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たちきす  作者: 鷹玖
1話 「阿部 つかさ」
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1話 「阿部 つかさ」 その2

 放課後になった。


 学校を出た僚は、駅前の商店街へ向う。

 僚は、うちの家計を助けるため(ほとんど僚の所為なのだが)アルバイトをしようと考えていた。これ以上両親に迷惑をかけられないのと、また引っ越しすることになっても、今度は自分だけ引っ越ししすればいいように、経済力を身につけるためだ。

 高校生ならそれも可能な年齢といっていいだろう。


 駅前の商店街に着く。ここの町はまだ大型スーパーが進出してきていないので、商店街に活気があった。


(なんかいいアルバイト先があったらな)


 店先にアルバイト募集って張り紙がないかを探していると、鴫野が話していた、天上一品の店を見つけた。

 昼間の学食のラーメン定食はイマイチだったので、腹ごなしに入ってみることにした。


「いらっしゃいませー」


 そう元気欲挨拶してきたのは、若い少女店員だった。


「ん?」


 なんか見覚えのある顔だった。


「阿部?」


 阿部は三つ編みを降ろしていた。少し雰囲気が違うが、間違いないだろう。


「え?」


 阿部はしばらく僚の顔を見て、今日の転校生であることを思い出したようだ。


「なんであんたが、私の名前、知ってんのよ?」


 阿部は学校とは違う感じで話してきた。


「えっと、鴫野から聞いた」


「ふーん。で、なんにするの?」


 僚は、テーブル席に案内された。

 まだ夕飯時には程遠いので、店内には、僚しかいなかった。


「こってりの大盛りで」


「はい! ちょっと待ってて」


 店員が取る態度じゃないよなぁ。

 と思いつつも、学校で会うのとは雰囲気が違うなと、感じた。

 といってもまだまともに話してはいないのだけれども。


(あれ、そういえば、うちの学校、アルバイト禁止じゃなかったっけ?)


