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ダークスカーツ  作者: roy
第二部  胸
19/34

2-8   キバの血


布に包んだ例の石をカウンターにそっと置く。


「どれどれ……」


包みを開くと、それまでどこか面倒そうだった主人の態度が一変した。

目を大きく見開き、震える手で石を摘まむと、食い入るようにそれに魅入った。


「……あんた、こいつを一体どこで見つけたんだね?」


口髭を蓄えた頑固そうな主人は、真剣な眼差しで俺の目を見据えた。


「……拾い物だ。で、どうなんだ?幾らになりそうだ?」


「とても値段のつけられる物じゃないよ。儂の手に余るという意味でな」


俺とレグルスは顔を見合わせ、互いの意志を確認する。


「どうしても金が必要なんだ。白貨で十枚」


それがレグルスの姉を救うのに必要な額だった。

本当はもう少し欲張りたいところだが、主人の気が変わらないうちに話をつけてしまいたい。


「あんた、こいつがどんな物か知っていて、そんなはした金に替えようってのかい?」


冗談じゃない、といった具合に、主人は疑いの目を向ける。

そう言われると、躊躇してしまう。

正直、俺自身も、あの石の持つ魔力に参ってしまっている。

自分で拾っていたら自分の物にしてしまっていたかもしれない。

つい先刻、レグルスに泥棒だとまで言った癖に。

今はもう、彼の姉のために、こいつを金に替えると決めた。

しかしあの石が一体何なのか。それについて、興味は尽きない。


「これが何なのか、知ってるなら教えてくれないか?」


レグルスがやきもきしているんじゃないかと思い、様子を伺う。

が、彼もそれが知りたくて堪らないといった感じで、主人の返答を待ち構えていた。


「こいつは『キバの血』。今は滅亡した、シャトラ族に伝わる石だよ」


シャトラ族……。

それでシレオは、あれ程までにこれに執着を見せていたのか。


「レドヘルムの七日間の後、帝国が幾らか持ち帰ったとは聞いたが……。

シャトラ族が滅ぶと共に、この石の製法も失われたのだろう。

儂も文献以外で目にするのは初めてだよ。

それにしても、世界がこうなった後も色が残っているとは……。

恐らく、この石は『キバの血』の中でも特別な物に違いない。

『キバの血』自体がとても貴重な物だというのに……こいつは奇跡だよ」


俺は言葉を失った。

シレオがどんな気持ちでこれを手放したのか想像する。

……狂おしかった。

レグルスの姉が置かれている状況と、『キバの血』の存在がシレオの感情に与える意味。

……これらを天秤にかけるような真似はしたくない。

……このまま金と引き換えに失ってしまっていいのだろうか。


「どうしてもこれを置いて行くというのなら、白貨二十枚出そう。

それが儂の限界だ」


俺は言葉を発する直前まで迷った。だが言ってしまった。


「……少し、考えさせてくれ」


「カーツ!!」


レグルスは驚愕していた。

申し訳なく思いながらも、彼の手を引っ張って質屋を出た。


「どういうつもりだよ!?白貨二十枚も出すって言ってるじゃないか!

