4話 「弁天 はるか」 その2
天一を出て、ふと駅前の方を見る。
試験を受けていた梅田を思い出す。
「あの娘が、援交なんてするのかな?」
僚が思わず危ない台詞をひとりごちていると、
「貴様っ!」
そう声が聞こえる。
「貴様、その年で、恋愛を金で解決しようとしているのか?」
大正だった。
「ま、まさか!」
「援交出来る娘を探しているんじゃないのか?」
「こ、こう見えても、少しはモテるんだよ」
「ウソをつけ。とてもそーは思えん」
「もう、名前を教えてもらってもいいだろう?」
「私は援交してないぞ?」
「そんなこと云ってない」
「まだ未経験だ」
「そりゃ、ようござんした」
「のぞみ先輩に捧げるのさ」
ぶー
「汚いな……」
「う、梅田は女だぞ?」
「知っているよ?」
「梅田とはエッチ出来ないだろう?」
「出来るよ?」
「普通は、出来ないだろう?」
「普通じゃなきゃいいのだろう?」
「百合?」
「ユリ? なんだそれは?」
「いや、まぁ、なんでもない」
「変なヤツだ」
「しかし、こんな会話商店街でするもんじゃないな」
「……そうだな」
ヒソヒソ……
周りの視線が痛かった。
大正と駅前の時計台の下まで移動する。
(こいつなら、梅田のこと、なんか知ってるよな?)
僚はそう思った。
「「なぁ」」
2人は同時に話を切り出した。
「「そっちから……」」
ふたつ目の台詞も同じか。
(こいつは、口は悪いがフィーリングは合うな)
僚がそんなことを考えていると、
「貴様から云え」
「ああ、悪いな。梅田のことなんだが」
「のぞみ先輩?」
「あいつ、高校の入学式になんかあったのか?」
「……」
あれだけ饒舌だった大正がいきなり黙った。
(なにか触れちゃいけないところに触れちゃったのだろうか?)
「お前、いきなり確信に触れるのな」
「え?」
「ボクの命の恩人だって云ったよな?」
「梅田のことか?」
「ああ」
「それと入学式の事件とが大きくかかわっているんだよ」
「それって……」
僚がそう云うと――
「お前!」
――と、いきなり梅田の声がした。
「梅田?!」
「のぞみ先輩?!」
「お前っ! クラスの女子だけじゃなくて、俺の後輩まで手を出してんじゃねぇ!!」
ばきっ!
問答無用のグーパンチが飛んできた。
軽く吹き飛ぶ僚。
どかっ
僚は時計台に背中を打ち付けた。
「きゃー」
近くで待ち合わせだろう女の子が悲鳴をあげる。
「お前、何人、女つくればきがすむんだよ?!」
「え? 女?」
「のぞみ先輩、なにを云って?」
僚は梅田がなにを云っているのか判らなかった。
しかしそんなことより、梅田に触ってしまった。だが、梅田には能力が効いていない。
あの丘の上の公園での少女なのだろうか?
彼女には、能力が効かなかった。しかし、あの白い麦藁帽子とワンピースの娘と、今の前で拳を握っている少女が同じとか思えなかった。
「違うの! のぞみ先輩。この男とは、世間話してただけだ」
「はぁはぁ」
「本当だ」
「でも、お前、泣きそうな顔してたぞ?」
「あれは、違う。本当だ!」
「お前は、あの時だってっ!」
「あの時?」
(「お前は」といった、「お前」とは、俺のことを指しているんだろうか?)
『あの時』は、あの丘の公園のことではないだろう。あの時は、こんな状況は一切なかった。今の状況が、梅田の云う『あの時』と一緒だと、梅田は云っているのだ。
「俺は、お前と丘の上の公園で会うより、前に会っていた?」
「……」
しかし梅田はなにも云わない。
「え? あの公園で2人は会っている?」
大正がそう云う。
それを聞いた梅田ははっとなって、そこから走り出していた。
僚は今気づいた。梅田は中学校の制服を着ていた。
「今日も待つつもりだったんだ?」
「え?」
大正はその意味が判らなかった。
「だ、大丈夫か?」
そういって、手を差し伸べる大正。
しかし僚はその手を握るわけにはいかない。
「大丈夫だよ」
僚はそう云って、大正の手を触らないように、立った。
「ごめん、今日は帰るわ。つき合わせてごめんな」
「いや、いいんだ」
僚は頬を押さえながら、家路につく。
「あら? おにーさんじゃないですか?」
痛い頬を押さえながら歩いていると、待ち構えていたように、弁天が現れる。
「あらら? どうしたんですか? その頬?」
「ちょっとね」
「ケンカですか?」
「違うよ」
「そんなに強そうに見えないんですけど?」
「……」
「看病いります?」
既に触っている弁天なら、看病で触ってもらうのも構わないだろう。このまま家に帰っても妹たちがいるとは限らない。
「ありがとう。頼むよ」
「うは! なんかうれしいな」
案の定、家には妹たちはいなかった。
(中学も試験だったはずだ)
僚がそう考えていると、
「お待たせしました。さぁ、頬を出してください」
そう云われて僚は手をどける。
「うはっ! すごい腫れてます! 人間ってここまで腫れるんですね!」
そう云いながら弁天はぬらしたタオルを当ててくれた。
僚はベッドを背もたれにして座る。
弁天はテーブルの反対側に座った。
「本当に、どうしたんです? ケンカじゃなかったら、なんなんでしょう?」
「一方的に殴られたんだよ」
「へぇ、じゃ、あの時みたいに、誰かを庇ったとか?」
「え?」
「あぁ、やっぱり、おにーさん。忘れてるんですね?」
「な、なにを?」
「私たち、初対面じゃなかったんですよ?」
「そう云えば、前もそんなこと、云ってたな?」
僚が、この町へ越してきたのは初めてのことだ。
