第二十四話−密告−
昨日は、リトルに車で送ってくれたけど、家に帰るのが予想以上に遅かった。
しかも、いままで外出禁止にされていたせいもあって、「まったくこのどら息子は!」などと、母に、もしかしたら立ち直れなくなるんじゃないかと思うくらいに、強くしかりつけられた。 そのせいで、僕は朝から機嫌が悪い。
しかし、暗い表情をしながら教室に入ったときでも、ジェシー(友達のジェシカ)は元気よく僕に話し掛けてきた。
「おはよう!」
まったく、これだから僕の苦労を知らない人間は……
「おはよう、ジェシー」
僕は低い声で力なく答えた。
それにしても、いつもと変わらない教室、クラスの皆。
「昨日、レンディーの家に連絡網を回したのに、お母さんに出られてビックリしたわ」
「ごめん、昨日は体調崩して寝込んでて……」
嘘だ。
「え、そうなの? 体の具合は大丈夫?」
「もちろん、大丈夫だよ」
僕は作り笑いで彼女をごまかした。
本当のことを言えば、昨日は首を切られた後、棺桶に入れられた。
でも、そんなことを話したって信じてくれないってわかっている。
だから、僕は嘘をついた。
「ねえ、レンディ。 そろそろ白状したらどうなの?」
「え、何のこと?」
しかし、彼女は既に僕の心のうちを見破っているようだ。
「体調崩してたなんて嘘のくせに。 昨日、貴方の母さんに聞いたのよ。 そしたら、レンディはまだ帰ってないって言ってた。 時間からしても、午後の7時は過ぎていたの……と、いうことは、何かしていたんでしょう?」
これだから頭の良い奴は!
「……そうだよ。 昨日は」
果たして、ここから先のことを話すべきなのだろうか。
リトルは身内には魔術師であるということをバラしても良いと言っていた。 けど、友達に関しては何も言ってなかった。
……別に、リトル本人が見ているわけじゃないから、いいよね?
「昨日は……」
僕は、自身の身に起こったことをそのまま彼女に伝えた。
リトル・ビニーという人物と連絡を取りあって、そのあと拘束されたこと。
車でつれまわされた後、得体の知れない場所につれてこられて、首を切られたこと。
そして、それがすべて学校で行われたということを……
「でも、本当に僕が魔術師になったかどうかなんて、わからないんだ」
すると、ジェシーは噴出した。
「それなら、そのリトルって奴は詐欺師ね。 ううん、詐欺師ともいえないわ。 一体何のつもりかしら?」
大笑いしているジェシーのかたわらで、僕は真剣に言った。
「それが、僕にもわからないんだよ……。 未来人のすることなんて」
すると、ジェシーは話を切り替えた。
「とにかく、そこに私を連れて行ってちょうだい!」
「ええっ」
だいたい、彼女が何を言い出すかなんて、予想してはいた。 だって、学校で起こったことだもの。 そんな身近に、存在するものだったら、是非とも確かめたいと思うの普通だろう。
しかし、僕は気が進まなかった。 だってだよ? 理科準備室といえば、いつもあの先生が……。 そう、あの憎たらしい理科の先生がいて、先生のまともないい付けでもない限り、絶対に生徒を理科準備室へはいれようとしない。 しかも、あの理科の先生にはウィルソン・クロムウェルという助手がいて、そいつも同じように理科準備室へは絶対に生徒をいれようとしない。 むしろ生徒達を嫌っている。
だからきっと、生徒どころか、他の職員でさえ、ろくにあの部屋へは入ったことが無いのだろう。
そんなところに、行くのか……気が引けるな。
とは、思ったが、その後も2度3度ジェシーに迫られたので、僕は「はい」といわざるを得なかった。 断ったのに。
そうこうして、放課後。 僕たちは、理科準備室へと向かった。
僕たちが理科室の前の廊下に忍び込み、ドアを探った。
最初から僕たちはドアの鍵がしまっていることを予想していたが、なんと、理科準備室のドアは鍵が開いていた。
僕はそっと理科準備室のドアに手を当て、3センチほど音を立てないようにして隙間をあけた後、中を覗き込んだ。
「だれかいた?」
後ろのほうでジェシーがひそひそと話し掛ける。
「ううん、誰もいない」
「じゃ、入りましょうよ!」
「わ! ちょっと」
ジェシーにどんと背中を押されたので、その反動でドアがグァラ!っと一気にひらかれ、僕は理科準備室の中に転がり込んだ。
すると、同時に、埃とアルコールの混じったようなきつい匂いが鼻を突いた。 理科室独特の、”あの匂”だ。
そんなことよりも、本当に誰もいないか、もう一度確かめてみた。
室内はしんと静まり返っていて、僕たち以外に誰かがいる気配は無い。 一安心だ。
僕は、リトルにつれられて神殿のような場所から出てきたときのことを思い出せる限り、思い出してみた。
準備室には、入ってすぐ右のところに鍵をかけてあるA4サイズのコルクボードがあり、部屋の中心には机が3台おかれている。
壁伝いにぎっしりと張り巡らされた薬品と試験管の行列以外には……あった! あそこだ。
ほとんどビーカーしか入っていないガラス張りの戸棚からわずかに顔を出している。 灰緑色のさびついたドアが……。
きっと、僕たちはあそこからあの神殿のような場所に出入りしていたんだ。 いや、そうに違いない。
しかし、どうして”あのドア”のところに戸棚があるんだろう?
昨日は無かったはずだ。 まあ、いい。 とりあえず、あの戸棚をどかさなくちゃ、中へは入れない。
「ねえ、来てよ」
「何?」
「戸棚をどかしたいから、手伝って」
すると、ジェシーは気が進まない様子で、肩をすくめた。
「レンディ、一人でできないの?」
「もしも、僕が戸棚の下敷きになって死んじゃったら、ジェシーはどうする?」
僕が腹黒くにやけると、ジェシーは”馬鹿みたい”っと言ったように、ためいきをついて、僕のところへきた。
「どうしてもってことね」
どうせ、ひとりじゃ棚一つ運べないなんてことはジェシーもわかっているハズだ。
うんせ、うんせ、と戸棚をずらして、やっと人が一人通れるくらいの隙間ができた頃、すぐ脇にあった窓越しに黒い人影がぬっと現れた。
ケビンだ。