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ダークスカーツ  作者: roy
第一部  頭
4/34

1-3   黒い霧

身支度を終え、俺たちは牢獄を後にした。

扉を出る。倒れた看守を踏みそうになる。

クラルがやったのだろうか……。


「大丈夫、死んではいませんよ」


気にしている場合ではないな。

そのまま大人しくクラルについていく。

石造りの建物は薄暗く、埃っぽい。

人の気配はほとんど感じられなかった。


「帝国も人手不足ですから。

警備が手薄だろうということはわかっていたんです。

ウィルフリードも甘すぎますが……。

彼はこういうことに、あまり慣れていないのでしょう。

私がこれほど大胆だということも予想外だったのかもしれませんね」


曲がりくねった廊下を幾つも抜け、大きな観音開きの扉に辿り着く。

隙間から冷たい風が漏れている。


「出口ですね。気をつけて下さい。

おそらく帝国は、人の代わりに魔物を使ってこの建物を守っているはずです」


「魔物?」


「ええ、『黒い霧』から生じる魔物です」


「魔物……黒い霧……」


「ああ、そうでした。わからないのも無理はない。

詳しいことは後で話すので、要点だけお伝えしておきましょう。

従来、魔物は無条件に人間を襲うものです。

しかし帝国は、『法術』を用いて魔物の攻撃性を限定的に支配することに成功しました。

無論、何か些細な不都合でも起これば、帝国人でも安全とは言い難いのですが……。

ともかく、外に出るには警戒しなければいけません。

帝国人以外を積極的に襲うよう仕向けられた魔物が、私達を待っているでしょう」


「つまりこいつの出番ってわけか」


俺はクラルから借りた直剣を翳して見せた。


「物分かりのいい方で助かります。

ただし無理は禁物です。

あくまで私が戦いますから、あなたは自分の身を守ることに専念して下さい」


そう言うと、クラルは扉を押し開けた。

外に出る。

日差しに一瞬顔を伏せる。

その直後、視界に入ってきた物に、思わず目を疑う。

俺とクラルの前に、確かに黒い霧を纏った生き物が待ち構えていたのだ。

これが魔物に違いない。


その場には五か六……いや、もっと隠れているかもしれない。

そう思って、咄嗟に辺りを見回した。俺たちが出てきた建物が視界に入る。

岩を切り崩したような、無骨な形をした砦だった。

その他には何もない。

ただ寒々とした荒野が続くばかりだ。


魔物がいなかったとしても、この光景にはがっかりしただろう。

俺にとっては初めて見る世界だったのだから。

生憎、今は落胆している場合ではない。

再び眼前の魔物に視線を戻す。

獰猛な野獣たちは、唸り声を立てながら、ゆったりと行ったり来たりを繰り返している。

こちらの隙を伺っているのだ。


「行きますよ」


返事をする暇もなく、クラルが魔物達の只中に飛び出していった。

魔物は小さいものでも、クラルの背丈の優に二倍はある。

黒々とした筋骨隆々なその動物は、大仰な体躯からは想像できない速さで、クラルの周りを駆け回った。

たちまち土埃が舞い上がり、辺りを覆い隠してしまう。

ドタドタという魔物が走る音が時々前を通りすぎる以外、彼らのいる場所を掴む手がかりは無い。

魔物達は俺にはまるで目もくれない。彼らの中心にいる華奢な青年の首にかぶりつくことで頭がいっぱいのようだ。

と、その時ドッという音とともに、一際大きな黒い塊が飛び上がった。

魔物の一匹がクラルに向かって最初の一打を仕掛けようというのだ。


「クラル、避けろ!」


俺がそう言うが早いか、煙の中から一閃が煌めいた。魔物の一匹がドサリと倒れる。

他の魔物達が躊躇して動きを止める。

一瞬、けたたましい足音が止み、土埃の中からクラルの姿が見えた。


「ご安心を。慣れてますから」


俺は思わず安堵の息を吐いた。

足が竦んで動けなくなっていたと気づき、途端に恥ずかしくなった。

常軌を逸した光景を目にしているのは確かだが、それはクラルも同じはずだ。

彼は一度ではないというだけで。

気を揉んでいた自分が情けない。

同じ男でありながら、足手纏いになるのは御免だ。


「俺にもやらせろ」


「大丈夫ですか?」


「ああ」


魔物は再び殺気を帯びて、唸り出した。

近くで見ると、驚くほど醜い顔だ。

