了 「友達」
僚の怪我はたいしたことはなかった。
1週間程度の入院でなんとかなるほどの軽症だった。
「林檎剥こうか?」
そう云ってきたのは、赤点がいっぱいの試験結果を持ってきてくれた阿部だった。
「お願いするよ」
「じゃ、私が剥いてあげる!」
そう云って、九条がお見舞いの品から林檎を取る。
「なによ! 私が持ってきたお見舞いよ」
「いいじゃない別に。減るものじゃないし」
「食べたら減るわよ」
目の前で林檎を剥くためのナイフがいったりきたりする。
「あのーお2人さん。俺、ナイフで刺された患者なんですが?」
「あぁ。そうだったわね」
「ごめんごめん」
「そう云えば、さぁ。梅田さんは解除されたんだよね?」
「ああ」
「つまり、私と梅田さんになにか共通点があるってことなんだよね?」
阿部が云う。
「そういうことなんだよな」
「それでいて、私とは違うなにか?」
九条はそう云いながら手を組んで考えるポーズを取る。
「そう云えばさー。私、キスで解除されたあと、すぐ青陵院君に触っているんだよね」
阿部が思い出したように云う。
「え?」
「私、すぐにあなたを突き飛ばしているんだよね?」
「あー、そう云えば」
「ってことは、もう触っても大丈夫ってことじゃないの?」
そう云って、阿部は、左手で両の頬を触れる。
「あーん」
剥いた林檎を口へ運んだ。
「ね? なにも起こらないでしょ?」
「みたいだな」
「だから1回触っても、解除されたら、もう無効みたいだよ」
「新しい発見だな」
「そんなこと云って、本当は残念なんじゃないの?」
「え?」
「本命は梅田さんだったんでしょ?」
「……」
「なら解除しないでおいた方が、都合がよかったんじゃ?」
「そんなことないよ」
「本当に?」
「ああ。俺の力なんて関係なく、俺を好きになってくれる方が、うれしい」
「ほうほう。ってことは、私は眼中にないのかね?」
そう云って、九条は僚の上にまたがる。
九条の学校の制服のスカートは短めだ。僚はスカート中が見え隠れするのが気になるようだ。
「お、病人でも男の子だねぇ」
九条は自分の股間に固いものを感じた。
「当たり前だろ?!」
「やめなさい、はしたない!」
阿部が、そういって九条を引きおろそうとする。
「ちょ、バランスが!」
阿部が、無理矢理引きずり降ろしたため、2人は重なり合って、床に倒れる。
「いったーい」
2人の白いパンツが僚にばっちり見えていた。
「僚さんの股間がさらにっ!」
「もう、そんなことで喜ばないでよ」
「でもさー、私、考えたんだけど」
九条が真剣な顔で言いいながら、立ち上がる。
「なによ?」
「解除される条件」
「ほう」
「梅田さんと阿部さんは、僚さんに好いてもらってからキスされたんじゃないの?」
「は?」
「え?」
「僚さんの本命が梅田さんだったわけでしょ? 小学生のころから相思相愛の2人が再開して、キスしたんだから、まず梅田さんはかたいよね」
「私は?」
「この町に引っ越ししてきてから最初の被害者で、その時点では阿部さん1人だけ、能力にかかっている状態だった」
「……」
「阿部さんのことだから、だいぶ尽くしたんじゃないのかね? いろんなプレイを楽しんだとか?」
「楽しんでませんっ! って云うか、まだそんな関係にごにょごにょ」
「ってことになると、私はそんなに好かれてないってとになるのよねぇ?」
「……」
「どうなの? 僚さん?」
「確かに、梅田のことはすごい好きだったことは間違いない」
「あらあら」
「私の時は?」
「すごく愛おしく感じた」
「ってことは、私は鬱陶しいぐらいに思っていたわけね!」
「そんなひどいことは思ってないけど、好きかどうかと云われると、ちょっとな」
「この野郎、傷つくことをさらっと云いやがって! いいわ、私を好きになりなさい!」
九条はそう云ってまた僚にまたがる。
「そしてキスをしなさい! テストよ!」
「そう簡単にいかないだろ!」
「だって、悔しいじゃない! 僚さんの能力で僚さんが好きでも、どうにもならないのなら、せめて解除してくれてもいいじゃない!」
