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ダークスカーツ  作者: roy
第一部  頭
11/34

1-10   黒翼団

「見てください、厩舎が見えてきました、城門までもう少しですよ」


山道を下り、林をぬけると、荒地が緩やかな坂になって続いていた。

トリスティスが指差した先を見れば、確かに地平線の近くに城壁に囲まれた街が小さく見えた。


「あれがアルビオン……ではここはもう領内なのか?」


「ええ、事実上は。厳密には城壁の中だけがアルビオンで、

外はアルビオンでもガレンティアでもありません。

ガレンティアはアルビオンとは比較にならない規模ではあるにしろ、

同じように城壁の中だけを国としています。

貴方が囚われていた砦のように、各地に要衝を構えてはいますが、

街や村と呼べるようなところはもうあまり残っていません。

もう世界にはこの二国しかない上に、魔物が蔓延り、人も僅かなので、統治が行き届かないのです。

法も満足に機能していません。

魔物に殺される人よりも、略奪によって命を落とす者のほうが多い始末です」


「それでもまだ戦争を止めないのか……。

協力しなくてはいけないんじゃないか……」


クラルが鼻で笑った気配がした。


「魔物程度では人類共通の敵たりえないということだ。

それに、ガレンティアが地上のただ一つの王者になれるこれ以上の機会が今この時のほかにあると思うか?