まさか……。カーツもその石が欲しくなっちゃったんじゃないのか!そうなんだな!?」


レグルスが喚き立てたので、人目を集めないように、裏路地に彼を引き込んだ。


「ふざけるな!石を返せ!」


彼はしまいには俺を殴り始めた。

小さな握り拳が雨あられのように降ってくる。


「待て、話を聞いてくれ」


「うるさい!さっさと石を出せ!」


一向に拳の勢いは収まらない。蹴りまで入ってきた。

子供とはいえ、加減を知らないためにまるで容赦がない。


「あいつはシャトラ族なんだ!」


レグルスは次の拳を振り上げたまま手を止めた。


「何だと!?」


「シレオだ。おまえを追っていた男。あいつはシャトラ族なんだ」


「嘘だろ……」


彼は呆然となり、気が抜けたように力なく手を下ろした。


「……意味わかるな?シレオは同胞を喪っている。

あの石は彼の故郷や仲間に所縁のある物だ。……形見かもしれない」


俺の言葉を聞いた少年は、信じられないといった顔をして、わなわなと震えていた。

彼の年齢ならシャトラ族を知らなくても無理はないのかもしれない。

黒い霧が現れる前に、彼等が滅んだのだとしたら、そう考えるのが妥当だ。


「嘘だ……。嘘だ……!」


彼は必死に、俺の言ったことを理解しようとして、苦しんでいるみたいだった。

それを見て、自分の判断が正しかったのかどうか、自信が持てなくなってしまった。

レグルスが抱えている問題だって、只事ではないのだ。

こんな子供に、重荷を背負わせるべきではなかったのかもしれない。

俺の判断で、あの場で『キバの血』を差し出していれば、事は丸く収まっていた。

……だが、それでは、シレオの気持ちはどうなる?

あの不器用な男は、ただ全てを受け入れるだけだ。

……自身の心を蔑ろにして。

それを見て見ぬ振りなどできない。

奴がただの悪党でないことはもう明らかだった。


「……これをお前に返す」


石をレグルスに渡す。

そう、売ってしまうにしても、

レグルスとシレオが互いの事実を承認しあっていなければいけない気がする。

そのことが胸につかえていた為に、

あの時は、どうしても決断を先送りにしてしまったのだ……。


「さっきは悪かった。

でも、お前にもこのことを知っておいて欲しかったんだ。

その上でお前がその石を売ってしまうと自分で決めるのなら、それでいい」


「……そんなのできないよ」


「……シレオは自分の気持ちを隠して、お前にそれを譲ると言ったんだ。

許してくれるさ」


「……ううん。俺、これをシレオに返す」


「レグルス……」


いい子だ……。大人でもそんな判断はなかなかできない。

いや。彼は俺が思っていたよりずっと大人だ。

やはり、この石は売ってしまうべきなのかもしれない。

……迷いは振り切れないが、シレオも既にそうと決めているに違いないからだ。

今やっと、冷静にそう考えることができた。

ただ、レグルスと共に再びシレオに会ってからでも遅くはないだろう。


……決闘の事だとか、逃亡しなければ……ということは、今は考える気がしなかった。





「シレオ」


シレオはさっきの場所に大人しく待っていた。


「シレオ……ごめん、俺何も知らなくて。

これがあんたにとって、そんなに大切な物だったなんて……」


レグルスはシレオに歩み寄り、掌にのせた石を差し出した。


「……返すよ。これはあんたの物だ」


シレオは少しの間石を見ていたが、不意に顔を背け、受け取ろうとはしなかった。

予想通りの反応だ。


「レグルス、シレオは全部解ってるよ。

ありがたく貰っとけ。お姉さんを救うんだろ」


「……嫌だ!」


レグルスは急に声を張り上げた。


「姉ちゃんは絶対助けたい。今直ぐにでも。

……でも、その為に誰かの気持ちを犠牲にするなんて嫌だ!

