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ダークスカーツ  作者: roy
第二部  胸
17/34

2-6   情熱

「カーツ、起きろ」


この声……まさか……。


「クラル!?お前、無事だったのか」


渓谷で別れてから消息の掴めなかったクラル。

その彼が、なんと目の前に居た。

良かった……。

心の底から安堵する。


「何を寝ぼけているんだ。王都はすぐそこだぞ。さっさと支度しろ」


あれ?そうだったか?

じゃあ黒翼団に襲われたのも、闘技場に連れてこられたのも全部……夢?


「あ……ああ」


腑に落ちないが、夢なら夢で良かった。旅を続けなければ。


「早く二人の聖餐を探さないとな」


そうだった……聖餐だ。クラルの他にも二人いるといったっけ。

彼らを見つければ、何か新しい事実が解るかもしれない。





「聖餐……か」


自分の声にはっとなり、目覚める。

まさかクラルが夢に出て来るとは。

俺って潜在意識でそんなに奴の事を気にしていたのか。

なんだか、複雑な気分だ。

いや、確かに奴のことは強烈に印象に残っているが。


ふと、窓の外を見る。

石畳の路地には、日の出前の静寂が澄み渡っていた。

夕べの喧騒が嘘のようだ。

もう一眠りできるな……。

って……何考えてるんだ!

今日が決闘ショーの本番だというじゃないか。

……あれ、そういえばシレオは?

あの無口な青年が座っていた部屋の片隅を見る。

居ない……。

居ないだと?どういうわけだ……。

混乱した。

昨夜小便にまでついてきたあいつが、無防備にも俺を放置して出かけるなんて。


待てよ。

つまり今、俺は自由ってことじゃないか。

急に希望が湧いてきて、眠気が吹き飛んだ。

ベッドから飛び起き、身支度をする。

首輪はどうやっても外れない……。

おそらくバルジかシレオが鍵を持っているのだろう。

やむをえず、鎖を腰に巻いて、なんとか歩行の邪魔にならないようにする。

そっと部屋を出て、階下の様子を見る。

宿屋の主人が、カウンターに頬杖をついたまま、鼾をかいていた。

逸る気持ちを抑えながら、静かに階段を下り、宿を出る。

辺りを見回し、人の気配が無いことを確かめる。

なるべく目立たない裏路地を目指して、駆け出す。


この迷路のような街から一体どうやって脱出しよう。

ぐるぐる廻っているうちに先程までの希望はすっかり消え、心細くなってきた。

こういう時に、記憶喪失という身の上は、どうしようもなく不安な気分を煽る。

そんな自分に嫌気がさし、頭を振った。

……しっかりしろ。

より人気の無さそうな通りを選んで、闇雲に歩く。

大分宿からは離れたはずだ。

あとは奴らに見つからずに、なんとかグラエタリアを抜けるだけでいい。

夢中で歩く。

と、幾つめかの角を曲がった時……


「痛ッ……!」


不覚にも、何者かと正面衝突してしまった。

その相手の胸板は硬く、かなり派手にぶつかったにも関わらず、びくともしなかった。


「…………」


「シレオ……」


なんでこいつがこんなところに……。

我ながら浅薄な計画だったが、早々と頓挫してしまったことに、虚しさを覚える。

シレオは相変わらず無表情だ。

俺を糾弾するでもなく、ただ黙ってジッとこちらを見つめていた。


「……何か言えよ」


返事があるわけなかった。

どういうわけか、シレオは俺の鎖を取るような事すらしなかった。

それどころか、こちらに背を向けて歩き出した。


「おい、逃げるぞ」


例の鋭い瞳がちらとこちらを見る。

それだけで抵抗は無意味だと悟った。

別に拘束していなくても、一対一なら、どうという事もないのだろう。

馬鹿にされているみたいで、腹立たしかった。


「……待てよ」


甲冑に覆われた背中を追う。

振り返ろうとすらしない。どこまで行くつもりだ?


「なあ。逃げないから、この鎖、外してくれないか?」


やはり、反応は無い。


「お前って、一応喋れるんだよな……。俺の言ってること通じてるか?」


沈黙が何と無く居た堪れなく、話しかけてはみたが、一向に会話のキャッチボールは成立しそうにない。


「なあ、シレオ……。俺にも目的があるんだ……。

知ってるだろ?俺は調停者ってやつらしい……」


シレオは黙々と歩き続ける。獣のように、音もなく。


「聖餐……ってわかるか?

