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たちきす  作者: 鷹玖
1/17

序 「少女」


『俺っ! お前のこと絶対忘れないから!』


 10歳ぐらいの少年がトラックの荷台から半身を乗り出し、叫ぶ。


『ああ! 絶対だぞ!』


 それを追いかけて走る少年も、涙目になりながら叫ぶ。

 決して多くない家財道具を積んだトラックは、速度を上げていった。


   ◆


 ガタンと、トラックが揺れる。


「ん……」


 助手席に座る高校生ぐらいの男が、その振動で目が覚めた。


「夢、か……?」


「起きたか?」


 運転席に座る無精髭をそのままにした、少しやつれた中年男がそう云う。


「ああ」


 その高校生ぐらいの男――僚は、その父に素っ気なく応えた。


「もうすぐ着くぞ。新しい家だ」


 父親は、左手をハンドルから離し、無精髭をジャリジャリとさわる。


「……そうか」


 僚はその行為を見ながら、懐かしい夢を見た――そんな感覚に捉われた。

 思い出そうとしても、はっきりと思い出せないので、すぐに思い出すのをやめた。


「今度の街は、坂の多い街だそうだ」


 父親は、相変わらず、無精髭をさわる。


「へぇ」


「今度は長く住めると良いな」


「ああ」


 素っ気ない態度をとる僚に、父親は怒ることはしない。僚がバツ悪く振る舞う理由を知っているからだ。

 トラックが林道を抜けると、梺に街が広がる。

 助手席から見えたその街は確かに坂が多いという印象を受けた。


「あの丘の下に新しい家があるぞ」


 父がそう云うのでその丘を観る。その丘には白い階段が見えた。


「あの丘の上には公園があるらしいぞ。この町を一望出来て、見晴らしがいいらしい。片付けが終わったら、行ってみるといいぞ」


「ああ」


「母さんと、美加たちは先に着いている。片付けを始めているだろう」


「判った」


 僚は相変わらず素っ気なく言う。


    ◆


 おんぼろアパート。

 引っ越してきた我が家をそう呼ぶのは、多少気が引ける。

 僚が越してきた部屋は2階の1番奥の部屋だった。


 彼の名は青陵院僚といった。


 大仰な名前だが、特別資産家の息子というわけではない。それは、両親が引っ越し初日から仕事で出かけていることで判るだろう。


 僚を車から降ろし、荷物をある程度運び込んで、父親は仕事場に向かったのだった。

 僚は部屋に運び込まれた大量のダンボール箱の荷ほどきを、2人の妹としていた。


「お兄ちゃん! それ私の服っ! 勝手に開けないで!」


「これお兄ちゃんのパンツっ! ちゃんと箱に書いておいてよ!」


 2人は、双子だった。騒がしく荷ほどきをしている。


「ごめん、ごめん」


「返事は1回でいいの!」


「はいはい」


 どかっという音とともに、僚の腹部に激痛が走る。

 双子の姉の美加のキックが僚の腹部にヒットしたのだった。


「返事は1回でいいって言ったでしょ! 殴るよ?!」


「蹴りじゃねーか」


「なんか文句あるの?!」


「……ないです」


「もう美加ちゃんたら、殴るならちゃんと殴らないと……。足だと”蹴る”だよ?」


 そう妹の由加が言う。


「そっちかよ」


 2人の妹はかわいらしいのだが、おっとりした妹の由加に対して、姉の美加は凶暴すぎるほどだった。


 僚にとって、気兼ねなく接することの出来る数少ない女性である。


 どんどん荷ほどきが終わっていき、大量のダンボールが畳まれ、玄関に積まれていく。


「ふう。終わったな」


「うん」


「お兄ちゃんはダンボールをゴミ捨て場に持っていって!」


「はいはい」


 そう返事をした僚は、素早くその場に伏せた。


 スカっ!


 そんな音が似合いそうな感じで、美加の回し蹴りが僚の頭の上を通過する。


 ドカっ!


 美加はそのまま尻餅をついた。


「こらっ! 避けるんじゃない!」


「1度観た技は、かわすことができるだぜ?」


「バカ兄貴っ!」


「美加ちゃん……。パンツ……」


 尻餅をついた美加は短いスカートが捲れあがっていた。


「な、みんな!」


「みたって、欲情しねーよ。妹のパンツだろ?」


「なっ! ばかっ!」


 なぜか、美加の跳び蹴りを食らっていた。


 ダンボールをアパートのゴミ捨て場に置いて、僚は腰をたたいた。


「いてて」


 荷ほどきのためにずっと座っていたからだろうか、それと跳び蹴りを食らった所為もあるだろうか。運動不足も祟ってか、腰が痛い。

 僚は山積みになった段ボールを観る。


 もう何度目の引っ越しだろうか、僚は回数を覚えていなかった。


「ふう」


 アパートのゴミ捨て場から裏にある丘が見えた。そこには、白い石田畳の階段が見えていた。おそらく、トラックから見えたあの階段だろう。その頂上には、公園があると、父が言っていた。


 この町は、坂の多い町である。丘へ向かう石畳の、あまり舗装されていない階段は珍しくはなかった。


 僚はその階段を登ってみることにした。

 特になにかあったわけではないのだが、この町に早く慣れないと、といったよく判らない感情からだった。


「ま、気分転換は必要だしな」


 僚はそうひとりごちた。


「55、56、57……」


 そう数えているうちに、なぜこんなことをしているんだろうって気分になる。

 引き返すかどうか考えていると、階段の頂上に白い人影が見えた。


 その白い人影はワンピースの少女だった。白いワンピースに合わせたのか、白い麦藁帽子がよく似合っている。


 少女とすぐに判ったのは、逆光の所為で、その見事なプロポーションが白いワンピースに浮かび上がっていたからだ。


 今まで見たことがないというのは、言い過ぎだろうか? 高々15年程度の生きた年数しか生きてない。


「98、99、100、101……」


 僚はわざと、その少女に聞こえるように階段を数え、頂上に着いた。公園の景色が広がるが、丘の上にある公園なので、そんなに広くない。


「え?」


 僚が数え終わると、その少女は驚いたように、僚の方を見た。


 一瞬脳裏に、トラックを追いかけて走る少年を思い出した。


(なんだ?)