……姉ちゃんも許さないよ……」


彼は頑固だった。

こうと決めたからには絶対譲らないと言わんばかりに、

シレオに石を突き出して、無理にでも受け取らせようとしていた。

……まずい事になった。


「……いらない」


シレオも頑なにそれを拒否する。暫く二人の睨み合いが続く。


「あ……姉ちゃんだ」


その一言で、膠着が解かれた。

レグルスの視線の先には地味ながらも着飾った、美しい少女がいた。

少年は脇目も振らずに駆け出した。


「姉ちゃん!」


俺とシレオは顔を見合わせ、後に続く。


「レグルスなの!?」


少女は驚いて、持っていた籠を取り落とした。

買い物にでも出かけていたのだろう。中身が零れた。イシスではもはや貴重品となった調味料や果物だ。

俺たちはそれを拾うのを手伝う。


「あ、ありがとうございます」


少女は年齢の割りに大人びていて、可憐だった。

仕草の一つ一つに目を奪われる。


「あの……貴方達は……」


「カーツとシレオ。今日友達になったんだ」


「……そうですか。弟をよろしくお願いします。では私はこれで……」


少女は俯いてその場を離れようとする。


「待ってよ姉ちゃん!」


レグルスは血相を変えて、姉に縋り付いた。


「駄目よ、早く帰らないとガドウィン様に鞭でぶたれてしまうわ。

あなたに会ってるところを見られたらそれこそ終わりよ」


「そんな……」


胸が張り裂けそうだった。

こんないたいけな少女に鞭を振るうなど、言語道断だ。


「……シレオ、いいな。あの石は彼女の為に……」


シレオはこくりと頷く。


「……ありがとう。シレオ……」


遂にレグルスが根負けして、シレオに礼を言った。そうだ、これでいい。


「姉ちゃんのことは絶対に俺が助けるから!」


「そんな希望を与えないで。

……じゃあ、今度こそ行くわ。

もう二度と、私に話しかけちゃ駄目よ」


少女は駆け出した。

路地を曲がり、見えなくなるまでその姿を見送る。


「きゃああああ!!」


俺たちもその場を後にしようとした、その時だった。


「なんだ?」


「今のは姉ちゃんの声だ!」


シレオが真っ先に少女の後を追う。俺とレグルスも続く。





「いや……こないで……」


やはり……。

狭い路地の突き当たりには、あの裂け目が、ぱっくりと口を開けていた。

巨大なハサミを持つ節足動物の姿をした魔物。

そいつが、尻餅をついた少女ににじり寄っていく……。

最悪なことに、俺もシレオも、武器は携行していない。

俺が躊躇していると、シレオが真っ向から魔物に近づいていく。

彼は手近にあった木片を手にすると、頑丈そうな甲殻めがけて思い切り叩きつけた。

……が、まるで歯が立たない。


「姉ちゃん!」


「……くそっ」


何か武器になる物はないか。

俺が辺りを見回していると、シレオが直ぐ近くまで寄ってきた。


「どうした?」


眼帯にシレオの手が触れる。


「ばか!何する!?」


「それは駄目だ、シレオ。今抑止力を解放すれば、試合で使い物にならなくなる」


「……バルジ……」


いつの間に……!

振り向くと、バルジが表通りを背に立っていた。

こちらへゆっくりと近づいてくる。

シレオは彼を認めると俺の側から離れた。


「早く誰か助けて!姉ちゃんが……」


見るとレグルスの姉は、球状の網のような物に包まれていた。

それは細い糸で編まれており、末端は魔物の口に繋がっていた。


「出して!!」


彼女の声はこもっていて響かない。

どんどんと内側から叩いているようだが、繭は割れるどころか微動だにしなかった。

彼女の姿は白い球体の外側に薄ぼんやりと透けて見えるだけだ。


バルジは手にした曲剣で繭を叩いた。が、ざくざくという乾いた音がするだけで、やはりびくともしなかった。

バルジの動きを察知した魔物が、彼に向かって飛びかかる。

バルジの振り上げた刃が、殻の隙間を見事に一刀両断した。

魔物はしゅーという音と共に、空気にかき消えていった。


「やったのか……?」


「……まだみたいだぞ」


魔物が消え去ったにも関わらず、繭のほうは健在だった。


「どうしたらいいんだ……」


俺とレグルスは途方に暮れて繭を見つめる。


「……早く出して……なんだか、足下がぬるぬるしてる……。

靴の底が溶けてるわ!きゃああああ!!痛い!痛い!」


「姉ちゃん!?」


取り乱したレグルスが、繭に張り付いて外側を激しく叩き始めた。


「早く助けてよお!姉ちゃんが溶けちゃうよ!!」


俺もシレオも、なす術なく立ち尽くすしか無かった。

レグルスは涙でくしゃくしゃになった顔をこちらに向け、目で助けを訴えた。

シレオが悔しそうに歯噛みしている。


「……まだ手はある」


バルジはそういうと、いきなりレグルスの身体を弄りはじめた。


「持ってるんだろ、あれ……よこせ」


レグルスは抵抗する力も無いのかバルジのされるがままになっている。

やがて『キバの血』を探り当てたバルジは、それを手に裂け目の前に立った。


「美しいな……」


バルジは石を見る。こんな時に何やってるんだ……!


