Episode-19 梁田里桜
──何とか、あの人の誤解をとくことに成功して、茜ちゃんはまたあの人に一歩惹かれる結果になった。
意外と早く解決したのは良い事……なんだけど、どうも、あの人と茜ちゃんの間には『恋愛』と呼べる空気が流れていないように思えてしまう。
「(まあ茜ちゃんはあの人の事好きなんだろうけど……)」
このままでは、茜ちゃんがあの人に想いを告げられずに時間だけが過ぎてゆくことになってしまう。
私は、茜ちゃんの友達の梁田里桜として、出来ることをしてあげたい。
私は、テスト前の大事な授業中にでも構わずそんな事ばかり考えていた。
「(茜ちゃんを応援するだけじゃダメだし、あの人に直接会って、茜ちゃんの事をどう思ってるか聞いてハッキリさせよう……!)」
さっそく今日の放課後、校門の前であの人を待ち伏せしてみよう。
そう思い立って、放課後が来るまで私は、茜ちゃんとあの人の事だけを考えつづけた。
──そして放課後が来た。
「──茜ちゃん。」
私は終礼と共に、茜ちゃんの元へ行った。
「どうしたの里桜ちゃん?」
「私、今日は用事があるから茜ちゃんは先に帰ってて」
あの人に直接会うことを、私は茜ちゃんに隠そうと決めていた。
もし茜ちゃんがその事を知ったら、「恥ずかしいからやめて。」と反対されるに決まっているもんだから、それだったら隠しておけば何とも言われずにすむだろうし、あの人から聞き出せなかったら茜ちゃんはがっかりするだろうし。
とりあえず、この事は私の独断で行おうと決めていた。
「……用事? そっか、なら仕方ないね。それじゃバイバイ」
ちょっと残念そうにした茜ちゃんを、私は手を振り返して見送った。
「さてと!」
ここからが正念場。
あの人の真意をハッキリさせなくちゃいけない。
私は燃え上がるような闘争心を内に秘め、あの人が通るであろう校門の前で待ち伏せを決行した。
……しばらくして、目的のあの人の姿が昇降口を出たあたりで見えた。
「……ん?」
よく目を凝らすと、あの人の隣には見たことのない女生徒が居ることに気がついた。
あの人と仲良さそうに話しているところを見ると、あの人の同期、私の先輩だと断定できる。
「(異性の友達が居るなんて……意外かもしれない)」
異性であることにビックリしたが、加えてちょっと美人さんだという事になおビックリしていた。
……予想外の展開になっちゃったな……。
このままだとちょっと、話しかけにくい。
──でも、あの女の人の事も気になるし……!
「(ああ……どうしよう……!)」
こんな事になるんだったら、最初から喋り上手な茜ちゃんに協力してもらえばよかったかもしれない。
私は一人校門前で頭を抱えながら唸り声をあげるハメになってしまった。
──放課後、意外なやつから声をかけられた。
「──純一くん。」
「……なんだ」
俺の隣、常時にこにこしている佳織が、すでに帰ろうとしていた俺に突然話しかけてきた。
「たまには、一緒に帰らない?」
「たまには、って、俺とお前じゃ一緒に帰ったことも登校したことも……」
そこで俺はあの時のことを思い出す。
「ううん、純一くん。一緒に登校したことはあるよ?」
「そうだったな。」
俺が佳織の家に行った時のことだ。数日経った今でも、鮮明に覚えている。
……確かあの時、佳織は俺に……。
「(いやいやいや! せっかく忘れてたんだから、思い出さないでおこう!)」
と頭の中で必死に忘れようとするが、すでにあの時のシーンは思い出されていた訳で、どうしたらいいか分からない恥ずかしい思いが、俺の胸の鼓動を早くさせた。
「でさ、どうなの?」
ズンと、佳織は俺に顔を近づける。
「……ち、近いって……!」
反射的に、佳織が顔を近づけてきたのと同時に俺は頭を引いた。
自分でも分かる。今の俺の顔はとても赤くなっているだろう。
「ああ、ごめんなさい……」
佳織もあの時のことを思い出したのか、急に顔を赤くし、俺から顔を逸らした。
「(こいつ、どこか抜けてるんだよなあ……)」
顔立ちがよくて、性格も……まあ良し、のくせに自分でやったことを忘れる。
最近俺以外と喋るようになったから、気が抜けてたのか知れんが……
「ま、まあいいや。んで、何の話をしてたっけか……」
「んもう、一緒に帰るかどうか話し合ってたんでしょ」
「ああ、そうだ、そうだったな……まあ、たまにはいいか……」
特に断る理由がなかったので、俺は面倒だけ起こらないようにと祈りつつ、佳織と一緒に帰ることにした。
「よし。決まりだね! それじゃ行こっか」
「おう。」
こいつと話すのがずいぶん懐かしく感じる。
……いやまあ、授業中とか休み時間の時はさんざんこいつの喋り声が聞こえてくるもんだから、なれてはいるんだが。
「……そういえば、純一くんってどこらへんに住んでるの?」
昇降口に降りたあたりで、佳織がふとそんなことを聞いてきた。
「お前の家からそんなに遠くないところ、ここからだと、あの校門を左に……」
俺が校門を指さした時、ちょうどその校門の手前、またかと思わせるその二つくくりの髪が小刻みに揺れているのが見えた。
「左に?」
「…………」
「あれ? 純一くん?」
「──あ、ああ! すまん。ちょっと考え事を」
……なんでまたあんな所に居るんだ。また何か俺に吹き込むつもりか?
ぞろぞろと校門をくぐっていく生徒達の中でも、一際目立つその小柄な少女、里桜ちゃんはこの前と同様に校門の前で誰か(確実に俺の事)を待っている様子だった。
「で、で。校門を左に行って?」
「あ、ああ。校門を左に行ったら……そのまま真っ直ぐ……」
「へえ。案外、私が通る道と変わらないね!」
「そう、だな……」
どうしても気になってしまう。
校門に近づいていくにつれて、そんな思いが胸の中に湧き出てくる。
「(例の茜の一件の事か……それとも、他のことか……)」
無事解決したんだから、何も問題は無いはずなんだが。
……ここは、仕方ない。
「でさ、もしよかったらなんだけど……」
「──すまん。ちょっと急用を思い出した。悪いが先に帰ってくれ」
両手を合わせ、頭を下げ佳織に謝った。
どうしてもアレだけは放っておけないような気がするから。
「え! そ、そっか……残念……」
言葉通り、とても残念そうな顔をする佳織。
「今度、一緒に帰ってやるから。今日は……すまん」
「……それなら、分かった」
なんとか埋め合わせで了承してくれた佳織は、「それじゃあバイバイ」と手を振って、帰って行った。
「(よかった。……って、安心するにはまだ早いな……)」
校門前で立ち往生している里桜ちゃん。
俺は半ば呆れるような思いで、佳織の背中が見えなくなるのを確認してから、校門へと向かった。