 僚もアルバイトを探しにきた身なので、他人のことは云えないのだが。


「おまちど」


 阿部はそう云ってラーメンをテーブルの席に置き、対面の席に座る。


 僚がびっくりしていると、


「いいじゃない? 暇なんだし」


 と云って、笑いかける。


「ああ……」


「ここのラーメン、好きなの?」


「結構」


 そう返事をしつつ、ずるずるとラーメンをすする。


「ふーん。私は、あっさりの方が好きだけど」


「委員長……」


「なに?」


「なんか学校と雰囲気違うな?」


「まぁねぇ……」


「……」


「学校じゃ、キャラ作っているもの」


「そうなのか?」


「うん」


 なんで? とは訊けなかった。


 僚はまだそんな仲ではないと思ったからだ。


 すると、


「ありがと」


 と阿部はそう云った。


「なにが?」


「『なんで?』って訊かなかったからよ」


 そう云って、阿部は、僚のレシートを持っていった。


「おごってあげる。だから学校では秘密よ?」


 そう笑って、カウンターの奥へ消えていった。


「秘密? どっちがだよ」


 アルバイトのことなのか、キャラを作っていることなのか。


   ◆


 翌日、目が覚めると、2人は既に中学校の制服姿だった。


「ちっ」


「なにが、『ちっ』なの? お兄ちゃん?」


「なんにも」


 制服姿もかわいらしい。目の保養とはこのことを云うのだろうか。


「なんか、身の危険を感じるんだけど?」


「気の所為だよ」


「ホントに?」


 妹2人は、僚が触っても問題のない数少ない少女である。


 僚が気を使わなくていい、安心出来るといっていいのだ。


 かといって、ベタベタ触るわけにはいかない。兄の威厳というものがある。


「「威厳より世間体を気にしてよ!」」


 薄情な妹たちである。


  ◆


 あまり上を向いて歩けない坂を登っていく。


「よう、青陵院!」


 苗字で呼ばれるのはなんか歯がゆいな。

 そう思っていると、突然肩が重くなる。

 鴫野が肘を乗せたからだ。なれなれしいヤツ。そう思っても、口に出さない。


「転校初日どうだった?」


「ん?」


「授業についてこれた?」


「まぁな、前の学校とそんなに変わらないし。授業内容もそんなに差はないな」


「そりゃ良かったな」


 はっはー。


 みたいな軽薄さでしゃべる。


「お、今日はピンクのパンツだな」


 鴫野がそう云うので、思わず顔をあげる僚。

 短めのスカートからピンクのパンツをのぞかせている女生徒がいた。

 その娘と目が合う。

 さっと、カバンでスカートを抑えるが、時既に遅し。

 その娘は顔を真っ赤にして、


「和馬のバカー!」


 そう叫んで、走っていった。


「走ると丸見えだぞー」


「あほー」


「和馬?」


「ああ、俺の名前。俺は、鴫野和馬ってんだ」


「へー」


「あいつは、京橋京子。俺の幼馴染、ケーケーって周りから呼ばれているよ」


「ケーケー?」


「京橋京子の京の字ふたつで。京京でけいけい、ケーケー」


「はは」


「変な笑いだな。ケーケーは、隣のクラスなんだぜ」


「へぇ」


 教室に入ると、びっくりしたことがあった。


 昨日、僚にあてがわれた席に、女生徒が座っていたからだ。


 足を机の上に投げ出している。前の席に座っている今宮の頭の上までそびえている。


 自由は校風なのが売りで、ほとんどの女生徒がスカートを短くしているのにもかかわらず、その女生徒は、規定の長さのままである。


 それでも、その足の長さからスカートが短く感じる。それだけでもプロポーションがいいのが判る。


「俺の席……」


 僚がそうつぶやくと、きっ! って感じでその女生徒は睨む。


「ひっ!」


 そう情けない声をあげると同時に、どこかで会ったことがあるような気がした。


「この娘……」


 その女生徒も僚の顔を見てなにかを思い出したようだが、ぷいと横を向いてしまった。


「確か丘の上の公園で……」


「……」


 その少女はなにかバツが悪そうにしている。

 僚はあの丘の上での印象しかない。


「同じクラスだったんだ」


 そこまでつぶやくと、


「はーい、みんな席に座ってー」


 城園がHRのために、教室に入ってきた。


「あら、梅田。珍しい。今日は登校日なのね?」


 城園は僚が立っているのを見て、僚にあてがった席に女生徒が座っているのを見た。

 なにが登校日か。俺の席はどうすんだよ?

