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たちきす  作者: 鷹玖
5話 「梅田 のぞみ」
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5話 「梅田 のぞみ」 その2

『俺、のぞむっていうんだ。よろしくな』


 僚が転校してきて、最初に友達になったのは、大坂のぞむという男子だった。


『あぁ、よろしく』


 転校しがちな僚は、友達を作るという行為が苦手だった。

 どうせ1年も経たないうちに、引っ越してしまう。

 最初は年賀状をやり取りしたり電話したりしていたが、そういう関係も薄れていくのが小学生だった。


 僚はもう数え切れないほど転校しているので、友達を作るという無駄な行為を好んでしなかった。

 しかし、こののぞむと名乗った少年とは気があった。

 性格が似ていたのか? 行動範囲が似ていたのか? 僚はなぜか惹かれていく。

 のぞむの時折見せる女の子っぽ表情に、憧れを持つようにもなった。


 そんなある日。のぞむと2人でいつも遊んでいる公園にいくと、中学生ぐらいの男子が、遊具にいたずらをしていた。

 ブランコの板をはずしたり、滑り台に落書きをしているようだった。


『なっ』


 のぞむは怒りをあらわにして、叫んでいた。


『なにやってんだよ!』


 その声は僚も聞いたことのない声だった。


『のぞむ?』


『ここは俺達の公園だ。誰にも汚させはしない!』


『あ?』


 その中学生はすごんでのぞむをにらみつけた。


『こわい』


 僚は普通にそう感じた。いや、のぞむも感じていたと思う。のぞむの足がふるえているのが僚には判っていたから。


『のぞむ、やめよう』


『僚! こんなことされて悔しくないのか?』


『悔しいけど、相手は中学生だぜ?』


『そんなこと関係ない!』


『いや、あるだろう』


 僚のその言葉を聞かずに、のぞむは中学生に飛びかかっていった。


『落書きを消せ!』


『んだよ。うっせいな!』


『うぉー!』


 僚も一緒に飛びかかっていた。


  ◆


「……ちゃん! ――ちゃん!」


 自分を呼ぶ声が聞こえる。

 僚はゆっくり目を覚ました。

 知らない天上が広がる。


「お兄ちゃん!」


「美加?」


「お兄ちゃん、目が覚めた?」


「俺。寝てたのか?」


「おかーさんっ! おにーちゃんが目を覚ました」


 由加がそう云って、部屋を出ていく。母は、部屋の外にいるのだろうか?


「こ、ここは?」


「――病院」


 そう応えたのは、美加だ。


「びょ、病院?」


「うん。兄貴、覚えてないの?」


「え?」


「兄貴は刺されたんだよ?」


「刺された?」


 確かにお腹の辺りが痛い。


「痛う」


「まだ痛むの?」


「ああ。ちょっとな」


「兄貴」


 美加はすごい悲しそうな顔をする。


「大丈夫だよ。そんな悲しい顔するな」


 僚はそう云って、美加の頬に手を当てる。


「あに、お兄ちゃん……」


 美加はその手の上に左手を重ねる。


「まだ眠いや……」


「そう、お休み。お兄ちゃん」


 僚はまた目を閉じた。


 ドアが開いて、人が入ってきた気配があるが、構わず眠りについた。


        ◆


 けんかをして、ぼろぼろになっていたのぞむが、鼻血を押さえながらなにかを言いにくそうにしている。そんなのぞむは見たことがなかった。


『僚、実は俺、病気なんだ』


『のぞむが病気?』


『せいどーいつせーしょーがいっていう病気』


『せいどーいつせー? なんか難しいな』


『ああ、心は男なんだけど、身体は女っていう病気』


『へー、ってことは、お前身体は女ってことなのか?』


『うん』


『うっそだー。のぞむが女なわけないじゃん』


『……』


『なら、触らせてみろよー』


『え?』


 僚はそう冗談っぽく、のぞむの胸を触った。


(なんかやわらかい……)


 ぱきんっ!


