1話 「阿部 つかさ」 その1
2段ベッドの下で目を覚ました僚の目に飛び込んできたのは、ふたつのかわいらしいお尻だった。
白いパンツとブルーのストライプのパンツである。白いパンツは美加、ブルーのストライプの方は、由加である。
いくら妹とはいえ、お尻の形で双子を見分けることが出来るのは、兄としては、どうなんだろうか? 僚はそう考えながらも、ひとつの嗜みとしていた。
そのふたつのお尻の持ち主は、パンツとおそろいのブラジャーを、かわいらしげな胸に装着しているところだった。
2段ベッドは狭い部屋に置いてあるので、2人はベッドのすぐ横で制服に着替えていたのだ。
と、そのうち由加が、僚の目が開いていることに気づく。
「あ、お兄ちゃんが起きてる!」
「え? な、なに見てんのよ!」
僚が寝ているところに同時に肘が飛んでくる。
2人の同時のエルボードロップは僚に致命傷を与えた。
「エルボー攻撃もいいが、まず下着をちゃんと着けてから……」
「「み、みるなー」」
「ごふう!」
2人の同時アッパー攻撃で僚は息を引き取った。
◆
この3人兄妹の両親は仕事のために、既に家を出ていた。
僚の通うことになる高校は、妹たちの中学より遠いので、2人を置いて先に家を出た。
「「もう帰ってくるなー」」
兄妹とは思えない罵声である。
7月上旬ともなると、夏の日差しが徐々にきつくなる季節だ。
しかしこの引っ越ししてきた新しい町は、大きな山の麓にあるため、涼しい風が吹いていた。
僚の高校は、アパートよりさらに登ったところにあるため、少しきつめの坂を上ることになる。
学校に近づくにつれ、僚と同じ制服を着ている生徒が増えてくる。
女生徒も典型的な普通のセーラー服だった。ある程度校則のゆるい学校なのか、スカートの長さはまちまちだ。
と云っても、今の流行は短めだった。
この坂を登ることになるのだから、あまり短すぎると、後ろを歩く男子生徒は目のやり場に困ることになる。
3ヶ月も通っていれば、男子生徒もそのことに気づくのだろうが、僚は道を確かめる理由もあるため、上を向いていた。
そこは短めのスカートだらけだった。
風が吹けば天国?
そんな邪まな考えを持っていると、ごうっと風が吹く。しかし、僚は目を伏せるのであった。
◆
7月の上旬に転校してくる高校生。
高校生にもなって、転校というのは、結構珍しいという。
1年生の7月というタイミングは、事情を知らない人から見れば、違和感のある月らしい。
僚にとっては、既に覚えていないほどの転校を繰り返してきているので、その感覚はないのだが。
そして僚には通例となった転校生の紹介の儀式。
通過儀礼なのだが、今回は少し違った。
「こんなタイミングで転校してくるヤツは珍しいな」
担任の女教師が云う。
三十路には届いていないように見える。美人とも云えるが、口調が男らしい。
僚はその口調をやめれば、男子生徒からはモテるんじゃないだろうかと考えた。
「名前を」
「青陵院僚です。よろしくです」
既に、何度このシチュエーションを経験しているだろうか。クラス全員の目が僚を向いている。
「ま、変な時期の転校生だが、みんなよろしく頼むよ!」
そう云って担任の城園は僚の肩をたたこうとした。まぁ、普通ならよくある光景なのだが、僚にとってそれは一大事である。
ひょい
ってな感じで、僚は一撃を避けた。
空振りする城園の左手。
「……」
「……」
「なぜかわす?」
「いえ、特に」
「まぁ、変な時期の転校生だけど、みんなよろしく頼むよ!」
城園は生徒の方を見ていない。意地でも左手で僚の肩をたたくつもりだ。
左手をあげて、じりじり距離を縮める。
僚はその手に触れるわけにはいかなかった。転校初日から担任に追いかけまわされるのは、さすがにきつい。過去の恐怖がよみがえる。なかには50過ぎの担任の先生も居たことを思い出す。
「よろしく頼むよ!」
城園はそう叫んで、左手を振り下ろす!
間一髪で僚はそれを避ける。
「頼むよ!」
ひょい!
