2話 「野田 彩」 その3
「遅い!」
「何時だと思っているの?!」
アパートに着いた僚を出迎えたのは、妹2人だった。
「今日はお兄ちゃんの番じゃない?!」
夕飯の作る順番の話だ。
「あ、ごめん。アルバイトいってたんだ。それで忘れてた。今度代わるよ」
「アルバイト?」
「ああ?」
2人の妹は急にシュンとなった。
「なんでアルバイトなんか?」
「俺に経済力がつけば、もしもの時、俺1人引っ越せばいいだろ? もうお前たちに、迷惑かけられないし」
「え?」
「ここ、出ていくの?」
「出て行くっていうか、もしもの時だし、俺の能力の所為でどうしようもなくなった時だし、お金が貯まってからだよ?」
「……」
「ヤダ!」
「え?」
「お兄ちゃん出ていくのはヤダ!」
「いや、今すぐじゃないって。もっと先の話だよ?」
「それでもいや! 出ていくのはヤダ!」
「お兄ちゃんは、私たちのものだもん!」
「いつかは結婚して、この家は出ていくだろう?」
「無理だもん!」
「ぶっ!」
僚は噴出す。
「無理って、お前たち」
「お兄ちゃんは、その能力の所為で、お嫁さんなんてもらえないだもん!」
「決め付けかよ!」
「だから私たちと一緒に暮らすの!」
「って、いつまでもってわけにはいかないだろ?」
「いつまでだもん! ずっと一緒だもん!」
「それじゃいろいろ困るだろうよ」
「困らないもん!」
「私たちもずっとお嫁にいかない!」
「またそんな無茶な」
「無茶じゃないもん! お兄ちゃんを2人のお婿さんにするんだもん」
「ぶっ! 重婚かよ! しかも近親じゃねーか!」
「そんな法律なんて、愛の前では敵ではないよ!」
「法律の問題だけじゃないだろ? 倫理的にも問題がありすぎだ」
「そんな難しいこと云って、誤魔化されないよ!」
「もはや兄妹の問題じゃないよ!」
「なに云ってんだよ」
僚はそう云って、妹たちを押しのけて、部屋に入ろうとした。
「きゃ!」
「あ、悪い」
そのとき、左手が由加の胸に触れてしまったようだ。
「お、お兄ちゃんが、望むのなら!」
「へ?」
「私たちの初めてを!」
「あげてもいい!」
「なに云ってんだよ? いや、初めては大事にしろよ。つーか、なにこのエロゲ的展開っ!」
「エロゲにあったよ。このシチュエーションっ!」
「ちゅーがくせいがエロゲすんなよ」
「いいじゃん!」
なんかいろんな意味で倫理的崩壊が起きてるな。妹たちは俺のこと、嫌いじゃなかったのか?
◆
日曜日。僚は、電車に乗り、沿線の大きな町へ出かける。
僚にとって電車は危険な乗り物だった。
普通に服が触れる程度なら問題ないのだが、満員電車でべったりとくっついてしまうと大変なことになるのだ。
なので、僚は学校を選ぶのも比較的徒歩で通えるところになるのだ。
しかし、今日はその心配もなさそうだ。
2人の妹が、僚をガードしていた。
近くに女性が来るようなものなら、ものすごい形相で睨むのだ。
おかげで僚の周りには男性客すら寄り付かなかった。
駅前の商店街ではそろえられなかった生活雑貨を購入しに、デパートへ向かった。
「お兄ちゃんとデート!」
「ぐしし」
「変な笑い方だな」
「えへへ」
「変えてもだめだよ。つーか、デートじゃないし。そもそも兄妹なんだし、3人なんだからデートにならないだろ」
「いいんだもん、ねー」
「ねー」
「なにがだよ」
「はんぶんこ、するんだもんねー」
「ねー」
「俺は半分にならないよ」
「姉妹協定結んで、抜け駆けは、ナシなんだよ!」
「はいはい」
「お? 青陵院?」
「あ、城園先生」
そう声をかけてきたのは、担任教師の城園だった。
「なんだか、かわいらしい彼女連れてるのな。それも2人も!」
「「彼女でーす」」
2人はおちゃらけて云う。
「違いますよ。妹ですよ」
「ほう、かわいらしい妹だな。お名前は?」
「美加でーす」
「由加でーす」
「いいな。兄貴とデートか?」
「「うん」」
「かわいらしい彼女にモテちゃって」
「なんですか、そのにやけた笑いは。って、モテてるわけじゃないし」
「いいじゃないか。仲良くて」
「そんなもんですか?」
「今日は買い物か?」
「ええ。まだ越してきて1週間ですから、そろえなきゃいけないものもありますし」
「でも、こんな時期に引っ越しって、珍しいな」
「そうですか? いろんな人から云われますけど」
「そうだろ。前の学校だって受験大変だったろうし、わざわざ編入試験を受けないとだめだし」
「でも受験した時の内容と大差なかったので、試験は楽でしたよ」
「あら、その発言は優等生と捉えるぞ?」
「ええ! 簡便してくださいよ! 先生はデートですか?」