人はたとえ最後の二人になったとしても、憎み合う」


「……そんな」


「そうならないために、人は認識の限界を超えた、何かを信じるんだ……」


信仰のことだろうか……。

クラルはこうした物言いをするときどこか遠くに行ってしまいそうな、

儚く、切ない顔をしてみせる時がある……。


「……とはいえ、実際にはほぼ停戦状態です。

国力自体が衰退していますから。

半年ほど前に協定が締結されましたし……」


「次の戦争を始めるための、な……」


「先を急ごう」


俺達は再び歩き出した。

殆ど平に見えた荒地は人が整備していないためか、そもそも人が通らないためなのか、起伏が激しく歩きづらい。

なんどもつんのめりそうになりながら小さな丘を登ると、そこはかつて大河が流れていたようで、干上がった現在は、ごっそりと地面が抉れていた。

ここを越えなければ、先ほど見えた厩の方角には進めないようだ。

クラルたちは迷わずに衝撃の少なそうな段差を見つけ、滑り降りていった。

俺もそれに続く。

緩やかなカーブを描いているその溝をしばらく進む。

おそらくクラルたちは俺が捕らえられていた砦に向かう時もここを通ったのだろう。

この溝は幅がずいぶんあり、渓谷のような景観だった。


暫く歩く。

と、先頭を歩いていたクラルが急に立ち止まる。


「誰かいる」


「魔物!?」


俺たちはとっさに得物を構えた。

冷や汗が首を伝う。

ふいに一陣の風が吹き、砂埃に目を覆ってしまった。

その時黒い何かが降ってくるのが視界に入ったかと思うと、

前方でガンッという鉄を激しく打つ音が聞こえた。


「……くッ!」


目を開けると、全身黒い甲冑に身を包んだ青年がクラルと鍔迫り合いをしているところだった。

青年の得物は身の丈を超す戦斧だ。

禍々しい形をした刃が、クラルの肩口に今にも触れそうだった。


「クラル!」


黒尽くめの青年は、俺の存在に気づくと、クラルを蹴り飛ばした。

あっと言う間もなく、そいつは俺の直ぐ側面にまで間合いを詰めていた。

気づけば俺の軸足が男に小さく払われていた。

重心を失くした俺は大きくバランスを崩す。

しかし地面に倒れこむより早く、男は俺の利き腕をそのまま背後から捻りあげて剣を奪い取ってしまった。

ほんの一呼吸の間もなかった。

戦斧の切っ先が俺のうなじに触れていた。


「カーツ殿!」


トリスティスが険しい顔で俺と俺を拘束する男の顔を交互に見る。

なんとか逃れようと抵抗を試みるが恐ろしい腕力で押さえつけられていてびくともしない。


「貴様は……シャトラ族だな……!」


トリスティスがそう吐き捨てるのと同時に、クラルが起き上がる。

彼も剣を構え直し、トリスティスと同じように男を睨みつけた。


「シャトラ族……帝国に滅ぼされた戦闘民族か……。

確かに彼の瞳は縦長だな……そして尖った耳に、しなやかな筋……。

敵ながら鮮やかな戦いぶりだ。

なるほど、美しい種だな」


後ろの男は二人の言葉に何の反応も示さない。

まだ顔をよく見てないが、確かにクラル達とは異なる人種のようだった。


「しかし、貴重なシャトラ族の血といえど、その男を傷つけたら死ぬことになるぞ」


クラルの纏う雰囲気ががらりと変わった。

殺気を放っているのがわかる。

空気を通じてびりびりとそれを感じた。

今にもクラルが男に切りかかろうという、その時だった。


上方から馬の蹄の音が地鳴りのように近づいてくる。

それがすぐ俺たちの真上で止まったかと思うと、土埃の中から男達が次々と飛び降りてきた。

いかにもと言った感じの柄の悪い男達だ。

下卑た薄笑いを浮かべながら俺たちを取り囲む。


「何者だ!」


トリスティスは嫌らしい目つきで近づいてくる男の一人に剣を向ける。


「へっへっへ……。いいのかい?

綺麗なネェちゃん。

妙な真似をしたら大切な調停者様の首が跳ぶぞ」


「なんだと!何故貴様がそれを……」


この男達、俺を調停者だと?

一体何を知っている?

何が目的だ?


「まずい……」


俺を人質にされ手を出せないクラルとトリスティスは、みるみるうちに男達に追い詰められていく。

すると、崖の上から遅れてもう一人男が現れた。

野盗共の中にいると目立たないが、なかなかの体格の持ち主だった。

それに色男だ。

落ち着いていて、感情の読み取れない顔つきをしている。

その唯ならぬ雰囲気に、一目でその男が彼等の頭であることがわかった。

男は俺の側まで近づいてくるとシャトラ族の青年に荒縄を投げてよこした。

青年は剣を引き、俺の両手を後ろに縛る。

後から現れた男は俺の正面に向き直り、にやりと笑った。


「黒翼団にようこそ、調停者殿」


「黒翼団だと……!

この下郎どもめ、調停者を離せ!」


男の言葉に、トリスティスがいっそう怒りを顕にまくし立てた。


「黒翼団?」


聞き覚えの無い名前だ。

俺の疑問にクラルが答える。


「このご時世に、人の弱みにつけ込んで、殺しや略奪、麻薬の売買までやってのける、犯罪組織だ……。

ただのごろつき共だよ」


黒翼団の頭と思しきその男は、横目でクラルをちらと見た。


「詳しいな小僧。

だけどただのごろつきとは、聞き捨てならねぇな。

俺たち黒翼団こそが、イシスの闇、即ち世界を真に支配する者だ。

黒い霧に覆われたこの世界では、悪こそが世界を動かす」


「なんだと!」


真面目なトリスティスは我慢ならずに男に食ってかかる。

だが男はそれを他愛ない戯れに対するように微笑みで返した。


「俺はバルジ。

あんた達もよく覚えておけ。

これからイシスの王者になる者だ」


バルジと名乗った男が、黒翼団の連中が群がる中心に歩み出る。


「調停者は今この瞬間から黒翼団のものだ」


この男……正気か?

