2話 「野田 彩」 その2
「今日は本格的に、アルバイトを探そう」
そう1人ごちながら商店街を目指す。
今日は転校してからの最初の土曜日だった。
人ごみでは、女性に触れないように気をつけつつ、アルバイト先を探す。
(接客でもいいけど、女性に触れられないようなところがいいな)
僚の能力を考えると、当然のことだが。
「お前、こんなところでなにやってんの?」
そう声をかけてきたのは、鴫野だった。その横には、京橋とあのぶつかってしまった少女がいた。
「お? デートかい?」
「ち、違うわよ」
そう全力で京橋は否定する。
「3人でデートなんてするわけないじゃない」
「そうか?」
「え?」
僚は自分の能力の所為で、僚1人と複数の女性とデートとか当たり前にやっていたのだ。無理矢理連れまわされたと云った方が、いいのだが。
「時々お前、変なこと云うな」
「そうなのか?」
「んで、お前、野田を廊下で押し倒したんだって?」
「野田?」
僚が疑問に思うと、鴫野が京橋の後ろに隠れている少女を親指で指す。
僚はその野田の方を見る。
野田は真っ赤になって完全に京橋の後ろに隠れた。
「あ、そうだ。思い出した。あれ、一体どう云うことよ」
京橋は野田を庇うように云う。
「勘違いだよ。京橋とぶつかりそうになったから、避けたんだよ。避けた先に、野田がいたんだよ」
「本当かよ?」
「その割には、豪快にジャンプしてた気がするけど」
「びっくりした! ってのも合わさっているんだよ」
言い訳になっていない気はするが、今の時点で能力をばらすわけにはいかない。
「もう、いいよ」
そうつぶやくようにいったのは、野田だった。
「私、怒ってないし……」
そういって、ますます京橋の後ろに隠れながら云う。
当然ながら、顔が真っ赤だ。
「んで、お前はなにしてんだよ?」
鴫野が話をそらしてくれた。
「アルバイト探しているんだ。家計が厳しくてな」
「ほう」
「あ、ならうちでアルバイトしないかな?」
そう野田が云う。
「え?」
「うち、喫茶店やっているんだけど、厨房の人が今、長期で休んでて、お母さん1人でやっているから、大変なの」
そう野田が云う。
「青陵院君。料理出来るの?」
そう京橋が訊く。
「ああ、両親が多忙で、夕食は妹たちと順番に作ってる」
「なら、問題ないな。青陵院がいいのなら、野田んちでいいんじゃね?」
「よろしく頼むよ」
僚がそう返事をすると野田は小さくガッツポーズをした。
そのまま4人で野田の喫茶店に向かう。
「なんか、えらく混んでいるな……」
野田の実家の喫茶店は席が全部うまっていた。
「お母さん。どうしたの?」
「あ、彩! アルバイトのウェイトレスの娘が急にこれなくなっちゃって、オエステちゃん1人でまわしてるの。お願いだから手伝って」
「判った」
野田はそう云って、カウンターの奥へ向かった。
「あら、ケーちゃん、ごめんね」
そう、この店のマスターらしい女性が云ってきた。
おそらく野田の母親だろうか。とても一児の母には見えない若さだ。
「いえ」
京橋は、いつものことだ、みたいな感じで応えた。
「カウンターの席なら空いてるけど?」
「あ、私も手伝いましょうか?」
「あら、お願い出来る?」
「あんたもアルバイトで来たんでしょ、ついでにやりなさいよ」
「判った、よろしく頼むよ」
「俺はそういうのパス」
鴫野はそう云って、帰っていった。
「薄情なヤツ」
「和馬はいつもそんな感じね」
そういいながら2人でカウンターの奥にある野田の自宅に入っていく。
京橋はずんずん入っていき、2階にある野田の部屋の前にきた。
「ここが彩の部屋よ」
”彩‘Sルーム”と書いてある板が張ってあった。
「彩、開けるよー」
『いいよー』
そう返事があったので、京橋がドアを開ける。
「私もてつだ――」
そこまで云って、京橋がとまる。
「え?」
野田はウェイトレスの制服に着替えている途中だったのだ。
ピンクのパンツとブラジャーが丸見えだった。
「きゃ!」
「見んな!」
ばん!