 なんかのぞむの方から、例の音が聞こえてきた。


『お、お前、本当に……?』


 のぞむは、胸を押さえながら、顔を真っ赤にして、逃げ出していった。


『のぞむが女? ってことは、触っちゃった……』


 僚はあれだけ母親に散々女の子には触るなと云われているにもかからず、迂闊に触ってしまったことに、後悔していた。


              ◆


 僚が再び目を覚ます。既に夜なのだろうか? 消灯され、天上もよく見えない。


「ああ。そか、俺、刺されたんだけ?」


 身体を起こそうとするが痛みが走り、上手に起きられない。


「痛ぇ」


 ふと床を見ると、寝袋がふたつある。美加と由加だった。


 すーすーと、かわいらしい息遣いが聞こえる。


「2人ともぐっすりだな」


 僚はそうひとりごちていると、


「起きたか?」


 そう扉の方から声が聞こえた。

 すっと陰から現れたのは、梅田だった。


「梅田……」


「ごめん……、なさい」


「え?」


 僚はそう聞き返す。


「俺の所為で、その」


「大丈夫だよ。君の所為だと思ってないさ」



「でも」


「こちらこそごめん」


「え?」


「俺、梅田に――過去に会っていたんだな」


「え? どうして?」


「お前、大坂のぞむだろ?」


「!!」


「やっぱりそうか」


「……」


「夢を見たんだ。お前と遊んでいたころの……な」


「……」


「あのとき、お前は男だったんだよな。あ、言い方が辺だ。性同一性障害。心の病気だ」


「ああ」


「小学生のころは、友達が男か女かなんて、あまり関係なかったから、そんな病名いわれても、判らないよ」


「そうだな」


「その病気は治ったのか?」


「いや、まだだよ」


「え?」


「心は男のままさ」


「そうか」


「でも、お前の所為で、女の心が芽生えた」


「え?」


「あのとき、お前に触られるまで、俺は完全に男だった。でもお前が俺の胸を触った時、頭にぱきんって音が鳴ったんだ」


「そうか」


「そしたら、お前が、好きでたまらなくなった」


「……」


「でも、お前、いなくなっちゃうんだもんな。俺の心めちゃくちゃにしてな」


(そんな心の病気でも俺の力は関係なく発動するのか)


