Episode-13 交差する視線、過ぎ去る死線。
「おはよう、錦戸さん」
「あ、おはよう」
……自然と交わされる挨拶。
あの時の佳織と、今の佳織は全くの別人のようだ。
まあ、俺からすれば、これが佳織の『通常』な訳なのだが……。
「…………」
どうも落ち着かない。
前までの佳織は、朝教室に来たときも、休み時間の間も、俺としか喋っていなかった。
だが今はどうだ。朝、教室に来たと思えばすぐ『友達』と世間話を始めるし、休み時間の間も、ずっと友達と喋っているではないか。
「(……リア充め)」
友達と話してる時の佳織は、その数人の中でもひときわ目立っている。
見る者を虜にするその笑顔、否応なしに耳に入ってくるその柔らかな声。
何を差し引いたとしても、佳織は、とても輝いていた。
……これでは、俺の方が、独りぼっちの状況に陥ってしまっているのではないか……
──いや、それは考えないでおこう。
「……寝るか……」
過度なストレスは面倒の素、面倒はさらに面倒を連れてくる。
俺は自分にそう言い聞かせ、午前の授業──一時間目──から、深い眠りにつくのであった。
──昼休み。
俺は隣で騒がれても困るので、その場から逃げるようにして食堂へと向かった。
「あれ? 純くん?」
「お、茜か。」
俺が食堂に着くと、茜が友達の里桜ちゃんを連れているところに遭遇した。
「この前もここで会ったね。今日は食堂なの?」
「うん、ちょっと教室だと居づらくてな。茜も、それと里桜ちゃんも、ここで食べるのか?」
「あ、はい。そうです」
先輩、という関係柄、里桜ちゃんは俺と話し辛そうにしていた。
「そっか、じゃあ、邪魔しちゃ悪いし俺はそこらへんで……」
「──あ、待って純くん」
「ん?」
せっかく気を利かせてやろうと思った矢先に、茜は、その派手な色をした髪をなびかせ、俺を呼び止めた。
「あの、純くん、よかったら一緒に食べない?」
「……どうして」
「いやっ、あの、高校入ってからなんか純くんとあまり喋ってないな、って……その、だから……」
急に目をそらし、言いにくそうにもじもじし出す茜。
その隣に居る里桜ちゃんは、何やら真剣な眼差しで俺を見つめている。
「うーん……」
確かに。
中学までは、茜と一緒に昼食をとったり、一緒に登下校したりしていたが、俺が高校に行きだしてからは、なかなか会うこともなくなり自然と距離が離れてしまった。
俺は特に気にしていた訳でもないが、茜はそうでもないらしい。
が、今は俺と茜、そして茜の友達の里桜ちゃんが居る。
俺と茜が二人っきりだったら、迷わず一緒にご飯を食べていただろうけど……
「里桜ちゃんは、俺と一緒でもいいの?」
「……え」
俺が一緒に居ると、里桜ちゃんが要らぬ緊張をしそうで申し訳ない。
残念だが、茜とはまた今度にでも一緒に……
「──里桜ちゃんは大丈夫だから! ね!」
茜はそう言いながら里桜ちゃんの肩を叩いた。
「えっ、あ、えっと……そうです……よ?」
突然肩を叩かれた里桜ちゃんは、当然、驚いた表情になり、テキトーな口調で茜に合わせていた。
「(どう見ても大丈夫そうじゃないんだが……)」
ここで茜を振りきると、逆に後が怖いんだよな。
こいつこう見えて……ってか、見た目そのまんま性格が荒れてる所あるし。
「ね? いいでしょ?」
「……まあ、お前がそこまで言うなら……」
俺がしぶしぶ承諾をすると、茜はすぐに「じゃあ決定ね! あたし席とってくるから里桜ちゃんと純くんは先にご飯買ってきなよ!」と返事し、俺と里桜ちゃんを置いて行ってしまった。
「(なんであそこまで必死なんだ……?)」
俺は離れていく茜の背中を見ながら、不思議に思った。
「じゃ、じゃあ私は先におトイレに……」
「あ、ああ。分かった、先に行ってるね、里桜ちゃん」
「はい。」
丁寧にペコリと頭を下げてから、里桜ちゃんも行ってしまった。
……なぜだろう。とても……
「……とても面倒に巻き込まれた感じがする、な……」
どことなく感じる『面倒』の気配に背筋を凍らせながらも、俺は食券を買いに券売機へと急いだ。