「ってことは、青陵院君は、好きな人が出来て、その人にキスすると、能力がとけちゃうってこと?」
「俺って、通常の状態で好きになってもらうことは出来ないのか?」
「かわいそうな人……」
「2人ともそんな悲惨な目でみるなよ」
「まぁ、そんなことより、私と解除のテストを!」
「だめだって云ってるでしょ!」
「おやおや。二股ですなー」
そういいながら京橋が病室に入ってくる。
「二股って、僚クン」
一緒に入ってきた野田が悲しそうな顔をする。
「ああ、ごめん、彩。あなたを忘れていたわ。三股ね!」
「え? ケーちゃんなにを云ってっ?!」
「そういう京橋さんはどーなんですか?」
阿部が、ニヤニヤしながらいう。
「わ。私?」
「あら? まんざらでもないのねぇ。ってことは四股?」
「本命は、梅田さんらしいよ?」
九条は腰をくねくねしながら云う。
「「え?」」
そのことを知らない京橋と野田が叫ぶ。
「ってことは、五股っ!」
阿部は自分がカウントされていても、良いみたいだった。
「触っていようが、いまいが、あまり関係ないっぽいね?」
「触る?」
「事情を知らない娘はいいの!」
「にぎやかな病室だな」
「なに他人事のように……」
そう京橋がつぶやく。
「本当です。当事者なのに」
野田がそう続ける。
(この2人にはまだ俺の能力のことは話していない。俺には、これだけ俺を好いてくれている人がいる。でも鴫野が云う通り、本当に人を好きになるという感情は、まだ判ってないのかもしれない)
子供のころから女の人は恐怖の対象でしかなかった。女性恐怖症というには少し違うかもしれないが、恐怖の対象であったのは確かだ。
「つまり、こんな状態で成長してきたから、本当に人好きになるというのは、どう云うことなのか、俺は判ってないのかもな」
「え?」
僚がそうひとりごちると、そこにいた女の子が全員、反応した。
「本命は、梅田さんじゃないの?」
「ってことは、まだ私にもチャンスが?」
「私が立候補します!」
「いや、私よ!」
「私が――」
京橋以外の女子が一斉に騒ぎ出す。
「静かにしてください!!」
そう怒鳴って入ってきた看護婦がいた。
「私も立候補します!!」
その看護婦も顔を真っ赤にして叫ぶ。
「僚!!」
その言葉を聞いて全員が叫ぶ。
「俺にどうしろと……」
◆
退院した僚は、補習を受けるため、閑散とした学校へ向かっていた。
校門から玄関を通り、教室へ向かう。グランドからは、クラブ活動をしている声は聞こえてくる。
夏休みの初日から、補習、そして追試がある。
(ついてないとは、このことを云うのだろうか?)
ほとんど自分の所為なのに、ツキの所為にする僚であった。
自分の教室に入ると、知らない娘が今宮の席に座っていた。
「お、おはよう」
「……おはよう」
その少女は顔を赤らめて、挨拶をする。
僚は思わず返事を返していた。
(誰だろうこの娘?)
赤くなってる顔をよく見ると、例の少女を思いだした。
(あ、人違いって云って、いつも去っていく娘か。今日は制服姿だから判らなかったな。確か隣のクラスだっけ?)
確か、この補修は全クラス共通だ。同じ教室にいてもおかしくはない。
そこへ梅田も入ってくる。
「おはよう……」
僚は梅田にそう挨拶するがが、梅田はプイっと横を向いた。
(なんか、反応は変わってないな)
「ありがとう、入院費を出してくれて」
「……」
梅田を庇って変わりに怪我をしたということで、梅田の母親が入院費を負担してくれたのだ。
(でないと、個室なんて無理だし……)
「おはよー」
そこへ京橋が入ってくる。
「お前も補習かよっ!」
「えへへ。勉強苦手で」
「宿題はさっさとやっちゃうのに?」
「宿題を早く出来るからといって、成績が良いとは限らないっ!」
「よくこの学校は入れたな」
「それはお互い様だよ? あ?」
京橋が、人違い少女を見つける。
「おはよう今宮さん」
「……おはよう」
「今日は女の子なんだね?」
「え? 今宮? 今日は女の子? どういうこと?」
僚の新たな問題が増えた瞬間だった。
終