 僚は、それがいいことなのか、悪いことなのか判らなかった。


「ずっと、男なのに、どうして身体は女なんだろう。どうしてこんな身体なんだろうって、ずっと悩んでいた。病気だって云われても、それを治してくれる人なんて

いなかった。そんな時、お前がよけないことをしてくれてんだな」


「え?」


「さっき妹さんたちから聞いた。お前に触るとお前のことを好きになるんだな」


「ああ。当然男には効かないんだけどな」


「なんなんだよ、その変な力は……」


「ごめん」


「俺は、身体は女でも、心は男のつもりだった。でも、女の心がお前を好きだという」


「そ、そうか」


「でも、俺のことを、こんな変なヤツを好いてくれるヤツが現れた」


「大正か?」


「ああ。あいつは、大正せらは、こんな俺でもいいと云ってくれた」


「あいつは百合だからな」


「そんなじゃない?!」


「おい!」


 僚はそう云って、寝ている2人を見る。


 すーすー。


「大丈夫みたいだ」


「あいつは、私の人間性を好きになってくれたんだよ」


「そうなんだろうか」


「……お前信じてないだろ?」


「ああ」


「ち、まぁ、そんなことより、俺は中1の時はいじめられてたんだ」


「え? お前が?」


「ああ。こんな身体だろ? お前と別れたあとは、友達を作らなくてどちらかと云えば引っ込み思案だったんだ」


「へぇ」


「さすがに中学にあがったころ、いくら心が男だからといっても、更衣室は同じに出来ないよな」


「まぁな」


「だから俺、隅で着替えていたんだ」


「そうか」


「そうしたら、だんだんといじめられるようになって」


「……」


「でも、両親の仕事の関係で、この町の駅向こうの中学に転校することになった。そこで大正に会ったんだ」


「ほう」


「あいつを護るために私は強くなろうとして……。あれ、俺なんで、こんなことはなしているんだ?」


「もう、いいよ」


「え?」


「そこまで聞けば充分さ」


「でも、まだ……」


「じゃぁさ、俺を刺したヤツのこと教えてよ」


「え? 塚本?」


「ああ」


「入学式の時、いきなり私に告白してきたんだ」


「へぇ」


「当然、私が男なんかに興味持つはずないから、振ってやった」


「まぁ、そうだろうな」


「そして、その日は、お父さんとの面会の日だった」


「面会?」


「うちの両親いろいろあって、離婚してたんだよ」


「それで、梅田の姓になったのか」


「そう。それで、月1回、お父さんと会っていたんだ。それが入学式の日だった。でも、お父さんが来る前に、塚本が現れたんだ」


「え?」


「『こんなところでなにしているんだよ? 援交でもしてるんじゃないのか?』って」


「……」


「私は適当にあしらってたんだけどね。せらが現れてね。あいつあの性格でだろ? 塚本をどんどん追い込んでいったんだよ」


「あいつらしいな」


「そうしたら、あいつ切れちゃって」


「まさか、ナイフを?」


「そう、とりだしたわけよ」


「なんつー、短絡的な」


「そしてせらを刺しにかかったので、とっさに私が前に出て」


「う」


「ぐさっとね」


「いてぇ」


「お前より重症だったんだぞ? 全治3ヶ月」


「そうかそれで、あの日にお前が登校してきたのか」


「そういうこと」


「あれ? じゃ、なんで中学の制服なんだ?」


「あれは、な――。お父さんが、リハビリで」


「リハビリ?」


「俺が刺されて、血がどばーっと出たのを目の当たりにして、記憶障害を起こしているんだ」


「記憶障害?」


「ずっと、あの入学式の前に会った日を繰り返しているんだよ」


「そんな簡単に云うことか?」


「だって、本当のことなんだもの。お父さんの記憶が治るまで、あの制服姿で立っていないと、記憶がおかしくなんだ」


「……」


「そのあと、ホテルのレストランで食事して、別れるんだ」


「そうなのか」


「そうしたら、お前が、いちいち、私を監視してくるし」


「あ……」


「毎回違う女と一緒に見てくるし。なんか、いらいらしてきて。私のこの気持ちを知っているくせに」


「そんなことを云っても、あの時点では、俺は、お前がのぞむだって知らなかったし」


「それでも、俺が、腹を立てるのは判るだろ?」


「そりゃまぁ。あ、あれ?」


「なんだ?」


「援交じゃないとすると、お父さん以外とはなしていたのは、なんなんだ?」


「あぁ、それは――」


「それは?」


「本当に援交してると思ったやつが話しかけてきたんだよ」


「へ?」


「当然断っていたんだけどな」


 そう云えば、僚が、お父さんじゃないオジサマを見た時は、ホテルまで行くところ見ていない。


「そうだったのか」


 僚は安心したようにいう。


「あ、じゃあ、あの丘の上で会った時、なにも云わなかったのは? ってなんであんな女の子らしい格好をして?」


「そ、それは」


「それは?」


「いつかお前に会って、俺が女であることを証明するための練習……」


「……お前、男か女なのかどっちなんだ?」


「わかんねーだよ! これも全部お前の所為だからな!」


「ごめんよ。梅田」


「許さない」


「ごめん、梅田、ちょっとこっちきて」


「なんだよ?」


「いいから」


 近くに来た梅田の両手を取って、梅田を抱き寄せる。


「ちょ、おま、なにを」


 僚は、親友と思っていたのぞむと丘の上の少女と重なったことが非常にうれしかった。こんなに人を好きになったのは初めてかもしれない。


『好きって思いは、私が育てた』


 僚は阿部の言葉を思い出していた。

 丘の上で梅田に会った時、一目惚れだと思った。彼女が自分とかさなって倒れてしまった時の、梅田の体重とその重さから伝わる体温をいまでも覚えいてる。

 たとえきっかけが自分の胡散臭い能力だとしても、自分が梅田を好きになれば、なんの問題もない。これから一緒に好きだという思いを育てていけばいいのだ。


 ――2人で。


 そしてその思いを膨らますことが出来れば、梅田の病気も治せるかもしれない。


「ごめん、ずっと待たせて」


 僚はそう云って、キスをした。


「え?」


 それは唐突だった。

 ぱきんっ


「あ?」


「あ?」


「……」


「お前っ! なんで俺にキスしてんだよ!」


「え?」


 梅田のグーパンチが僚の顔面を直撃する。


「ぐはっ!」


「もーうるさいな」


「何時だと思っているの?」


 美加と由加が寝袋から置きる。


「あ、梅田さんっ!」


「え? あ、ホントだ!」


「お兄ちゃんっ! 病室まで女連れ込んで!」


「ち、ちが、ちょ、こ、これは」


「「もんどーむよう!」」


「俺はけが人だぞ!!」


 僚の傷口が開いたことはいうまでもない。

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