どうやら俺は、世界を救うために生贄を選ばなければいけないらしい。妙な話だろ」


角を曲がり、表通りに出る。いつの間にか、日が登って明るくなっていた。


「おまえ、聖餐がどこに居るか、知ってるか?

……って言っても解らないだろうが……。何でもいい、手掛かりが……あれば……」


何言ってるんだ俺は。

全く、相手が無反応だと、言わなくてもいいような事まで言ってしまう……。

むしゃくしゃして頭を掻く。

と、またも目の前の男とぶつかった。


「……おまえな!」


シレオが見ていたのは、一軒の荒屋だ。

ここはグラエタリアのスラムか。

街の下方に位置しているためか、一際壁が高く、空が随分遠くに感じる。

壁は所々切り崩され、その隙間を縫うようにして、家が作られていた。

どれも不恰好に斜めに歪んでいて、横穴に扉を取り付けただけの酷いものだった。

奇妙な家並に目を奪われていると、ちょうど正面の荒屋から、何者かが飛び出した。

まだ十かそこらの少年だった。

と、やにわにシレオが少年に向かって走っていき、掴みかかると、彼を地面に引き倒してしまう。


「シレオ!?何やってるんだッ」


シレオは少年の身体を乱暴にまさぐっている。

いかにも悪ガキといった感じの少年は、じたばたど暴れるが、敵うはずがなかった。


「痛いよ!離せ!」


少年は悶えながら叫ぶ。

シレオは一体どういうつもりだ。

大の大人が、子供を暴行してるようにしか見えない。


「いい加減にしろ!」


少年から引っぺがそうと、シレオの背中にしがみ付く。

腕を腹に回そうとするや否や、肘鉄が飛んできた。


危うく吹っ飛ばされそうになりながらも、なんとか両手首を捕らえ、抑え込む。

その隙に少年が這い出てて来きた。


「なんなんだよ!」


生意気そうな吊り目が、俺たちを警戒するように睨む。

細い足は微かに震えている。

両手で何かを庇うように握りしめているのに気づく。

細い鎖が、小さな指の隙間からこぼれていた。

シレオが飛び起き、少年の指を抉じ開けると、中身を奪いとってしまう。


「返せ!」


今度は少年が、シレオの高く上げた右手に飛びつこうと、何度もその場で跳ねた。


「シレオ、どういうつもりだ?」


シレオは頑として手の中の物を離そうとしない。

が、少年も負けじと、シレオの腕にぶら下がって、じたばたと暴れる。

なんだかんだでシレオは、少年を傷つけないようにと、気遣っているようでもある。

……彼にも何か事情があるのは間違いない。

やがて少年の体力がつきたのか、二人の取っ組み合いに終止符が打たれた。


「……なんなんだよ、おまえ!」


ぜいぜいと息を切らしながら少年はシレオを睨みつけた。


「…………」


シレオはというと、手の中の物を両手で胸に抱え込み、俯いていた。

何故、それに執着する?

この子供は何者だ?


「……君、名前は?」


「あんたこそ誰だよおっさん」


「おっさん!?」


俺は自分では若者のつもりだったのだが……。

無精髭のせいで、老けてみえるのだろうか。

いや、十かそこらの子供から見たら、二十代でも十分おっさんなのだろう。


「……そうだな。名前を聞く時は自分から名乗らないとな。俺はカーツっていうんだ」


「……レグルス」


「レグルス。立派な名前じゃないか」


「…………」


レグルスは照れ臭そうに口をもごもごさせていた。


「で、おっさん、あいつ何?」


「……何って言われても。あいつはちょっと不器用な奴で……。

名前はシレオって言うんだけどさ……」


シレオは俺たちから少し離れた場所で、手の中の物をじっと見つめていた。

その時、微かに差し込んだ朝日に照らされ、きらりと輝く石のようなものが見えた。

宝石……だろうか。


「……畜生」


レグルスはその様子を恨めしそうに見ていた。


「あれは一体、何なんだ?」


どうしてああも必死に奪い合っていたのだ。

そもそも誰の物なのか。本当にこの少年の持ち物なのか。

それにしては、随分高価そうに見える……。

シレオは何のために、あれを欲しがったのだろう。


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