛を蹴った。
(やば!)
いつもなら避けられる距離なのに、野田のこともあって、避けられなかった。
しかし京橋は何事もなかったように走っていく。
「靴越しならセーフなんだろうか?」
自分の能力の範囲がよく判らなくなっていく僚であった。