Episode-11 喉に突き刺さる魚の骨のよう 前
「お待たせ。」
「お、おう……じゃ、いくか」
手早く佳織は制服に着替え、学校に行く準備を済ませた。
ほんの数分前、佳織は俺にキスをした。
さっきからそのことばかりが、俺の頭の中でぐるぐると渦巻いている。
なんであんな事をしたのか……。
本人に直接問うてみたいものだが、いかんせんそういう経験が無いため上手く言葉に出来ない。
部屋から出てきた佳織に、俺は目を合わせることなくさっさと階段を降り始める。
「……そういえば」
「ん。」
すると、佳織は俺をすぐ呼び止める。
「お母さん、何て言ってた……?」
佳織は、少し不安そうな顔でそう聞いてきた。
「別に。特にはなにも」
「そっか」
それを聞いて、佳織はこわばらせた顔を少しほころばせる。
……そういえば、佳織は両親とはあまり関係が良くないんだった。
しかし、実際母親に会って、特にそんな風には感じることが無かった。
俺は立ち止まっていた階段をまた降り始める。
「(……なんだか、暗いな)」
ここに着いた時もそうだったが、家の中は明かりが点いていなかった。
それに、こんな寒い時期なのに、暖房がついていないとしか思えない床の冷たさ。
本当に人が住んでいるのか疑いたくなる空気感がある。
足が一階のフローリングに着くと、リビングには佳織のお母さんが居た。
俺たちの気配に気づいて、俯かせていた顔を上げる。
「…………」
そして、虚ろに開かれた目で、俺と佳織を交互に見て、何かをいうわけでもなくただ無言でリビングから出て行った。
そんな母親を見て、佳織は物憂げな表情になる。
「なるほど、な」
やはり、佳織の言う通り、親との関係は良くないらしい。
俺がここへ来たとき、丁寧な挨拶をしてくれたがそれはきっと上辺のものだったのだろう。
さっきの虚ろな目には、母親の温かさが微塵も感じ取れなかった。
俺と佳織はその後を着いていくように、玄関へ向かった。
「……純一くん」
「なんだよ」
「お母さんはね、私が学校に来てないって学校側から連絡がきて、わざわざ仕事場から家まで戻ってきたの。いつもはね、週二日くらい家に居るんだけど、今週はずっと家に居てくれたんだよ……」
「……それって、当たり前の事だぞ」
「……それもそうだね」
どうやら、解決するべき面倒がまた一個増えたみたいだ。
佳織の両親。
この前、佳織が悩みを告白した時に、幼い頃から両親は側に居なかったと聞いた。
だから家でも、ほとんど誰とも喋ることはなかったんだ。
「……俺のこと、なんで話したんだ?」
「え?」
「お前が俺のことをよく話す、ってお前のお母さんが言ってたんだ」
「……そうなんだ」
「……やっぱり、ウソなんだな」
だと思った。
幼い頃から両親とまともに会話したことがないって言ってたのに、今になって話せるわけがない。
それも、社交辞令か何かのつもりで言ったのだろう、ずいぶん嘘つきな親だ。
「──まあ、なんにせよ。今はそんな事気にしてる場合じゃないだろ」
「……うん、そうだね」
まずは目の前の敵から。
そう自分に言い聞かせながら、まだ微妙に緊張した空気の中、さっきの一件のことを思い返してみるのだった。