Episode-17 縁の下の力持ち
「里桜ちゃん! き、昨日はどうだった!?」
朝、教室に入るやいなや、突然茜ちゃんが私の元によってきては、必死な顔をして迫ってくる。
「昨日、は……えっと……」
茜ちゃんが聞きたいのは、昨日、私が純一先輩にどう接触したか、について。
だけど昨日、やり過ごせたのは確かだったけど、少しやり方を間違えたような気もする。このことをどう茜ちゃんに説明したらいいのか……
「昨日は? どうだったの?」
「えっと……まあ、大丈夫だったよ? 上手くごまかせたと思う。けど」
「けど……?」
言葉を濁らせた私に、茜ちゃんは首をかしげた。
「けど、またあの時みたいに怒っちゃったら、さすがにバレると思うよ」
次も、同じように誤魔化すことができるとは限らない。
ああ見えて、結構勘が良さそうだったし。
「(変態だったし……)」
少しムスッとした表情になった里桜は、正面に立ちふさがっていた茜を避け、自分の席へとスタスタと歩いていく。
「そ、そうだよね。あたし、次も怒っちゃったら……」
それに続くように、いつもとは違った弱気の様子の茜がついていく。
「でも、次は気をつけてさえいれば大丈夫なんじゃない?」
「そうかなあ……」
ここまで弱気になられると、逆にどうフォローしようか迷いが生じてしまう。
だけど私は、茜ちゃんの『友達』として、しっかりサポートしてあげなくちゃいけない。
私こそ、恋愛経験なんて皆無に近いくらいだけど、それでも、客観的に物事の判断は出来るし多少の励ましくらいなら出来る。
昨日みたいに、上手く誤魔化すことだって出来る。
「(私がしっかりしなくちゃ……)」
いつもなら、太陽のように明るい茜ちゃんが言うような事だけど、今ならその代理になれると確信していた。
「……さっそくだけど、茜ちゃん。また今日のお昼、あの人と一緒に食べない?」
「えっ、そんな……だって、顔、合わせにくいし……」
「大丈夫。私が、なんとかしてみる」
少々強気な姿勢を見せた私を、茜ちゃんはじっと見つめて、そしてゆっくり口を開いて「……ありがとう。」とだけ言って、さっさと自分の席へ戻って行った。
「……ありがとう、か。」
いつぶりかな、そんな事言われたの。
……むしろ、私が茜ちゃんに感謝しないといけないくらいなのに。
そんなことを考えつつ、私は、今日のお昼休みに向けて作戦を練ることにした。
──俺の長所は、上手く面倒をしのぐこと。
反対に、俺の短所は、面倒にすぐ出会ってしまうこと。
妙なことだが、自分の長所と短所の利害は、上手いこと一致している。
だが、結論を言ってしまえば、俺の長所は嘘だ。
いつも面倒に巻き込まれては、頭を悩ませ、試行錯誤した結果あえなく失敗に終わることが多い。
……そう、俺はただ、面倒に取り憑かれた不幸な人間だ。
逆境に強いやつほど、現実に打たれ強く、俺みたく逆境にまとわりつかれてるやつは、端から現実なんて見ようともしない。
そのことがあって、人間は堕落する。
かくいう俺も、その中の一人であるのは間違いないが、少なからず、面倒と向き合うことはしばしばある。それは褒めよう。
だが、今、こうして頭を悩ませ、長時間同じ事に思考を巡らせるのは、ひどく辛い。
「…………」
おかげで、寝る間も惜しむ結果になる。
……今日の午前は、昨日の午後に比べまだマシなほど授業を受けられた。
しかし、例の茜の件が、俺の思い違いだったとするなら、そもそも頭を悩ませることもなく、まともに授業を受けることができる。
「(まあ、それ以外にも、やっかいなのが残ってるいるんだが……)」
横目で、楽しそうに友達とご飯を食べる佳織を見る。
授業中、あんだけべらべら喋ってたのに、よくまだ喋れるな……
まあ、それがあいつの取り柄なのかもしれないけど、そろそろ先生達もお手上げって感じだったぞ。
「さて、と。」
この場にいると、どうも気分が良くない。
俺は昨日と同じ、食堂で昼食をとることにした。
……もしかすれば、茜が居るかもしれない。
その時は、昨日の事、早め早めに謝っておこう。
そう思い立って、足早に教室から出る。
しかし教室を出てすぐ、見知った顔があるのに気づき、食堂へ向かおうとしていた足をとめた。
「里桜ちゃん?」
「あ、純一先輩。」
俺の姿を見て、里桜ちゃんは二つくくりにした髪を揺らしながら、こっちに近寄ってくる。
「……まだ、何かあるの?」
昨日のことで何か責め立てようとして、俺のとこに来たのだろうか。
そんな不安が頭の中をかき回す。
「昨日のことじゃありません。」
少し頬を膨らませて、ムスッとした表情で言った。
「じゃあ、何か他に?」
「はい。今日は、その、一緒にご飯でもどうかと……」
……ほう。まさか、里桜ちゃんが俺のことを誘いにくるとは思っていなかった。
こういう時、おおかた決まって、茜が俺を呼びにくるんじゃないかと思っていたが……
まあ、お昼を誘われたのは意外だった。
「……ふーん。」
どういった了見なのか定かではないが、里桜ちゃんが俺を誘うとなれば、茜は必ずからんでいる。
むしろ、茜の方から来ると思っていたくらいだったし、里桜ちゃんの控えめ……っぽい性格から、それだけはないなと思っていた。
しかし、これは好都合。
わざわざ茜を探さずに済むし、そっちから話す気になったのであれば断る理由もない。
「ダメですか?」
心配そうに俺の顔を覗き込む里桜ちゃん。
俺はそのパッチリした目を見て、「いいよ。」とだけ言った。
「分かりました! では、茜ちゃんも一緒でいいですよね。」
「うん。」
最初からそのつもりだったのだが……
変に、嬉しそうに笑顔になる里桜ちゃんを見て、ただ一緒に食べて、一緒に話しましょうということだけではなさそうだと悟った。
「では、行きましょう……あ、それと」
俺の前を歩き出した里桜ちゃんが、数歩歩いたところで立ち止まる。
「ん?」
「あの……、昨日のアレ、茜ちゃんには絶対に言わないでくださいね!」
「アレ、ね。はいはい……」
まだ昨日のアレを引きずっているらしい。
ほんとに、礼儀正しい子なだけあって、とてもギャップを感じざるを得ないな。
少し頬を赤らめた里桜ちゃんは、再び歩きだし、俺もその小さな背中を追うようにして、食堂へと向かった。