「つまり、お前も、この町に越してきたのか?」
「そうですよ?」
「前は、東宮です。もう8年前になりますけど」
「8年前……。確かに東宮にいた気がする。そこで九条とも会ったんだな」
「九条? 九条ってあの九条オエステさんですか?」
「なんで弁天が知っているんだよ?」
「なにって、同じ中学の先輩ですもの」
「え?」
「確か九条さんも私と同じ時に、引っ越していったはずですけど?」
「なんでそんなこと知っているんだ?」
「九条さんって、絵がすごく上手なんですよ?」
「そうだったけ?」
「中学生の時、いくつもコンクールで優勝してたですよ? いつも朝礼で表彰されていたので覚えいます。私が一方的に知っているってだけですけど」
「そうなのか」
「そんなことより。私はその時から由加ちゃん、美加ちゃんと友達だったんですよ」
「じゃ、当時、俺とも会ってるんだ?」
「ええー。会ってるどころか、私たちの命の恩人じゃないですか?」
「また、命の恩人かよ」
「は?」
「いや。こっちのこと」
「空き地で、3人で遊んでいる時に、野良犬が襲ってきたんですよ」
「あー、そんなことあったな」
「よわっちいのに、おにーさん、棒切れ持って、戦ってくれたんですよ」
「そうだったかなぁ」
「そのとき、私が大人を呼びに行ったんで、なんとか助かったんですけど」
「あぁ、そうか、犬と戦ったことは覚えているけど、妹たちを助けたってことしか覚えてなかったな」
「えー、おんーさん、ひどい! 私を記憶から消しちゃうなんて!」
「ごめん……」
「だめです。許してあげません」
「え?」
弁天はテーブルを飛び越えて、僚の唇と自分の唇を重ねた。
「む……」
「ん……」
普通のキスとは思えないほど、長めにキスをする弁天。
「む……」
弁天はそのまま、僚をベッドに押し倒す。
「失敗しましたね、おにーさん」
「な、なにがだ」
弁天は僚を腰の辺りでまたぎ、前かがみになる。
2段ベッドの下の段なので、上の段と差はほとんどない。
つまり2人もいれば、必然的に顔が近くなる。
「妹さんたちがいない時に、私を連れ込むなんて」
(そうか、落ち込んでる場合じゃなかった)
「今日はガードがいませんからね」
「気を確かに持てっ!」
「確かですよ! 私は、あの野良犬から助けてくれた時から、おにーさんのこと、大好きになっていたんですよ?」
「え? あの坂道じゃないの?」
「あの坂道で、もっと大好きになりました!!」
「もしかして、今のファーストキス?」
「もう、おにーさん、恥ずかしいこと聞かないでください」
「聞くのは恥ずかしくて、するのは恥ずかしくないのか?」
「女は時に、大胆になるんですよ?」
「女って……」
「もう中学生だって、立派な大人の女です。あんなこともこんなことも出来ちゃうんですよ?」
弁天はそう云って、セーラー服の上を脱ぎだす。
「おいおい」
かわいらしいスポーツブラが出てきた。
スカートのホックもはずす。しゅるっといった感じで短めのスカートがはだける。
中学生らしいかわいらしいパンツだった。
僚も変な能力をのぞけば、普通の高校生である。
「あらら? 私の大事なところ突き上げてくるものがありますよ?」
「そりゃ、俺も健全な男子高校生だから……」
「おにーさんは、初めてですか?」
「な、なにを……」
「私は初めてですよ」
「そ、そうか……」
「最近の中学生では遅い方です」
「そんな早い遅いで大切な初めてを捨てちゃって良いのか?」
「いいんですよ。おにーさんとは、将来結ばれますから、婚前交渉といきましょーか」
(初めて見た時(実際は初めてじゃなかったのだが)見た印象はどこへいってしまったんだろうか?)
「判った。判ったから少し待って、俺の話を聞いてくれ」
(正直に云ったところで信じないだろうけどな。触る前から好きだったのなら、もし解除出来たとしても好きなままなのか? 一体どうすれば)
「弁天……」
「弁天じゃ、いやっていったじゃないですか?」
「はるか……」
「なんですか。あなた」
「あなた?」
「結婚するんで、練習です」
「なんだかなぁ」
「え? もしかして、結婚してもおにーさんって呼んでほしいんですか? シスコンですか?」
「まぁ、そうかも」
「美加ちゃんたちに萌え萌えでしたもんね? あの娘たちも、相当なブラコンでしたけど」
「そうなのか?」
「そうですよ? 野良犬に襲われた時、見てましたもん。美加ちゃんたちのこと。その時気づきました」
「……」
「でも、美加ちゃんたちは、本当の妹なんでしょ?」
「あぁ。義妹なんて、漫画やアニメみたいなことはないよ」
「じゃぁ、結ばれることは出来ませんね。2人もいるから重婚だし」
弁天はそう云って、ブラをたくし上げる。
「ま、待って」
「さぁ。覚悟を決めてください」
そこへ。
「「なにをしているのかな?」」
2人の声が、悪魔の声に聞こえる。
いや、状況的には天使の声なのだが。
オーラの量が増えたよね? 修行した?
そう声をかけたかった。
「これから、あなたたちのおにーさんをいただいて、きせーじじつを作っちゃいます」
「おいおい、これで普通は終了だろ? ちゃんちゃんで終わりだろ?」
「そんなバカなことはありませんよ?」
「バカなことって。どこの世界に妹に見られながらいたすヤツがいるんだよ?」
「ここにいますよ? すごいシチュエーションじゃないですか? 萌えますよね」
「「萌えませんっ!」」
久しぶりのダブルエルボーはよく効いた。