俺を一体どうするつもりだ。

そんなこと、クラルが許すわけない。


「おめでたい奴だな」


クラルが周りの男達の間を縫ってバルジの前に躍り出た。

クラルの第一撃をバルジが片手に持った奇妙な剣で受け止める。

二人の攻防が始まる。

黒翼団の男達はバルジに絶対の信頼をおいているためか、誰一人手だししようとはしなかった。

むしろこの突発的な試合を楽しもうと、観戦を決め込んでいるみたいだ。

一方トリスティスは助太刀しようと構えたが、クラルに視線でいなされてしまった。


クラルとバルジ。

二人の剣戟が火花が散らす。

実力は伯仲しているようだが、クラルの顔面や胴を湾曲した刀が掠める度にひやりとしてしまう。

と、クラルが一歩踏み込んで、バルジの腕に浅い切り傷を与えた。

俺を掴んでいるシャトラ族の青年がぴくりと反応した。


「手を出すなよ、シレオ」


シレオ……これがこの青年の名か。

俺は奇妙にこの青年に興味を惹かれ、改めて観察してみた。

動物のように無駄の無い骨格、筋肉。

すらりと長い手足。

なにより、その瞳。

細く縦長の虹彩が、この場にいるどの人間とも異なる種であることを物語っていた。


「うっ……」


視線を戻す。

バルジがクラルの隙をついて、彼の腹部に蹴りを入れている瞬間だった。


「クラル!」


「クラル殿!」


クラルは腹を抑えて蹲る。

痛みのために、額に汗の玉を浮かべていた。


「卑怯だぞ……」


「甘ちゃんだなぁ。

野試合に卑怯もくそもあるかよ」


周りの男達がクラルを指差しながらげらげらと笑った。


「つまんねぇなあ、騎士って人種はどうしてこう頭が固いかね」


「貴様!これ以上我々を愚弄すると……」


「どうするって言うんだ?」


バルジの表情が急に冷酷なものに変わる。

距離が離れているにも関わらず、その殺気に、俺も思わず息が詰まった。

トリスティスは何も言えなくなってしまった。


「そろそろ諦めて手を引いたらどうだ?」


クラルとトリスティスの二人は悔しそうにバルジを睨んでいる。

くそっ何もできないなんて……。


「おい、あんた。バルジとか言ったな」


俺は深く考えず、状況を変えたくて、気づいたら声をあげていた。


「ああ。どうした、調停者」


「俺とも勝負しろ」


どうしてそんなことを言ってしまったんだろう。

直後に後悔に襲われるが、何もしないよりましな気がした。


「なんだって?ぷッ。はっはっはっは。

こいつはいい。おまえ、面白い男だな」


バルジは膝を叩き、可笑しくてたまらないといった様子で笑い転げていた。


「俺が負けたら大人しくあんた達についていく。

ただし、俺が勝ったら、そこの二人と俺を解放しろ」


一か八かだ。バルジは強い。不意を突いたとはいえ、あのクラルに一撃を与えたのだ。

だが、勝機が全くないというわけじゃない。

……やるしかない。


「いいぜ。……と言いたいところだが、俺もこの小僧とやって疲れた。シレオ、相手してやれ」


シレオ……このシャトラ族と?

