1-0 肉体化
血の……匂い……
何かが……べたつく…
汗が……
いや……
血か………?
手が濡れている……
手だけじゃない……全身だ……
全身がぐっしょり……汗と……
……他人の血で……
不快だ……
………死体?
………
一つや二つじゃない…
…………
俺がやったのか……?
ーーーーーー……ッ!
自分が息を呑む音で目が覚める。
体が熱い。
激しい運動の後のように呼吸が乱れている。
ほんの一瞬前まで眠っていたにしては、随分と元気の良い事だ。
唾を飲み込み、汗が引くのを待つ。
……やがて耳の近くで煩く鳴っていた血管の音が静まり、意識がはっきりしてきた。
これは現実だ、とあらゆる感覚が告げている。
つまり、あちらの醜悪な光景のほうは夢だったのだ。
そう考えると、動悸も少し和らいだ気がした。
さあ、今置かれている状況を整理するのだ。
全身が強ばっていて動くのが躊躇われたが、一思いに頭を振ってみる。
……大丈夫だ、大した痛みはない。
と、首を巡らせてみたところで両腕が吊るされていることに気づく。
鎖の音。
それにひやりとした石の床。
錆びた鉄格子…。
ーーーー鉄格子?
心臓が縮み上がった。
再び頭に血がのぼり、噴き出した汗が体を湿らせる。
ーーーー俺は何故…ここに…?
気づいてはいけないことに思い当たってしまった。
先程の夢とは別種の、言いようの無い不安が鳥肌となって全身を覆う。
どうやら今回のそれの方が、自分が抱えている本当の問題のようだった。
ある疑惑が胸の内から押し寄せてきて喉の奥を詰まらせる。
信じ難いことに、もしもこれが真実だとしたら。
もはや手の施しようがないのではないか……?
再び唸りだした動悸が、呼吸の音が、意識と分離して頭の中に反響する。
眼前に広がる一室……。
鉄格子に覆われたこの世界……。
これは何かの冗談だろうか。
ーーーー夢の続き……なのか?
……幾ら待ってみたところで、二度目の目覚めが訪れることはなかった。
俺は一体どうしてこんなところに閉じ込められているのだろう。
あの夢の前に、何をしていたか思い出すんだ。
……だめだった。
考えようとすると全て支離滅裂になってしまう。
建設的な思考ができない。
俺は壊れてバカになった機械みたいにぜいぜいと乱れた呼吸を繰り返すだけだった。