「なんでだよ! デパートでデートはしないだろ! って彼氏いないし」
「そうなんですか? そうは見えませんけど」
「どういう意味だ?」
「や、他意はないです」
「なら、青陵院が構ってくれるのか?」
「「だめー」」
「かわいらしいライバルさんがいるな。じゃ、これで失礼する。また明日学校で」
「はい」
鍋やら包丁やらを選んでいると、
「りょー!!」
どこからか、僚を呼ぶ声が聞こえる。
「え?」
その叫び声の方を見ると、女子が1人走ってくるのが見えた。
「げ! 天王寺」
「誰?」
「前の学校で、触っちゃった娘だよ!」
「え? じゃぁ!」
「駅前で!」
「「うん!」」
3人は示し合わせて、その場から逃げ去った。
3人一緒では逃げられるものも逃げられない。僚の過去の教訓である。
示し合わせて、この場から逃げるのだ。
「まてー西園寺っ!」
「青陵院だ!」
「そんなことはどうでもいい!!」
「よくねーよ!」
そんなやり取りをしつつ、僚は天王寺を引き離していった。
天王寺は巨乳なので、足は速い方ではない。
大きな胸が邪魔をしているはずだ。ばいんばいんと。
「はぁはぁ」
僚がデパートの前で、肩で息をしていると、
「あ! 青陵院君!?」
「え?」
そこには、飼い犬を連れた少女が立っていた。
「誰?」
「え? あ、ごめん人違いでした」
その少女は、顔を真っ赤にして、走っていった。
「誰だろう?」
「りょー!!」
そう考えていると、天王寺の声が聞こえる。
「やべ」
まだ見つかってはないようだ。
僚は待ち合わせ場所へ逃げるように走った。
(俺の名前を知っていて、顔を赤くして逃げ去る少女? 過去に触れちゃった誰かなんだろうか?)
僚はそう考えても思い当たる節はなかった。
◆
月曜の朝。
「2人ともピンクが好きなのか?」
僚が目撃したのは、ピンクのパンツ、2人分だった。
「ね? なんかピンクをつけてると、あいつ、見てくるでしょ?」
「ホントだね……」
いや、その会話の前に隠せよ。
僚はそう思うのだった。
「お前、2人同時に攻略してんの?」
後ろから鴫野が云う。
「攻略って……。ギャルゲのやりすぎだろ?」
「最近はそう云うんだよ。フラグが立ったとか、フツーの会話だぜ?」
「そうなのか?」
「お前ゲームやらないのか?」
「うちはビンボーだからな、ゲーム機なんてないよ」
「パソコンも? オヤジさんが持ってるだろ?」
「そんなのは以ての外だな」
僚はそう云うと、あの妹2人は、エロゲをどこでやったんだろうと疑問に思った。
◆
体育の授業は隣のクラスの男子と合同になる。つまりうちのクラスの女子は隣のクラスの女子と合同になる。
男子はサッカーの授業。女子は水泳の授業だった。
さすがサッカー部の次期エースと云うだけあって、素人相手に本気を出しまくる鴫野の独壇場だった。
そのおかげでうちのクラスと隣のクラス対抗戦は、うちのクラスの圧勝だった。
「お前、ほんとにすごいのな?」
「あ、判る? 部活ではこんなもんじゃないんだぜ?」
「ま、こっちは素人だしな。そんな自慢されても」
そんな話をしていると、隣のクラスが体育教師に抗議しているようだ。
「なんだ?」
「どうも鴫野がいるから不利だとか云ってるらしい」
僚の横に居た、まだ名前の判らない男子が云う。
僚はあまり男子に興味がない。
「そりゃそうだろうけど、勝ち負けは体育の成績に関係ないだろうし」
「それでも勝ちたいのは勝ちたいだろうさ」
すると体育教師は説得されたようだ。
「鴫野抜きで、再戦だ!」
「えー!」
うちのクラスは不満をぶちまける。
「まぁ、いいじゃないか。お前たちも鴫野に頼ってばっかりだとつまらんだろ?」
そう納得させられて、この授業2回目の試合が開始された。鴫野が審判をやるみたいだ。
僚は、あまり運動は得意ではない。
しかし、避ける能力はそれなりにある。
当然女子から避ける能力なのだが。
「あぁ、はやくおわらねーかな」
僚は適当に走っている。
ボールが近くに来ない限り、自分のポジションから動かないようにしていた。
ポジション的には、左サイドバックにいた。
当然状況に合わせて、相手ピッチに入るなんて高等技術は持ち合わせていない。
すると鴫野の横の渡り廊下を水着の女生徒が歩いていた。
水泳の授業が終わったのだろう。更衣室へ向かううちのクラスと隣のクラスの女生徒たちだった。
梅田、阿部、隣のクラスの京橋、野田もいる。
「あ……」
僚は昨日、デパートの前で見かけた少女がいるのを見た。
自分のクラスには見かけなかった娘なので、隣のクラスの娘なんだと思った。
(しかし俺の名前を知っていて、人違いはないだろう?)