 っと、僚は心の中で云う。

 またこの担任に絡まれるのもごめんだ。


「あー青陵院の席がなくなったなー。そうだ確か倉庫に届いているはずだから、阿部と一緒に取りに行ってくれ」


「なんで私が!」


 がた! っと音を鳴らして、阿部が立つ。


「お前委員長だろ?」


「そうですが……」


 委員長が口答えって珍しいな。

 そういった雰囲気が教室を支配した。


「い、いきましょ、青陵院君っ!」


 阿部がそういって手を伸ばし、僚の手をつかもうとしたので、僚は思わず避けてしまった。


「え?」


 普通に考えたら、相手を傷つけてしまう行為である。

 しかし僚は事情を説明するわけにもいかないので、すたすたと扉までいき、


「倉庫ってどこ?」


 ってぶっきらぼうに云った。


「こっちよ」


 阿部からは手が伸びてこなかった。

 倉庫まで2人は無言だった。

 阿部がカギを開けて倉庫に入り、僚も続いて倉庫に入る。カビ臭いにおいが充満していた。


「えーと、届いた机と椅子は……」


 机と椅子を探す阿部を見ていると、


「そんなに私が猫かぶっているのがいや?」


 とつぶやいた。


「え?」


 僚は彼女がなにを云っているのか判らなかった。


「あんな避け方しなくても……」


「ああ、さっきのことか。違うよ。俺は女性恐怖症なんだ」


 もちろんウソである。いや、100%ウソとは言い切れないかもしれない。


 僚は女性に触ることが出来ない。触ると、大変なことになることが判っているから。

 だから普通に触れる妹たちに萌えているのかもしれない。


「ウソ」


「ウソじゃないよ。昨日の先生とのやり取りも見ただろ。触られるのがいやなんだよ」


「……」


 確かにあのやり取りはおかしくあったが。そういう理由であそこまで避けるのだろうか。阿部はそう思った。


「じゃ、今、ここに私と2人でいるのが怖いの?」


「ああ」


「ウソ。昨日の天一では、そんな雰囲気なかったよ?」


「我慢してたんだよ」


「信じられない」


「信じなくてもいいよ。でも君を傷つけるつもりはなかったんだよ。そのことは謝るよ。ごめん」


「……」


 しばらく沈黙が続く。


「あなた、梅田さんのこと、知っているの?」


 阿部はそう切り出す。梅田とはあの不良っぽい娘のことだろう。


「え?」


「彼女、初日に来て以来、ずっと不登校だったのよ」


「へぇ」


「なのに、昨日転校してきた、あなたが知っているなんて変じゃない?」


「勘違いだったよ。知らない娘だった」


「ふ~ん……。本当に?」


「なんでそんなこと訊くんだよ」


「あの娘、初日にいきなりケンカして、不良のレッテルを貼られているの」


「え?」


 僚には、信じられない言葉だった。あの丘の上であった少女からは想像出来ない。


(本当に別人なのかな?)


「そんな娘がいきなり登校してくるなんて、センセーも机手配するの、遅くなるよね」


「……」


 奇妙な沈黙が続く。


「その娘と知り合いだって、なんか……ね?」


「……」


 が、その沈黙を破るように、ホームルームが終わるチャイムがなった。


「戻りましょ」


 阿部がそう云って、見つけた僚の机を持ち上げようとする。


 しかし無造作に机の上に置かれた椅子が、阿部目がけ落ちてきた。


「危ない!」


 僚はとっさに阿部を抱き寄せてしまった。


 がちゃーんと机と椅子が転がる。


(やってしまった!)


 僚はそう思った。


 しかし僚の席に座っていたあの少女、梅田が自分になにも感じなかったことを思い出した。


 もしかしたら俺の能力がなくなっていて、あの少女にも効いていなかったのかも!


 そう思いつつ、腕に中に包まれている阿部を見る。


 顔が真っ赤になっている。目がうるうるしている。


「だめか……」


「なにがだめなの?」


 今まで聞いたことのない、阿部の声である。


「やってしまった」


「……まだ、なにもしてないよ」


「なにを云って……」


 僚が阿部を見ると、目を閉じて唇を突き出している。


「はぁ……」


 自分の能力が健在であることが確認出来た。ため息しか出ない。


「どうするよこれ」


「なにしてるんですか?」


 そう声をかけてきたのは倉庫の扉の前に立つ今宮だった。


「い、や、なにも! 今から教室に戻ろうと、な! 委員長!」


 阿部は邪魔されたとばかりに、今宮を見る。


 今宮はびくっとなって、縮こまった。


 こいつ本当に男なんだろうか。僚は不思議そうに今宮を見た。


「城園先生が、2人が遅いので見て来いって……」


 今宮はなぜか言い訳がましく云う。


「……」


 教室に戻るまで、今宮と阿部は無言ではあるのだが、2人とも僚を見てはいちいち赤くなるのだった。


「なんなんだ……、これ……」


 教室に戻った僚は、窓際の一番後ろに自分の席を置いた。

 前の席、今は梅田と呼ばれたあの丘の上の少女が座っている列と同じ列になる。

 一番後ろなので、教室全体が一望出来る。

 今宮は相変わらず、僚を見ては、目が合うとびくっとなり、顔を赤くして、また前を向く。

 数回に一度は梅田と目が合うらしく、びくっとなって、前を向くということを繰り返している。


(ちゃんと授業を聞けよ)


 僚がそう思っていると、今宮と同じことをしている女生徒がいた。

 阿部だ。

 阿部も僚の方を見ては、僚と目が合い、顔を真っ赤にして前を向きなおす。


(こっちは完全にやっちゃったな)


 転校2日目。今までの最短記録を更新してしまった。


 転校せざるをえない状況の最短記録は前回の3ヶ月だ。


 今回はその記録を更新してはいけないどころか、家族5人ともども、ここで暮らしていかないといけないのだ。


(しかし2日目かよ。なさけねーな)

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