「痛い、痛い!早く出して!おねがい!」


繭の中から、なおも悲痛な声がする。彼女の苦痛を想像すると眩暈した。


「許せ、シレオ……」


そういうと、彼は『キバの血』を裂け目に向かって投げつけた。

石は裂け目に触れると、あの『赤』と呼ばれる光を撒き散らす。思わず目を覆う。

その光線が一層強くなったかと思うや否や、ぱりんという乾いた音と共に瞬く間に消えてしまった。

目を開ける。

何事も無かったかのように、裂け目は消えていた。

『キバの血』だった物は粉々になり、小さな灰色の破片が散らばるのみだった。

もう『赤』の輝きは一片たりとも残っていなかった。


「姉ちゃん!」


レグルスが駆け寄ったほうに目をやると、ぐったりとした少女が彼女より小柄な少年に抱き起こされていた。


「……ん……」


薄っすらと目を開ける。

命に別状はなさそうだ。

レグルスはわっと泣き出して、少女に抱きついた。


「傷はどうだ?」


見ると、足の裏が赤く腫れていた。

痛痛しいが深い傷ではない。


「なんとか、大丈夫そうです」


少女はハッとなり、辺りをきょろきょろと見回した。

俺の後ろにバルジの姿を見つけると、彼に向かって言う。


「貴方ですね……ありがとうございます……。

このお礼はいつか必ずお返しします。私はガドウィンという商人の奴隷で、

エレアと申します」


エレアはレグルスの手を借りてその場に座り直すと続けた。


「貴方の名前をお聞かせ下さい」


「妙な幻想を抱かないことだ。俺はバルジ。

お前の主人と同じ、奴隷商だよ。奇遇だな。ガドウィンは俺のお得意様だ」


「そんな……」


それを聞いたエレアは、がくりとうなだれた。

俺は言葉が無かった。

彼女が気の毒でもあったが、何より、今起きたことについて、頭の中の整理が追いつかなかった。


あの石の力。

『色』があるだけでは無いのだ。

裂け目を塞ぐことができるだなんて。

以前クラルは、「裂け目を閉じるには悲しみを克服するしかない」といった。

ということは、さっきまでここにあった裂け目も、誰かの感情に引き摺られて生まれ出でた物なのだろうか。

では、何故あの石がその役割の代わりを果たしたのだ?

『色』の力だろうか。混乱は深まるばかりだ。


そしてあの石……『キバの血』は永遠に失われてしまった。

結果的に、エレアの命を救うことにはなったが、彼女を奴隷の身から解放することはもう叶わない。

それに、シレオの大切な想い出も、砕け散って元には戻らない。


様々な感情が一度に押し寄せてきて、眩暈がした。


「姉ちゃん、ごめん。

助けるって言ったのに、もうお金は手に入らなくなっちゃったよ」


「いいのよ。命が助かったんだから……。さあ、行きなさい。

私はなんとか歩けるから」


このままでいいのか……?俺はこの少女を助けたい。

いや、この娘だけじゃない。自由を奪われて苦しんでいるのは……。

だが……何ができる?


「戦う理由ができたじゃないか」


バルジは不敵な笑みを浮かべながら俺に囁いた。


「あのエレアとかいう娘。

それにタリンドル……。他の奴隷達。

お前が試合で相応の金を稼げば、彼等を解放するのも不可能ではない。

……シレオは除くがな」


……いいや、もっといい方法がある。

いつか、この手で殺してやる。

ガドウィンとかいう悪党も、バルジ……お前も。


「さて、時間だぞ」


時間……そうか、例の試合の……。



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