第五十話−冬休みの始まり−
目を細めて、ライトのまぶしさに耐えながら、ヘリコプターを見守っていると、不意に男の声が聞こえた。
どこか、聞き覚えのあるような気がする。 きっと似ているだけだとか、そんなんだろうと僕は思った。
僕は、リトルと同じように、大きく手を振って、合図を送った。
どうやら男の声はヘリコプターの方から聞こえてくるようだ。
縄梯子が垂らされた。 上で男が「つかまれ!」と叫んでいる。 ヘリコプターの上にいる男は、さっきからこれを言っていたのだろう。
リトルを先に縄梯子につかまらせ、その後を追うようにして僕が縄梯子を掴んだ。
ケビンたちが迫ってくる。
だが、先頭にいたケビンの手が縄梯子に触れることなく、僕たちはアパートを離れた。
ここまで来れば、もうケビンたちは追ってくるまい……。
勝ち誇った安心感と、ヘリコプターの不思議な抱擁に包まれて僕たちはセントラルアパートを後にした。
***
あれから二日後。
僕は初めて乗ったヘリコプターに感動を覚え、それについては事細かに日記に記すことにした。
日記に書くことなら、他にもある!
ジェシーを夢魔から救ったこと。 ケビンたちのアパートで起きた騒動。 そして、リップの家での嫌な出来事……。
一番最後の出来事はさておき、とにかく、クリスマスの日はとてもたくさんのことが起こった。
いつもなら家で静かに過ごすはずなのに、この日ばかりはそういうようには行かなかったらしい。
とことん、日常生活を奪われている気がする。
ところで、ヘリコプターによって救助されたあの日、リトルの車はどうなったかというと、あとから召使の一人がリトルからカギを預かって、車を僕たちのいるところまで運んできてくれたらしい。
なんという、気遣いだ。 彼(ヘリコプターに乗っていた人)は本当に、リトルの言っていたとおりの”非情”な輩なのだろうか。
そうとは思えない。
男は、確か全身紫色の服を着ていた。 ベルベットのような高級そうな生地で出来たコートを着流していたと思う。 中世ヨーロッパの世界から飛び出してきたような、感じの風貌だ。
男はたいそう、優美な雰囲気を放っていた。 優しく、穏やかな顔をしている。
僕達が男の家に到着したとき、彼は、玄関先でこう言った。
「ご苦労様だったね。 ゆっくりと休んでいけばいい」
非情というのは、リトルの単なる思い込みなのだろうか。
一方で僕は、彼の優しい雰囲気に、そこはかとなく惹かれた。
だが、きっと金持ちか何かの類に違いは無い。
家のつくりや、着ているものからして、そうだ。
優しいと思わせておいて、実は金にがめつい奴だったらどうしよう……。
それにしても、彼とは、前に会ったことがあるような気がしてならない。
どこかで、見たことのある雰囲気をもった人間だ。 一体何処で彼を見たんだっけ……。
僕たちは、リビングに連れて行かれた。
しばらくの間、そこに置かれた幅の広いソファーに座って、彼とリトルは話し合っていた。 僕は彼等の向かい側に一人で座っている。
リトルはケガのことや、僕の事情についてを彼に説明していた。(何せ、僕はケビンの家に泊まるといって、家を出てきてしまった。 途中で帰ってきたら、一体何事なのかと、思われるだろう。 僕がどういいワケをしても、母さんはケビンの親に連絡を取って事情を聞き出すに決まっている。 それでは今までに起こった出来事の言い訳をするのが面倒くさい)
それにしても広い家だ。 天井には綺麗な装飾が施されている。 絵画が一面に描かれているようだ。
暖炉は、高さが人一人分あって、横の長さはその倍だ。 あれだけ大きな暖炉でなければ、きっとこの部屋全体を暖めることが出来ないのだろう。
リトルは、男と話を済ませると、僕のところに目を向けた。 僕はさっきから、ソファーにすわりながら男の家を見渡していた。
「レンディ? 今日はここの家に泊まる。いいな」
僕は、さっとリトルの方に振り返った。
「え、ここに……?」
「そうだ。 わざわざ泊めてもらうのだから、彼に感謝しろ。 彼は……」
リトルが男の紹介をしようとしたとき、彼は自分から名乗り出てきた。
「ウィル・ウィッシュだ。 普段は伯爵なんだけど、ここでは伯爵だと言わないことにしよう。 よろしくね」
ウィルは手を差し出した。 握手をしようという意図を示している。
「ぼ、僕、レンディ・クローズです。 よろしく……」
僕はおずおずと握手をした。 冷たい手だ。 彼は手袋をしていたが、骨っぽいのがわかる。
それにしても、普段は伯爵だが、今はそう名乗らないというのは、どういうことだろうか。
「さて、部屋を案内しよう。 今のところつかえる部屋があまりなくてね。 付いてくるといい」
僕たちはウィルに案内されて、各々の部屋へと向かっていった。
まるでこの家は迷路のようだ。 長い廊下の両脇には、いくつものドアがある。
いったい、どれが僕達の止まる部屋なんだろうと、ワクワクしながらウィルの後についていった。
二階に上がって、十メートルほど進んだところに、僕の部屋を見つけてくれた。
一階と同じような廊下が続いている。
残念ながら、リトルは別の部屋で泊まるらしい。 ちぇっ。せっかく仮面の下を覗いてやろうと思ったのに!
僕が案内された部屋は、二匹のライオン絵が壁に描かれている部屋だった。
淡い光で、薄暗く照らされている。 ジェシーの家を思い出した。 確か、彼女の家もこんな感じの高級そうな雰囲気をもっていたと思う。
部屋はベットが一台と、椅子があるだけだった。 シンプルなのに、ライオンの装飾だけが妙に際立っている。 これはライオンを絵を目立たせるためなのか……?
僕はベットに寝転がった。 気付くと僕は、眠っていた……。
翌日、僕等は家に帰ることとなった。
車を出すとき、男の家の庭を眺められたが、それはそれは見事なものだった。
玄関を出てから、門につくまで三十メートルほどある。 その間、両サイドには、綺麗に刈り込まれた芝生や幾何学的な模様の花壇があった。 実に、綺麗だ。 きっと春になったら綺麗な花が咲くんだろうな、と僕は思った。
そうして、家に帰った途端、僕は熱をだした。
きっとジェシーのホテルに行ったとき、薄着だったのがいけなかったんだろう。
だが、明日からは冬休みだ! 風邪が治れば、いっぱい遊べる。
……そう思ったのもつかの間、僕はあることを思い出した。
「冬休みはできるだけ空けておけ」
そう。 僕がリトルによって魔術師にされたときに、言われたことだ。
彼は何をたくらんでいるのか、僕には予想がつかなかった。
また会うだなんて、嫌だなあ。 一体、今度はどんなことが待ち受けているのだろう。
面倒くさいったらありゃしない!
しかし、そんなことをいっていられるのも、今のうちだった……。