第四十五話−戦い−
彼はそういうと、即座に部屋の中へと戻っていった。
しかし、気がかりな発言に、僕は彼の姿を見ずにはいられない。
私を嫌いたくないのなら、と彼は言っていたが、そんなことを言われれば、人間誰しもが気にかけて、その真意を突き止めようとする。
僕も、例外ではない。 彼の起こそうとしている行動が気になって仕方が無かった。
僕は、彼の行動を観察すべく、少しだけ開いている窓の隙間から、部屋の中を覗くことにした。
リトルはこれから、何をするつもり何だろう……?
僕のマフラーを手で広げている。マフラーがだらんと垂れた。
そして、リトルはマフラーの端をつかむと、それを鞭のようにして宙にはたきかかった。
え……?!
僕は、だんだんと彼のことが心配になってきた。
しかし、そんなことよりも、マフラーの安否のほうが心配だ!
止めにいったほうが良い。絶対に。
あのままでは、間違いなくジェシー達に気付かれるし、僕がせっかく編んだマフラーがどうなってしまうのか、知れないじゃないか!
窓のカギは、さっきリトルが開けて、そのままになっている。
僕は、勇気を振り絞って、部屋の中へ入ることを決意した。
部屋の中は、外とはうってかわった温かさだった。
ヒーターは消されているようだったが、部屋の空気にまだその余熱が残っている。
壁にあいたドーム型の穴を潜り抜けると、マフラーをふりまわしていたリトルがさっと振り向いた。
「来るなといっただろうが!」
「僕、どうしても納得か゛いかないよ。 リトルが戦っているのは、誰?」
するとリトルは、”言うまでも無い”といつ多様に鼻を鳴らし、ふたたび戦いに取り掛かった。
”お前には奴か゛見えないだろう。 しかし、寝てみればわかるだろうな。 死をもって”
そう言った瞬間、マフラーがこなごなに砕け散った。
まるで見えない爆発が起こったかのように、マフラーの毛くずが飛んでくる。
一瞬にして、姿を消した僕のマフラーを目前に、心の底からわきあがる疑問と悲しみに、僕の頭は占領された。
「……どうやら姿を消したようだな」
リトルは、僕のことなど気に止めず、こなごなに砕け散ったマフラーのくずを拾い始めた。
僕もすかさず、マフラーの残骸に飛びつく。
ああ、僕のマフラーが……
「よかったぞ。 レンディ。 これで一件落着だ」
「何が良かっただよ! せっかく編み上げたマフラーが台無しじゃないか!」
本当なら大声を出して叫んでやりたい。
しかし、僕等のすぐ傍らではジェシー達が、しずかな寝息をかいて眠っているのだ。
僕は、やりきれない思いで、唇を噛み締めた。
すると、リトルはやっと僕の様子に気がついたらしく、何かを少し考えた後、口を重々しく開いた。
「お前のマフラーがなければ、彼女の……いや、彼等の命も助からなかっただろう。 レンディ? お前が彼女にあげた最高のプレゼントにまだ気付いていないのか?」
僕が、懇親の思いで作った、手づくりのマフラーをなくしてしまった今、手元にプレゼントと呼べそうな物は、一つも無い。
「何だよ。 最高のプレゼントって?」
すると、リトルはゆっくりと微笑んでこう言った。
「変わらない日常という、最高のプレゼントさ」
きっと、僕には、リトルや本当の魔術師についての理解なんて、これっぽっちも無かったんだろう。
正直なところ、喜んだらいいのかすらも、判断できない。
ただひとつ。今の僕にわかることがあれば、変わらない日常が幸せだということに対する疑問だ。
だって、
「ジェシーにとってはね」
そう。 僕はもう、変わってしまった日常の中にいるから。
毛くずを一通り集め終わると、リトルは僕に質問をした。
「他に、記憶を消さなければならない人はいるのか?」
「そうだな……」
しまった。今までジェシーのことばかりに木をとられていたせいで、あの時のメンバーを思い出せない。
僕は、今にもほつれそうな糸を辿る思いで、記憶をさかのぼっていった。
確か、あの時……そう、ケビンに僕とジェシーが神殿に行くところを目撃されたときに、居合わせていたメンバーだ。
僕と、ジェシーと、ケビンと……
「リップだ!」
そう、次はリップのところへいかなければ、ならなかった。