ものすごい音がなって、ドアが閉まる。京橋は中に入った。
やばかった。今突き飛ばされていたらよけられなかったな。
「あんたまで来ることはなかったでしょ!」
ドアの向こうから京橋の声が聞こえる。
「お前が連れてきたんだろう!」
「ケンカしないで! エプロン渡すから、青陵院君はそれで、お願い」
再びドアが開き、私服にエプロンをつけた野田が、おそろいのエプロンを手渡した。
野田の家の喫茶店はウェイターとウェイトレス2人が加わり、回りだすようになった。
「青陵院君は、料理も出来るんだよね?」
「ああ」
「ならお母さんの方を手伝ってあげて」
「了解」
僚はそう云って、厨房の方に入っていく。
「お母さん、なにか手伝いますよ」
野田がお母さんといったのが、移ったのか、あまりの若さに、おばさんというのが阻まれたのか、お母さんと呼んでしまった。
「あら、ありがとう。なにが作れるの?」
野田のお母さんは、何事もなく、スルーしてくれた。
変な風に勘ぐられるのはいやだな。
「軽食ならなんでも。妹たちに作ってますから」
「それは頼もしいねぇ。あの娘たちが持ってくる伝票に書いてあるものを作っていけばいいのよ」
「判りました」
僚が手馴れた手つきでパスタを料理していると、
「ねぇ、僚クン」
と、野田のお母さんが話しかける。
「はい」
「君が僚クンなのよね?」
そんな変な質問をしてくる。
「はい?」
「昨日からね、うちの彩が、僚クンのことばかり話すのよ」
「はぁ」
「その昨日に会ったばっかりなのにねぇ」
「……」
「僚クン、いきなり彩を押し倒したんだって?」
「ぶっ!」
「大胆ねぇ」
「ち、違いますよ。ご、誤解です」
「そうなの? 彩はそんなこと云ってなかったけど」
「京橋さんと一緒に歩いていたんですよ。彩さんは! それで京橋さんを避けようとして彩さんにぶつかったんですよ!」
「本当に?」
「本当です!」
「そっかぁ、残念だわ」
「?」
「あの娘。引っ込み思案なんで、今まで彼氏なんて、作れなかったのよねぇ。それがいきなりあんなこと云い出すから、やっと春が来たって喜んでたのに」
「春って……」
「んじゃ、僚クンは、ケーちゃんと彩、どっちが本命なの?」
「ぶっ! いきなりなにを?!」
「どっちが好みなのか訊いてるのよ?」
「どっちも、好みとかじゃありませんよ? 転校しきてまだ1週間なんですよ。まだ彼女たちのこと、よく知りませんし」
「そっかぁ、残念ねぇ。でも、うちの娘、押し倒したんでしょ? 責任は取ってね?」
「せ、責任って!」
「青陵院君、お母さんとなに、話しているの?」
料理を取りに来た、野田に声をかけられる。
「な、なんでもないよ?」
「そっ、そう?」
僚はパスタを渡しながらそういった。
「んじゃ、運んでくる」
野田はそういって厨房を出ていく。
「私はてっきり、もうそんな関係になっているんだとばっかり」
「な、なんでですか?」
「鴫野君ときた時、ダブルデート中なんだと思っちゃったのよ」
「なんつー母親だ」
「んじゃ、あのオエステちゃんはどう?」
「オエステ?」
「アルバイトの娘よ」
「あぁ、かわいらしいですね。外国の方ですか?」
「ハーフみたいね。名前は、オエステ・九条っていうのよ」
オエステと呼ばれた娘をみる。金髪碧眼……。絵に描いたようにかわいい娘だ。
「そうですか。ここの制服もよく似合ってますし」
「でしょ? あの娘も最初はウブでかわいらしかったのよ」
「今は違うみたいな言い方ですね?」
「そりゃ、小さなサテンといっても、接客業ですもの。だんだんとウブなんてどっかいっちゃうわ」
「そう云うもんですか?」
「そうよ。うちの彩もすぐよ」
「……」
僚は、そう云われて、フロアの方を見る。
フロアでは、オエステと呼ばれたハーフの娘と、野田、京橋が忙しそうに動いてた。
ふとオエステと呼ばれたこと目が合う。
オエステは頬赤く染めた。
(あれ? あの娘にはまだ触れてないよな?)
「僚クン、今日はありがとうね」
21時になり、野田の喫茶店は閉店作業にはいった。
「はい」
「お母さん、どうなの? 採用の方?」
「そうね、厨房もフロアも問題なさそうだし、僚クンがよければ、採用ってことでいいかな?」
「はい、よろしくお願いします」
「やったー!」
野田は大喜びする。
なぜかオエステと呼ばれた娘も小さくガッツポーズをしていた。
「あらオエステちゃん? どうしたの?」
「い、いえ……。これで、ちょっとは忙しくなくなるかなぁっと」
「本当に?」
「ほ、本当です!」
オエステはなぜか、赤く顔を染めた。
(俺、この娘には、触ってないよなぁ)
「あらあら、彩とケーちゃんに強力なライバルね?」
「わ、私別に!」
京橋が全力で否定する。
「私は、負けませんよ! オエステさん!」
野田は、そう全力でライバル宣言をする。
「どうしてこんな展開に?」
◆
オエステは駅の方なので、そのまま別れ、京橋とは途中まで、一緒に帰ることになった。
「あんた、よくパンツ見てくるんだけど」
「見てないよ!」
「ウソ!」
「見えちゃってるんだよ!」
「ウソばっかり。まぁ、そんなことはどうでもいいんだけど」
「いいのかよ」
「ピンクが好きなの?」
「へ?」
「なんか私がピンク色を履いている時に、見られているきがするの」
「気の所為だと思うけどな?」
「そう?」
「毎朝、妹たちのパンツを見ているけど、ピンクだと欲情するとか、ないし」
「毎日見てる? 妹たちのを?」
「ああ」
「なんか、すごい関係ね」
「狭い家だしな、仕様がないよ」
「でも、妹のパンツと同級生のパンツは一緒じゃないでしょ?」
「え? 一緒だろ? パンツは、パンツじゃないか」
「なんてニブチンなんだろう?」
「え? なんか云った?」
「なんにも!」
そんな会話をしていると、目の前を梅田が横切る。
「あ……」
僚は思わず声を出してしまった。
「……」
梅田は僚を見て、驚いた顔をするが、京橋を見てすぐに冷静さを取り戻し、そのまますたすたと歩いていった。
「……」
「誰?」
京橋はそう聞いてきた。
「うちのクラスの梅田」
「え? 彼女、うちの制服着てなかったよ」
「ああ、でもそうなんだ」
確かに違う制服なのだが、今はっきりと判った。
あの短めのスカートを履いた、巻場高校とは別の学校の制服を着た少女、学校でツッケンドンな彼女は、あの丘の上の公園の白い麦藁、白いワンピースの娘だった。
「でも、変だな」
「なにが?」
「あれ、中学の制服だよ?」
「え?」
「確か、駅向こうの私立の中学校の制服だったと思う」
「……」
(一体、なにが……)
中学生の時の、スカートが短い制服を着て、夜の駅前でオジサマを待っている少女。
僚には、ますます悪い想像しか出来なくなっていった。