一瞬だったが、こいつの強さは並大抵のものじゃなかった。


「話が違う」


「勘違いするな。

お前らは俺に生かされているんだよ。

流れはこちらが支配している。

身の程を弁えろ。さあ、さっさとやれ、シレオ」


シレオは俺の拘束を解いた。

俺とシレオは集団の中心に分け入る。

少し離れたところでクラルとトリスティスがそれを見守る。


「すまない、カーツ。私が至らなかったために……」


「いいんだ。これは俺自身の為でもある。やらせてくれ」


俺とシレオはそれぞれ得物を構える。

シレオの持つ戦斧。

持ち主の身の丈を超す巨大なそれを操るには、どれだけの筋力……それに鍛練が必要なのだろう。

シレオが重心を整えると、その切っ先はぴたりと空間に静止する。

一見どうということもないが、極限まで鍛え上げられた筋肉の為せる技だろう。

勝てるのか?こんな奴に……。

と、シレオは何の予備動作も見せずに戦斧を振り下ろした。

反射的に後ろに飛びのく。

戦斧の切っ先は、俺の太腿の間を通りすぎ、ズンという重い音をたて、地面にめり込んでいた。


「少しは手加減してやれ。

万が一殺したら、ただじゃおかないからな」


シレオは戦斧を引き抜き肩に担いで俺をじっと見つめた。


「今のは殺すつもりだったな……気をつけろ」


シレオはバルジに向かって頷くと、再び身体の前に戦斧の刃を構えた。

今度は俺からシレオに飛びかかる

案の定、それは易易と受け止められてしまった。

そのまま剣を押し込み、鍔迫り合いの形になる。

感情の見えない獣の瞳と睨み合う。

その時だった。


「うわ、魔物だ!魔物が来るぞ!」


野盗の一人が発した声に、俺もシレオも思わず周囲を見渡す。

誰もが今の一声に驚き、どよめきがひろがった。


「一体どこだ!魔物はどこにる!?」


「あ、あそこ」


男たちが見上げた先には例の裂け目がひろがっていた。

虚空にぽっかりと開いた、奈落の穴だ。


「裂け目……!さっきまで無かったのに」


トリスティスは動揺しているようだった。

彼女の傍で、クラルも身構えている。


「今、現れたのか。だとしたら、来るな……」


皆が裂け目を見上げた。

すると、奈落の彼方から、ねっとりと黒い膜をまとってそいつは現れた。

がっしりとした大猿のシルエットが空中に浮かんだと思うと、そのまま暫し静止し、自ら膜を破って生まれ出た。

魔物は前足から大地に飛び降り、見事に着地する。


「うわああああ!」


大猿は近くにいた男を捕まえると頭からがぶがぶと齧りついた。

牙の間から血が滝のように溢れ出る。男の身体は激しく痙攣した。

断末魔の絶叫が、自身の大量の血のためにぶくぶくと滑稽な音をたてる。

皆しばし呆然とその様子を眺めていたが、誰かがあげた悲鳴を皮切りにその場は阿鼻叫喚と化した。

黒翼団の男達が散り散りに逃げ惑う。

天からはまたも大猿が飛び降りてきて、逃げようとした男を背中から押し倒した。

大猿は次々に現れた。

三匹目、四匹目、五匹目……と、数を増やすうちに逃げ場はどんどん失われていく。


「マンイーターか……!

トリスティス、カーツ、落ちついて一匹ずつ仕留めるんだ」


「わかってる!」


クラルに向かってそう叫んだ途端、目の前で大猿が口を大きく開けていた。

剣を振ろうとしたが間に合わない。

万事休すか……。

そう思った瞬間、大猿は頭から股の下までを切り裂かれ、断面図を曝け出すようにぱっくりと割れてしまった。

分断された死体の間には戦斧の刃がめり込んでいた。

シレオはそのまま地面を蹴ると、二匹目、三匹目、と大猿を肉塊に変えていった。

俺だけでなく、クラルやトリスティスもシレオの動きに目を見張る。

バルジだけが、得意げにシレオを眺めていた。


「見事だ……」


「私達も負けていられませんよ」


クラルとトリスティスも素晴らしい連携を見せて、大猿を倒していく。


「俺だって……」


なんとか一匹でも倒してやるぞ。

俺は死体に噛り付いてる一匹にのしかかると、無我夢中で剣を突き刺した。得物が小さすぎる為か、絶命するまでに六、七回、叩き込む羽目になってしまった。

そいつが動かなくなったころには

息が切れてクタクタだった。

これじゃ埒があかない……。

近場にあった野盗の死体から大振りな曲剣を拝借する。


「まだ来るぞ、油断するな」


クラルの声に空を見上げると、また五つか六つ、同じ形の黒いシルエットが浮かんでいた。


「きりがありませんね」


次に現れたのは、今まで倒した大猿よりさらに大柄で獰猛な獣だった。

ごわごわの体毛が逆立って針のようだ。

真っ先にシレオが飛びかかる。


……そして次の光景には誰もが絶望した。


無敵に見えた戦斧の刃が魔物の毛に弾かれ、虚しく空を舞った。

シレオはすかさず大勢を立て直すが、魔物の太い腕が彼を殴りつけ、派手に吹っ飛び、そのまま地面に叩きつけらてしまった。


「ぐあッ」


トリスティスも別の魔物に高く打ち上げられ、地面に落下していた。


「トリスティス!」


クラルが我武者羅に魔物を剣で何度も斬りつける。

が、剣は根本から折れクラルも魔物に押し倒された。


「畜生ッ!」


こんなところで……!

やっと、生きる目的が見つかったのに、それを喪うのか?

トリスティスは、俺に希望をくれた。

クラルは……。

まだあいつのことは理解できないけど……正直、冷徹な奴だとは思うけど……。

だからこそ、こんなところで失うわけにはいかないんだ……!


と、その時誰かが俺の肩をがしりと掴んだ。


「無駄だ」


バルジだった。


「うるさい、邪魔するな」


肩を掴む腕を振り払おうと暴れる。

するとバルジはいきなり俺の横っ面をぶん殴った。

衝撃に倒れると、彼は俺の前に屈み込んだ。


「これだな」


あの眼帯に男の手が触れる。


「やめろ、何をする!?」


顔に伸ばされた腕を掴んで引き剥がそうとするも、微動だにしない。

この男、見た目どおり、かなり強い……。


「あの二人を救いたいんだろ?大人しくしろ」


あっという間もなく、右目を覆っていた布が押し上げられる。


ゆっくりと目を開く。


瞬間、世界が生まれ変わった。

第一部完結です。次回から第二部開始です。

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