バスタオルで隠れてはいるが、同級生の水着姿は、やっぱりいいものがある。
「なんかみんなプロポーションいいな」
「青陵院君……、そう云うのは、声に出していうもんじゃないぞっ!」
阿部がそういう。
「え? 俺声に出してた?」
「おもいっきり」
「今度は水着視姦魔ね」
京橋が云う。
「え? 京橋さん。青陵院君のこと、知っているの?」
阿部がそう訊く。
「知ってるもなにも、彩んちのサテンでアルバイト仲間よ」
「え?」
なぜか阿部が複雑な顔をする。
「りょー!」
そんな会話をしているところへ、教師の変わりに審判をしていた鴫野の声がする。
「あ?」
そこへボールが飛んできて、僚の足元でとまる。
うちのクラスがクリアミスをしたものらしい。
隣のクラスの連中が、血相を浮かべながら、突進してくる。
「僚クンっ!」
それを見た彩が叫ぶ。
「僚クン?」
阿部も血相を変える。
僚はその突進をひょいって感じで、かわす。
隣のクラスの連中はごろごろと転がって、壁にぶつかる。
「しゃーねーなぁ」
僚は周りを見ると、味方が近くに居ないことに気づく。パスするには少し遠い。
「僚クンっ! いけー!」
なぜか隣のクラスの野田が応援する。
「おい! 野田!」
転がっていた隣のクラスの男子が抗議の罵声をあげる。
びくっと野田はなるが、
「いっちゃえー!」
再度そう応援してくれる。
「彩……」
その声援を一番驚いているのは、京橋だった。
僚はとりあえず、パスが正確に出来るところまで、ドリブルで進むことにした。
隣のクラスの1人がボールを奪いに来る。見た感じ、そんなに素早くなさそうだった。
ためしにフェイントを仕掛けてみたら、あっさりと相手は引っかかり、抜くことが出来た。
そのままドリブルを続け、近くに同じクラスのヤツを見つけたので、パスを出す。
お役ごめんだ。
しかしさっきとは別のヤツが僚に突進してきていた。僚はまったく気にしていなかったのだが、そのパスは偶然にも相手をかわすことにもなった。パスを受け取ったヤツは、僚はかわすために自分にパスしたと思ったのだろう。ボールを戻してきた。
結果、端から見れば、ワンツーパスで1人かわしたように見える。
「なにこの偶然」
既に相手ピッチに入り、かなり進んだ。
自分のポジションは左サイドバックである。こんなところまで来ていいはずがない。パス出来る相手を再び探すが、素人集団である。スペースへ走りこむヤツなどいない。
僚は仕様がないのでそのまま、左を駆け上がっていく。
(センターリングすればいい感じじゃね?)
僚はそう考え、適当にペナルティエリアにボールを蹴りこんだ。当然それに反応出来るうちのクラスのヤツはいない。隣のクラスのごついキーパーにはじかれる。
はじかれたボールが再び、僚の足元へ戻ってくる。必死に相手のディフェンダーが近づいてくる。
今度はうちのクラスのフォワードがペナルティエリアに入ってきている。
僚は正確にコントロール出来るわけはないので、適当にゴール前に蹴りこんだ。
ばふっ!
そのボールは突進してきたディフェンダーの顔面に直撃する。
「あ、わりぃ」
僚は自分の蹴ったボールの行方は追わず、そのディフェンダーに謝った。
「おぉぉ」
すると、歓声があがった。
僚がゴールの方を見ると、キーパーが倒れている。その後ろにボールが転がっていた。
なんかゴールが決まったらしい。
ディフェンダーによって逸れたボールを誰かが蹴りこんだのだろう。
しかし、
「青陵院すげーな!」
「え?」
「僚クンすごい!」
野田が両手をあげて喜んでいる。
「え?」
「なに云ってんだ? 直接ゴールするなんてすごいよ!」
「ほんとにな!」
僚はそう云われながら、同じクラスのやつらに囲まれ、ぽかぽか殴られていた。
「お前、直接ゴール決めたんだよ。あの距離からはすげーよ」
審判役の鴫野がそういう。
「偶然だよ偶然」
「はは謙遜、謙遜」
「いや、ホントに、偶然なんだが」