第四十六話−リップの家でひと騒ぎ−
何食わぬ顔でジェシー達の部屋を抜け出した後、僕はリトルをリップの家まで案内した。 最初、何故リップのところへ行くのか、とリトルに訊ねられたが、僕は「あの時、僕が魔術師だってことを知った人間だから」と説明をし、彼を納得させた。
しかし、彼の記憶を消す方法は、なかなか難しいものである。
第一、彼は、親家族と一緒に家にいる。
どうやって、家に忍び込めば良い……?
ジェシー達の時と、同じようにはいかない。 あらかじめ忍び込んでおくことが出来ないぶん、やはり問題は難しい。 僕たちは、そのことについてしばらく考えをめぐらせた。 そして、リトルと一緒にあれこれ相談してみたところ、結果的にリトルが家庭教師のふりをして、リップの部屋に入るという作戦になった。
残念なことに、僕は車の中で待機することになっている。
どうしてか、と聞いたところ、リトルは「よく考えてみろ。 お前とリップは知り合いだろ? 学校のことだから、親も知っているはずだ。 リップの記憶はいずれ消されるのだから構わんが、万が一のことがあってみろ? 親は黙っちゃいない」と、言った。 それもそうだ。
しかし、家庭教師がこんな時間にくるのは、おかしい。 そこで彼は、リップの部屋に忘れ物をしたから、家庭教師の代理人が彼の部屋に忘れ物を取りにきた、ということにすれば良かろう、と主張した。
上手く行くかどうかはわからない。(そもそもリップに家庭教師がついていることは、この前のテストで良い点を取れた理由を自慢されたときに、記憶しておいただけである。 だから、今も続いているのかどうかはわからない……!)
ただ、彼の部屋に入ることさえ出来れば、かなりの確率でリップに出会うことが出来る。
そのときに彼の記憶を消せば、無事成功ということになるのだ。
リトルは、トランクの中から適当な服を探し出し、それを着て変装した。 顔は、ホテルマンのままである。 僕は、堂々とリップの家へ向かって行く彼を見送った。
時計を見ると、既に十時を回っている。
もう眠気が差してくる頃であったが、僕は、時計を見てピリピリとした不安に襲われた。
それにしても今ごろ、ケビン達のいるアパートでは、一体何が起きているのだろう?
十時に彼のアパートにいくと約束したが、これでは時間を大きく上回ってしまう。
彼は、待っているだろう。 きっと、僕の登場を不機嫌そうに待っているんだ。
けど、これを終わらせなければ、リトルに言われた忠告を無視することになる。 そう、僕が魔術師であるという正体を、他の人に知られては厄介なことになるから、早めに処理しておけという、忠告だ。
得体の知れないものを相手にするだけに、僕は慎重になっていた。 何か厄介なことでも起これば、面倒だ!
いや、既にその厄介な出来事の最中にある。
だが、これ以上……僕の日常を奪われるのは、耐えがたい。
しばらくすると、リップの家から悲鳴が聞こえてきた。
そして、リトルが、リップの父親と思わしき人物にたたき出されて、家の外へ飛び出してくるのが見える。 二人は、玄関先で二言三言、口論すると、リトルはとぼとぼと車のほうへ向かっていった。
僕は、小さくうずくまった。 顔を見られちゃ困る。
第一、リトルの起こした行動に僕が関わっているということを、リップの父親に知られたくない。
父親は、「二度と来るな!」と叫んだ後、ドアを叩き割る程の勢いで、部屋の中へ入った。
僕は、窓の下の方から少しだけ顔を出す……リップの家の玄関からこぼれる光、そしてリトル。 よし、誰も見ていないな?
僕は、そっと、もとの位置に座り直した。
「おかえり」
イライラとした面持ちで車に乗り込んでくるリトルに、僕はそうささやいた。
すると、彼は、弾かれたようにわめき散らした。
「この時代の親は、馬鹿げている。 リップの記憶を消そうとしたところで、彼は悲鳴をあげて倒れた。 それを聞きつけた父親は、飛んでリップの部屋に入ってきやがる。 私は急いでリップの記憶を消したんだが……」
そこまで言うと、リトルはさも「馬鹿げている」といったように、肩をすくめた。
「私のことを、強盗か殺人鬼だと思ったらしい」
「まあ……今は物騒だし。 神経を尖らせているのも、無理は無いと思うけど……」
「だが、礼儀がなっておらん」
本当の意味で、礼儀がなっていないのは、どっちだ。
「とりあえず一件落着したんだし。 次は、ケビンのところへ行かなくちゃ!」
僕たちは、性急にケビン達のいるアパートへと向かった。
彼のいるアパートについてはこの前、ケビンから着たメールで、伝えられている。
僕は、ケビンたちのいるアパートの場所を、リトルに教えた。
「それにしても、どうして僕のマフラーを、夢魔を倒すために使ったの?」
僕はどうしても疑問に思っていたことがあった。 それは、先ほど行って来た、ジェシー達のいるホテルでの出来事である。
リトルは、それについて説明した。
「お前は、どんな気持ちをもって、あのマフラーを作ったんだ?」
今更になって、そういうことを言われると、どうしても皮肉に聞こえてしまう。
だが、僕は、もうすぎたことは仕方がないと妥協して、素直に答えた。
「もちろん、頑張ったよ。 本当に、苦労したんだから」
「そうだろう。 認めてやる。 だから、夢魔を退治するのに、役だったのだ」
僕は、未だ彼の言っていることを理解しきれていなかった。
「夢魔とは、つまり悪魔の一種だ。 それはわかるな?」
「うん……本で読んだことがある。 でも、インキュバスやサキュバスのことでしょ?」
「そうだな。 ほぼあっている。 しかし、インキュバスやサキュバスは夢魔の種類だ。 悪魔には何が聞く?」
リトルは僕の目を見つめた。
「十字架?」
「いや、悪魔に効くのは、プラスのエネルギーだ」
まさか!
本に書いてあったことなのに、違っている。
どっちが正しいのかはさておき、僕は夢魔に関することに釘付けになった。
「お前は、途中であきらめたりせずに、努力してあのマフラーを作った。 それがプラスのエネルギーとなり、その力で夢魔は倒せた。 あくまで、あの場合は、だがな」
「でも、もうマフラーはなくなっちゃったよ。 これから、どうすればいいの?」
すると、リトルは胸を張って、こう答えた。
「普段は、もっと違う方法を使う。 それがまさに、私たち魔術師の使う”魔術”というものだ」