皺々の顔面。口に収まりきらない歯が、上から下から飛び出している。

その所為か、口を閉じることができないようだ。粘りのある唾液が、絶えず顔の下の地面を濡らしている。

筋肉の塊のような身体は、頭に不釣り合いなほど大きく、滑らかな短い毛に覆われている。

意外に手触りが良さそうで、それがまた不気味だった。

その禍々しさは他の動物とは明らかに一線を画している。

何故なら自然はこんな悍ましい物を作らないだろうから。


と、一匹の魔物が、俺を検分するようにじりじりとにじり寄ってきた。

警戒しているのか、一定の間合い以上は近づいてこない。

ここから先に立ち入るのは、お互いに一撃を仕掛ける時以外にないだろう。

俺がそいつと睨みあっている間に、再びクラルが一匹倒したようだ。

これ以上あいつにリードされるのは癪だった。


俺は真っ直ぐに目の前の魔物目掛けて走る。

魔物は虚をつかれたようで一瞬たじろいだが、すぐに割れんばかりの咆哮をあげ、牙を剥く。

空気が震える。

瞬く間に間合いを詰めた魔物が、俺の肩を食いちぎろうと、大口を開けていた。


ーーーーーーさせるか!


鋭い牙が、肩の肉に今にも触れそうになったその刹那、思い切り剣を振り上げる。

魔物の上顎は脳天ごと串刺しになった。

勝負は決まったのだ。

ずるりと重心が伝わり、慌てて剣を引き抜く。

危うく腕を折るところだった。だが怖気付いている暇は無い。

素早く意識を切り替え、次の獲物を探す。

自分でも信じられないくらいに、興奮していた。

初めてじゃない。

命の駆け引きをするのは。

そして自分は、これを愉しんでいる……。


「……すごい」


クラルが息を飲む気配を感じながら、夢中で戦う。

一匹、また一匹と、魔物の亡骸が増えていくたび、奴らが駆け回る地響きや土埃が治まっていった。

四匹め、五匹め……。

そして、六匹めの頭蓋骨の隙間から剣を抜いた時だった。

気づけば、あのドタドタという足音は収まっていた。

俺たちを取り囲んでいた魔物を片っ端から始末していたのだ。


「……そろそろ迎えがくるはずなのだが。

今の騒動で帝国軍が感づいた可能性がある。直ぐにこの場を離れないと」


クラルのその言葉にはっとなり、息を乱しながらも周囲を見渡した。

興奮のために、未だ視界がぐるぐる回っているような感じだった。


「クラル殿、こちらです!」


と、張りのある凛々しい声が後方に聞こえた。熱気でぼうっとした頭に、涼やかに響くようだった。


「トリスティス、助かったよ」


振り返った先に居たのは、甲冑を纏った女騎士だ。

黒い巻き髪が腰まで届く、美しい女性だった。

女らしさと同時に男勝りな気概も持ち合わせていそうで、クラルをそのまま女性にしたような印象を受ける。


「お二人でこれだけの魔物を……。

これが調停者の持つ『抑止力』ですか……」


『抑止力』……。

ジェスラードも言っていた。

この女性まで、その言葉を……。

一体、抑止力とは、何なのだ……。


「トリスティス、調停者を混乱させないでくれ。

彼の名前はカーツ。記憶を失っているんだ」


「これはご無礼を。お許しください調停者殿……。

私はアルビオン白百合騎士団のトリスティスという者です。

本作戦でクラル殿の補佐を担当しております」


作戦?

何のことだ。

訝しむ俺の気配を察したのか、トリスティスの言葉をクラルが補ってくれた。


「カーツ、これから貴方をアルビオンまでお連れします。

事情は後で話します。

とにかくこのままでは、貴方の命も、世界の命運も、尽きてしまう……。

動揺しているのは解りますが、私達も無理を承知で言っているのです。

でも、どうか信じて、アルビオンまで同行願いたい」


クラル、それにトリスティスとかいう女騎士が、一体何をしようとしているのか、さっぱりわからない。

俺の事を何故『調停者』と呼ぶのか。

『抑止力』とは一体何なのか。

そもそも俺は何者なのか。

クラルの真剣な眼差しに、困惑の目を返す他なかった。

……ただ一つ、言えることがあるとすれば。


「……帝国とやらに居れば、俺の命が危ないってのは理解できた」


あのウィルフリードという、傲慢な男。

奴は俺を、斬り捨てると言った。それだけは勘弁願いたい。


「……では」


「どこにでも連れて行け」


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