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ダークスカーツ  作者: roy
第二部  胸
12/34

2-1   奴隷

微睡みから意識が浮上し、再び霞に溶け込むのを繰り返す。

全身が怠い。

目を開けることすら億劫だ。

あの時、眼帯が外れたと同時、急速に頭が冴え、力が漲り、まるで生まれ変わった気分だった。

身体の動きは軽く、主体だけが宙に浮いたように、あらゆる煩わしさから解放されていた。

考えるよりも早く、筋肉が最適の働きをし、障害を排除していった。

思考は冴え渡り、何もかもを包み込んでいた。

こうした言語による思考ではなく、もっと直感的で効率的で、いくつもの論理を同時に組み上げていた。

それも恐ろしい速さで。

まるで全知全能といったように。

そのせいだろうか、あの姿のときに自分が何を考えていたのか何一つ思い出せない。

恐らく、今の俺の脳の処理能力では、あの深淵にも似た確立と可能性の海に溺れてしまうのだろう。

あれが抑止力と呼ばれる物の真の形か。

最古の記憶の正体。

しかし、つい先ほど起きたあれは、確かに現在と連続性を持っていた。


そうだ……クラルやトリスティスはどうなった?

ああなる直前までは無事を確認できていたが……。

どうか生きていてくれ。

今はただ祈ることしかできない。


筋肉が痺れるように痛む。

能力の限界を超えた代償か。

眠ろう。

他には何もしたくない。





目が覚める。

死から蘇るような唐突な覚醒。

墜落睡眠ってやつか……。


さてここはどこだ……。

起き上がる。

柔らかな毛布の感触に、ベッドに寝かされていたと気づく。

高い石の天井。

辺りを見渡す。

絵画や宝石、豪華なドレスに、大きな盃が山と積まれた一角。

洋服箪笥、複雑な模様の編まれた絨毯。

まるで財宝とでも呼ぶような雑多なもので溢れていた。

そう広くはない。

隣部屋とは蛇腹になった衝立で仕切られているようだ。

向こう側に、人の気配を感じる。


「あ、起きた」


甲高い女の声だ。

部屋の入口に目をやる。

そこに立っていたのは、華奢ながらもしなやかな肢体の、可愛らしい少女だった。


「おはよ、調停者さん」


好奇心旺盛といった感じだ。

目をくりくりさせながら俺のいるベッドまでやってきて顔を覗き込んでくる。


「ねえねえ、名前は何ていうの?

あたしはタリンドル!」


寝起きということはまるで御構い無しにきんきんと喋る。

なんだかこの世界には似つかわしくない、随分と生気に溢れた少女だ。


「すごいね、抑止力って。

バルジも掘り出し物を見つけたって喜んでたよ」


バルジ……あの男のせいで俺は眼帯を外され、抑止力を解放する破目に……。

奴を探さねば。クラル達の安否を問い質す必要がある。


「バルジ……奴はどこだ?」


「えっと……ここに……あたし達のアジトに居るよ……でも今はちょっと、調停者さんの相手はできないかも」


「知ったことか、奴のところに俺を連れていけ」


「だ、だめだってば、行かないほうがいいよ」


「ふざけるなッ……!痛ッ……」


ベッドから降りようとした時、脚の筋肉に激痛が走る。

抑止力を解放した反動がまだ完全には治まってないのか。


「言わんこっちゃない。ほら、じっとしてなよ」


タリンドルは甲斐甲斐しくも落ちた毛布を拾い、俺に被せた。


「……くそッ」


こんな時にじっとしているなんて……。

そう思ったが身体はいうことを聞いてくれそうにない。

それでも強引に脚を動かす。

が、痛みだけではなく、痺れもあって踏ん張ることができない。

今度はベッドからずり落ちた。


「あーもうッ!諦めなってば。往生際悪いなぁ」


俺は観念して、タリンドルの手を借りながらベッドに戻る。

この娘も奴らの仲間なのだろうか。

バルジとシレオ……黒翼団とかいう野盗どもの。

それにしては、妙に気の良い娘じゃないか。


「……暴れてすまなかった、もう大人しくするよ。

で、あんたは奴らの……バルジの仲間なのか?」


「仲間っていうか……。シレオと同じだよ。あたしもバルジの所有物。飼われてるの」


渓谷で襲われた時のことを思い出す。確かに、バルジはそんなような口ぶりだった。

シレオを、まるで物かなにかのように使っていた。

奴隷……。

おぞましいことだが、彼らの関係はまさしくそれだろう。

主と、それに隷属する者……。


「そんなことより、名前!教えてよ」


「ああ、悪い。カーツだ」


「よろしくカーツ」


タリンドルはここが奴らのアジトだといったか。参ったな……。

やっと目的を見つけたというのに、

クラル達の安否も分からずにこんなところで足止めを食らうとは……。

バルジは俺をどうするつもりなんだ?