そう簡単に当たるわけには、いかなかった。
「はぁはぁはぁ」
「ふぅふぅふぅ」
にらみ合う2人の戦闘状態に割り込むように、
「センセー、いい加減、ホームルームを進めてください!」
痺れを切らした女生徒がそう叫ぶ。後ろ髪を左右に分け、三つ編みをしている、いかにも委員長って感じの娘だ。
「ちっ」
城園はそう舌打ちした。ようやくあきらめてくれたようだ。
「では、青陵院の席は……」
「センセーまだ、用意してませんよ?」
その委員長がいう。
「あ、忘れてたよ」
「忘れんなよ」
僚の的確な突っ込みで、城園は再び左手をあげる。
「センセー!」
その仕草を委員長は見逃さない。
「ち、仕様がない、あの空いてる席にとりあえず座っておいてくれ。机と椅子はあとで手配しておくから」
ようやく開放された僚は、指定された席――1番窓側の前から3つ目の机に座った。
誰も座っている様子がない机だった。
既に7月上旬である。ここまでこの机に本来座っているはずの生徒が、存在感を醸し出さないのも珍しい。
「いやぁ、楽しかったよ、君と城園センセーとのバトル」
そうって話しかけてきたのは、前の席に座っている男子だった。
「そうかい?」
「ボクは、今宮明。よろしくね」
なんか男子っぽくない声色である。
僚が机に違和感を感じ取っているのに気づいたんだろうか、
「あ、その席、今、不登校の子のなんだ」
そう云って、今宮と名乗った少年は、右手を差し出してきた。
「ああ、よろしく」
僚はその右手を握り返していた。
「え!!」
なんか変な声をあげたのは、今宮の方だった。
?
僚が不思議な顔をすると、今宮は顔を真っ赤にして、前に向きなおした。
(この反応は……)
どう見ても僚が女性に触れてしまった時の反応である。
しかし今宮と名乗った生徒は、男子の学生服を着ている。
普通の学校で女子が男子生徒の制服を着るだろうか。
が、この反応を見る限り、今までのパターンに酷似している。
いきなりやってしまったか?
担任とのバトルに勝利したにもかかわらず、こんなところに地雷があるとは……。
いや、まだ地雷と決まったわけではない。このナヨっとした生徒は男子学生服をきているのだ。男だ、男であってほしい。
しかし今宮はちらちら後ろを見てくる。必然的に、僚と目が合う。すると、今宮は真っ赤になって、前を向きなおすのである。
いやな予感しかしない。
午前中の授業はずっとそんな感じだった。
★
昼休み。
この学校の事情がよく判らないため、僚は食事をどうしようか迷っていた。
「確か学食があるはずなんだが」
この学校のパンフレットに、楽しげに食事をしている生徒の写真が載っていたのを思い出した。
「よう転校生、お前昼飯どうするんだい?」
そう話しかけてきたのは、今宮とは違いがっちりとした体格の男子生徒だった。
「そうだな。学食にしようと思っていたんだけど、場所が判らなくて」
頼りにしようと思った今宮は昼休みのチャイムが鳴った途端に、教室を出ていってしまった。
「そうかい。なら俺と学食にいくかい?」
「ああ、よろしく頼むよ」
「判った。俺は鴫野ってんだ、よろしくな」
渡りに船とはこういうことを云うんだろう。
「ありがとう助かったよ」
「いいってことよ」
2人で廊下を歩いている。
「しかしお前、7月の転校ってまた珍しいな」
「そうかな? 俺は転校を繰り返しているから、月によって珍しいとか、判らなくて」
「転校を繰り返すって、なんでまた?」
「あ、ああ、両親の仕事の関係かな……」
僚は誤魔化すように応えた。
「ふーん。あ、ここが学食のある食堂だぜ。食券制なんで、アニメや漫画にある学食バトルは見られないがな」
鴫野はそう云って、券売機に並んでいる列の一番後ろに並ぶ。
「まぁ、人気メニューはチャイムダッシュしないと売り切れてしまうけどな」
「やっぱ、そういうのはどこの学校にでもあるんだな」
そんな話をしているうちに、僚の順番になった。僚はラーメン定食のボタンを押した。食券がペロっとでる。これを窓口までもっていけばいいのだろう。
――50人が入れればいい方だな。
食堂を見渡しながら歩いていると、先ほどの委員長がいた。
まだ生徒の顔と名前が一致していないが、彼女の顔は覚えていた。勝手に委員長と名づけたが、委員長かどうかも判らない。
当然名前も知らない。
「ん? あぁ、同じクラスの阿部だな」
僚が、その女生徒を観ていたのに気づいたのだろう――鴫野はそう云った。
「彼女、うちのクラスの委員長なんだぜ」
「あ、やっぱり?」
「お前もそう思った? 典型的な委員長キャラだから、1学期そうそう委員長やらされてんだぜ?」
「ふーん」
阿部と呼ばれた彼女は1人でカレーライスを食べていた。
(普通は女友達と食べないのだろうか?)
僚は、学食を1人で食べている阿部になにか違和感を覚えた。
「うまかったか? うちの学食?」
うどん定食を食べ終わった鴫野が訊いてくる。
「ラーメンはイマイチだったな。あれなら、うまいチェーン店のラーメン、食べた方がましだな」
「うまいチェーン店?」
「天上一品」
「ああ、あのこってりとかあっさりとかスープを選べるところね? 確か駅前の商店街にあったな」
「本当か! よかったよ、この町にもあって!」
そんな会話をしつつ、教室に戻ってきた。
お昼を食べ始めたのが遅かった所為か、もうすぐ午後の授業が始まる時間だった。
午後の授業が始まると同時に、今宮が席に着く。
午後の2時限の間もちらちらとこちらを見ては、顔を赤くしていた。
(なんかやばいなぁ)