 僚の記憶にない光景だった。


「101?」


 そう彼女は訊ねてくる。


 その声は、澄んだいい声だった。心地よい感じがする。


 身長は僚より少し低い。といってもほとんど変わらない。目線がほぼ同じなのだ。


 顔立ちも整っている。歳は僚より大人に見えた。いや、幼いようにも見える。


 麦藁帽子のおかげで、全体の印象はよく判らなかった。


 その彼女の目もまた印象的だった。


 典型的な日本人の目の色、形なのに、今までに見たことがない印象を僚に与えた。


「はい?」


 僚は意味が判らず、素っ頓狂な返事を返してしまった。


「この階段は、100段のはずよ?」


「え? でもちゃんと数えたよ?」


「じゃ、間違えたのね」


「そんなはずは……」


「ここは100段って決まっているの。子供のころからのお気に入りの場所だもの。間違えるはずはないわ」


 そのにこやかな笑顔は、あどけなさの残る感じで、僚には悪い印象を与えなかった。


「そうなのか」


「そうよ」


 そう彼女は再び笑った。


「あなた……、どこかで……」


「え?」


「いや、見かけない顔だなぁと」


「ああ。この近くに引っ越ししてきたんだ」


「ふーん」


「君は?」


 僚は思わずそう訊き返していた。


「私は……」


 彼女がなにか言い始めた時、ごうっと、風が吹いた。


「あ……」


 その風であおられた白い麦藁帽子が飛ばされる。その麦藁帽子を追いかけようとした彼女は、足を滑らせた。


 僚は、彼女がスローモーションのように落ちてくるのが見えた。


(まずい!)


 このまま落ちたら大変なことになる。


 101段ある階段を下まで落ちたら、大けがは必須である。


 下手をしたら最悪、死ぬことになるかもしれない。


 しかし僚が驚愕しているのは、別の理由からだった。


 僚には彼女に触れられない理由があった。


 “僚が、女性に触ると、その女性が僚を惚れてしまう”


 ――という、なんとも変な能力を持っていたからだ。


 能力と云っていいのか判らないが、そんな力があるんだから仕方がない。


 僚はこの能力の所為で、何度も引っ越しと転校を繰り返してきたのである。


 高校1年生の7月の上旬に転校という奇妙な時期になったのは、折角入学した学校の初めての遠足で、同時に複数の女生徒に触られてしまった所為にあった。


 クラスのほとんどの女生徒が僚に言い寄る光景は、高校生としてはあるまじき状態である。


 そのため、僚の家族は知人のいない、この町に引っ越ししてきたのだ。


 その僚目がけ、今会ったばかりの少女が落ちてくる。


 まさかそれを避けるわけにもいかず、僚は抱きかかえた。


 しかし僚と同じぐらいの背の少女を受け止めて、まともに立っていられるはずもなく、一緒に階段を落ちるはめになる。幸い一番下まで落ちることはなく、踊り場付近まで滑っただけで、とまることが出来た。


「いてー」


 僚はそう呻きつつ、またやってしまったと思った。

 しかし、彼女とは初対面であるし、住んでいる場所も教えていない。

 このまま逃げれば、たとえ彼女が僚のことを惚れてしまっても、まだこの町を引っ越さなくていい。

 このあとすぐ分かれれば、そうそうこの町で再び会うことなどないだろう。


「だ、大丈夫?」


 その少女は、自分の下敷きになってくれた僚に恐る恐る声をかける。


「大丈夫だよ」


 僚はそう答えつつ、彼女の顔を見る。


「?」


 彼女は不思議そうな顔をしているだけである。


(あれ、俺の能力が効いてない?)


 僚はそう思いながら彼女の顔、目を見る。

 彼女が赤くなるのが判った。


「あ……」


 僚の手が、彼女の胸を触っていたのである。

 それに気づいた僚はあわてて、彼女の下から這い出たのだった。


「……」


 その彼女はなにも云わず、踊り場に座り込んだまま、うつむいていた。


 僚は自分の能力の所為で、彼女はなにもしゃべらないのだと思った。


「あの、ご、ごめん……」


「……ありがとう」


「え?」


「助けてくれてありがとう」


「あ、ああ」


 僚はそんな返事しか出来なかった。


「あ、帽子……」


 偶然にも、落ちた2人の下敷きになっていた白い麦藁帽子は、2人の体重を支えきれなかったのだろう、ぺちゃんこになっていた。

 僚は帽子を拾い上げて、渡そうとする。

 が、彼女は既に数段下に降りていっていた。


「あの、この帽子!」


「あげる!」


「え?」


「あげるの!」


 そう云ってあどけない笑顔を僚に向けて、去っていった。


「俺の力、効いていたんだろうか?」


 今まで僚が触れてしまった少女の反応とはだいぶ違う気がした。


 初対面であっても、いきなり抱きついてくるわ、家までついてくるわで、大変な思いを散々してきている。

 あの彼女の反応は今までにない。


「あ、名前訊くの忘れたな……」


 僚はあんな感じの娘なら付き合いたいなと思った。

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