こうして丁寧にベッドに寝かせていたということは、命を奪う気は無いのだろうが……。


「タリンドル、お前達の……黒翼団の目的はなんだ?

俺をどうするつもりだ?」


「さあ?」


「は?」


この娘と話していると調子が狂う。

俺はしばし呆然とタリンドルを見つめてしまった。

顔が可愛いいところがまた憎たらしい。


「でも、バルジのやりたいことはいつだって同じだよ。

楽しいことか、お金の儲かること。

あっ、あと気持ちいいこと」


「何が言いたい?」


「だから、カーツを連れてきた理由もそのどれかじゃないかな?全部かも」


頭痛がしてきた。

それじゃ具体的なことは何ひとつわからないじゃないか。

だがなんとなく、ろくでもないことに巻き込まれそうだということだけはわかる。

いや、既に巻き込まれているのか。


「たぶん抑止力……でなんかするのかな……」


「……なんだと?」


抑止力を?なんて事だ……。

この力を、バルジのような得体の知れない男に良いように使われるなんて。

いや、これはだれにもコントロールできないんだ。

眼帯を外したら、俺にすらどうする事もできない。

奴は甘く見ている。

大方、この力をつかって略奪か何かする気でいるのだろう。

そんなことは絶対に許されない。

しかし、人である時の俺には抵抗する術は無い。

それに今の俺の身体は憔悴しきっている。

やろうと思えば、目の前の華奢な娘でも容易くこの眼帯を奪えるだろう。


……それにしても、あの時はどうやって正気を取り戻せたのだ?

ここにくる前は……。

ちょうどその疑惑に思い当たった時だった。


「シレオ!……今日はもう済んだの?」


「……」


黒い甲冑を纏ったその男を見るや、怒りが湧いてきた。

こいつのせいで、俺は今こんなにも手をこまねいている。焦っている。


「お前……シレオとか言ったな……。

クラルやトリスティスをどうした?

まさか殺してはいないだろうな」


シレオはそれには応えず、鞘に入った剣を放って寄越した。

反射的に受け取る。


「おい!質問に答えろ!」


前に会った時と同じだ。

この男には表情という物が無い。

まるで人形だ。感情はあるのか?

俺の言う事がちゃんと耳に入っているのか?


「……やる」


は?

剣のことか?

こいつ、ふざけているのか?

こんなものを一体どうしろと……。


「シレオ、まさか」


タリンドルが動揺した面持ちでシレオを見る。


「だめだよ、カーツはまだ身体が弱ってるんだ……すぐに殺されちゃうよ」


「何の話だ?」


話が読めない。

シレオが寄越した剣の重く冷たい感触が不吉な予感を煽る。

俺は目でタリンドルに先を促した。


「奴隷デスマッチ……決闘ショーだよ……。

バルジみたいな自由人たち……というか、無法者たちの鬱憤の捌け口。

それが生き甲斐って奴もいる。

シレオはそこで負けなしなんだ。

まあ、負けたら死んじゃうんだけどね。

バルジはカーツをそれに出そうとしてるみたい」


冗談じゃない。

クラルに協力すると誓った矢先に、そんな訳の解らないデスマッチとやらに参加して殺されるなんて真平だ。


「俺はやらないぞ……そんなもの……」


怒りや驚きを通り越して、途方に暮れてしまった。

運命はまさに、俺を愚弄してくれる。


「あたしだって反対だよ。

カーツとは会ったばかりだけど、

知り合いを死ぬとわかってみすみす試合に送り出すなんてさ」


「……抑止力」


シレオがぽつりと呟く。

抑止力を使わせるつもりか。

尚更許せない、絶対にお断りだ。


「次の試合は四日後だよ。

それまでに元気にならないと、死んじゃうよカーツ」


「その前に回復してここからおさらばするさ。仲間達の所にもどる」


「……させない」


シレオがそのつもりなら彼とやり合うしかないだろう。

勝算は限りなく零に近いが。

俺は敵意を剥き出しに彼を睨めつけた。

しばらく睨み合っていると(と言ってもシレオの表情に変化は無かった)

衝立の隙間から男が酒気を漂わせながら顔を突き出してきた。


「シレオ、バルジ様がお呼びだぞ。

良かったなぁ、愛しの御主人様にかまってもらえてよお」


シレオが向こうへ行くと、どっと笑いがおこり、何か下品な文句で囃し立てる声が飛び交った。

タリンドルが悔しそうに顔を歪める。

バルジはこの二人の他にも奴隷を囲っているのだろうか。

奴隷である彼らに対して、野盗の連中が心無い振る舞いをしているだろうことは、容易に窺い知れる。

学識の無い者というのは、往々にして差別主義者だ。

不快ではあるが、今の俺にはあずかり知らぬことだ。

手に負えるような問題じゃない。

俺はベッドの下に剣を置くと、思考を切り替えた。


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