第三十五話−賢いネコ−
あたりは既に暗くなり始めていた。 かなり寒い上に、霧も出始めている。
僕はジェシーに、「トイレに行ってくる」といって、オッズを探しに出た。
会場に戻ると、スタッフ達がテントを片付けている最中だった。
僕は指示を出しているスタッフの一人に話し掛ける。
「骨は全部まとめて……指を挟まないように」
「あの、すみません」
「……わかった。じゃああとでF2出しておきますんで」
しかし、そのスタッフには聞こえていないようだ。
僕はもう一度、大きな声でスタッフに話し掛けた。
「あの!! すみません」
すると、スタッフはイライラした様子で振り向いた。
「ん、なんだ」
「オッズさんはまだここにいますか?」
「芸人達はもういないよ」
「え! あの、どうしてもあえないんですか?」
僕は引き下がらず、男に挑んだ。 しかし、男は、
「いないといったらいない! さっさと失せろ!」
と、いって僕を一蹴した。
しぶしぶジェシーのところへ戻っていくと、彼女は心配そうな面持ちで、僕に話し掛けてきた。
「……何か有ったの?」
僕はそっぽをむいて、
「別に」
といった。
思い通りにならないのが、悔しい。
その後、僕はジェシーをつれて会場を後にした。
行く当てもなく町の中をほっつき歩いている間、僕と彼女の間には沈黙が流れていた。
しかし、二人で喫茶店に入ったとき、ジェシーはその沈黙を取り払うようにして、僕に話し掛けた。
「ねえ、レンディ? この前、貴方に渡した猫のことだけど……覚えている?」
「ああ、あのケケのこと?」
「そう。二人でシルヴァニア公園で育てる計画、はじめましょう?」
そうか。僕は、大道芸のことで、猫のことをすっかり忘れていた。
それもそうだ、気分転換にはいいかもしれない。
「わかったよ。 でもまず、僕の家で猫の安否を確かめなくちゃ」
***
幸いなことに、猫は無事だった。
僕は母に見つからないように、さっさと家を出て、ジェシーの元へ駆け出した。
ジェシーと二人でシルヴァニア公園にくるのは、はじめてだ。
彼女は最初、「ほんとうにこんなところで平気だったの? もっと別の場所を探したほうが……」などと質問してきたが、他にいける場所はないと説き伏せた。
今更になって、別の場所を探すのも、なんだか、面倒だし。
僕は、話題を変えて、猫の世話をする分担についてを話しはじめた。
「それなら、一日おきに、私かレンディのどっちかが、猫の世話をするっていうのはどう?」
「そうだね。 じゃあ、僕が先に猫の世話をするよ!」
僕は、緑と紺色のチェック柄のかごをあけて、ケケをひっぱりだした。
あらかじめ用意しておいた、ケーキの箱を改造したケケ専用の部屋に、ケケを入れる。
それを、植え込みの奥にそっと隠すようにして、置いた。
遠くからなら、見ようとしたって背の高い雑草が邪魔して見られないし、花壇の奥のほうだから容易に人が近づける場所でもない。(ぶっちゃけた話、入るのにとても苦労した)
僕とジェシーで考え出した案だ。 ほとんどはジェシーが考えたことだけど。
不意に、彼女が話し掛けてきた。
「ところで、キャットフードはまだある?」
ジェシーは以前、僕に猫を渡す際に、一キロもキャットフードを渡してくれた。
しかし、あれはかたいタイプのもので、子猫には向かない。
「あれは――……そう。 子猫には向かないんだよ」
「どうして?」
ジェシーはいぶかしげな表情を見せる。
「硬い奴じゃ、噛み切れないんだ」
その後、僕はすこし思考を巡らせた。
僕は、はじめて家に猫を連れてきたとき、パンを牛乳に漬したものをあたえた。
しかし、あれは最初のうちだけだった。
むやみに牛乳のませると、大概の猫はおなかを壊してしまう。
だから僕は、ケケに缶詰のえさを与えていた。
「そうだ。 缶詰がいいよ。 あれなら、ゴミも出ないし、腐らない」
「なら、今度、私が買ってくる! あのキャットフードが無駄になっちゃったことは残念だけど……。でも、それで今度からは失敗しないようにできたでしょ?」
ジェシーは困ったような笑顔をみせた。
僕もつられて、微笑みかける。 どんまいって、具合に。
猫に関する作業が終わってからは、二人とも慌てて家路についた。
もう七時だ。 慌てている中で、うしろに人の気配を感じたけど、もうそんなの気にしていられなかった。